600万画素の男

10年前までは最底辺のコンピュータプログラマ。 2か月前までシーケンサ制御盤の盤組屋…

600万画素の男

10年前までは最底辺のコンピュータプログラマ。 2か月前までシーケンサ制御盤の盤組屋だった現在無職の最低野郎。 50半ばで体のあちこちがぶっ壊れ始め、やむなくリタイヤ。 10年やってきてうだつが上がらなかったってどういう事? 取り組みが甘いだけだというご批判はごもっとも。

最近の記事

10年前のカメラで十分な気がする

600万画素機メインの写真生活になってからあまり最新機種を見なくなっていたのですが、とあるきっかけで最新ミラーレスの情報を集めてみる機会がありました。高けぇ。今どきの最新ミラーレスってこんなに高いの? いや、昔からプロ用の機種は高いものだったけど、今は一般向けの製品でも割と高価なんじゃないかと思います。 高価になった理由はまあ分かります。解像力やらAF精度やらがフィルム時代の一眼レフとは比べ物にならないレベルになっている。最大ISO感度が5万1200とか、3D動体予測AF

    • 画像仕上げ:ノイズ

      メーカーによって呼び名が違いますが、ピクチャーコントロールとか、ピクチャースタイルとか言われてるコントラストとか色あいとかのカスタム設定を使いこなして、自分だけの写真に仕上げる。というデジカメならではの機能がありますが、これを突き詰めすぎて後戻りできない領域まで行ってしまった。という話です。 気に入ったピクチャーコントロールが見つからない 皆さんは凝った設定のピクチャーコントロールを使ってらっしゃるでしょうか。自分はほとんど「リバーサル」か「風景」つまり解像感、コントラス

      • お城に咲く花

        何となくですが、桜にはお城に咲く花というイメージがあります。実際に撮りに行っている写真を見直してみるとお寺の桜か多いんですけど。 完全に個人的な思い込みなわけですが、どうしてそんな思い込みがあるのか考えてみました。 忠臣蔵の影響? 子供のころアニメっ子で現実感の薄い、空想物語が好きったからか、特撮物が苦手で、マジンガーZやガッチャマンは好きでもウルトラマンやゴレンジャーは苦手でした(嫌いなのではなく、「苦手」という微妙なニュアンスご了承くださいw) 同じ流れでアニメの

        • 趣味なら本気で

          というキメ台詞の渡辺謙のCMがあったのを覚えている方いますでしょうか。確か何種類かあったはずなんだけど、Youtubeをあさってみたらこれしか見つからなかった。渡辺謙ピンチすぎだろ。あと追いかけてきた悪者。謙にカメラ向けられたからってポーズとるなw マニュアルフォーカスしかできない200万のカメラ 冒頭の渡辺謙のCMを探してYoutube界隈をうろついていると最近有名人の皆さんが「ライカを買った」という動画に当たることが軒並みありました。みんな念願の一台をついに手に入れた

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          また一つ、消えゆくレトロ

          奈良県の東南部、高松塚古墳で有名な明日香村と桜の名所、吉野の玄関口と言われる大淀町の間にある町が高取町です。 この町では毎年3月のひな祭りの時期になると、町屋のひな祭りと言う町全体でひな飾りを行うお祭りが行われるのですが、なんと今年限りで終了してしまうという話を聞きつけて急遽出かけてみることにしました。 雨にも負けない張り子の雛 奈良県では高取町に限らず、ひな祭り時期になると何かしらのイベントを行うところがいくつかあります。中でも大和郡山の「大和な雛まつり」は全国的に有

          また一つ、消えゆくレトロ

          閉園したその後。倉敷チボリ公園の場合。

          妄想の王国 遠くにあってなかなか行ける機会はないけども、いつかは行きたい。と思っていた遊園地は東京ディズニーランドではなく、倉敷チボリ公園でした。 写真で見た時計塔がいかにもおとぎ話に出てくる王国の広場にある時計塔に見えたんですね。似たイメージを喚起させるものはディズニーランドのシンデレラ城にもある訳ですが、あちらはディズニーの世界を忠実に再現するあまり「現実にはどこにもない、自分の頭の中にだけあるどこかの王国」の実体化にはなっていないんですね。もちろんディズニーワール

          閉園したその後。倉敷チボリ公園の場合。

          みさき公園の思い出 - 結晶化の結果として

          自分の記事を度々ご覧になられた方は、年末年始に自分勝手に大阪府岬町のイルミネーションイベントの宣伝を行っていたのを覚えておいででしょうか。こういう振る舞いの元になっいるのは、今から4年前の丁度今頃にひっそりと閉園していった昔ながらの遊園地のせいであったりします。 みさき公園の詳細についてはwikiに詳しく書かれているのでそちらをどうぞ。と言うのはさすがに不愛想だと思うので、個人的思い出を中心に以下長々と語っていきたいと思います。 全部入りの昭和の遊園地 どんな人でも子供の

          みさき公園の思い出 - 結晶化の結果として

          人が撮れない。という悩み

          写真という趣味は比較的ハードルが低くて誰でも始められる趣味だと思います。リスクという面で見ても比較的低いと思うのですが、それでもここでシャッターを切るのは控えた方がよい。という場面はあります。でも自分の場合はシャッターが切れない。というお話です。 苦手だった「シャッターお願いします」 コロナ過に突入する以前の話ですが、旧式だけど見た目はゴツつて大げさなものが多い600万画素機を抱えて観光地などでウロウロしていると「シャッターお願いします」とカメラやスマホなどを渡されること

          人が撮れない。という悩み

          スマホカメラ。タッチシャッターで最強のスナップシューターになる説

          この前、注目記事に取り上げていただいたシャープVN-EZ1の記事が自分史上最大のバズりっぷりを発揮していて密かに小躍りしているところです。やっぱり機材レビューって需要あるみたいね。 とは言っても自分ではメーカーの売り上げに貢献できるような最新機種のビューが出来るわけもなく。それでも今手元にあるような変わり種カメラの記事でも書いて見たらまたバズるんだろうか?今回のはそれとは違うけど。 食わず嫌いだったスマホカメラ 600万画素の男を名乗っておいてナンですが、自分は何も60

          スマホカメラ。タッチシャッターで最強のスナップシューターになる説

          仮説:写真は時と光の結晶か。

          個人的感想ではありますが、日本人が世界に誇る美点として誇ってよいと思う点の一つとして、海外の優れたもの取り込んで自らの中に消化してより優れたものとして昇華させていく能力ではないかと思っています。 写真についても、それが発明された欧米での呼び方 - Camera(カメラ)に「写真機」という訳語を与え、より優れたものを生み出すべく努力を重ね、少なくともカメラについてはその目標を達成できたといってよいのではないかと思います。 しかし、Photograph(フォトグラフ)を「写真

          仮説:写真は時と光の結晶か。

          旧型

          ある日のとあるコンビニで買い物をして、支払いに500円玉を渡したら、「あのーこの500円。機械に通らないんですけど・・・」 と言われて返されてしまいました。 返ってきた500円玉をよく見ると昭和57年製造の旧型。初代500円玉でした。ひとまず、財布の中にあった別の500円玉・・・平成12年製造の新型500円を渡してその場を収めて帰ってきたのでした。 偽物との戦いの歴史だった500円硬貨の変遷 今回機械が受け付けずに帰ってきた500円玉は製造年にある昭和57年(1982年

          今週限定!?30万画素の男

          うちではあまり機材レビューのようなものはやらない様にしようと思っていたのですが、最近巷に巻き起こっているコンデジブームに乗っかろうと(?)部屋の掃除をしていたらメチャクチャ懐かしいものが出てきたのでご覧いただこうかと思います。 30万画素から始まったデジタル写真 うちの部屋にはパソコンがまだMS-DOSで動いていたころのパーツなどがまだチラホラと見かけるというありさまになっています。 MS-DOSって何?と言う読者の皆さんもいらっしゃると思うので、一応簡単に説明しますと

          今週限定!?30万画素の男

          野生の咆哮

          今回は音楽回です。写真の話ではありません。 でも、音でしか表現できないものがあると痛感させられるものを発見しましたので、その感想です。 明確なソースが思い出せないので、もしかしたら事実誤認かも知れないのですが、人間の体が赤ちゃんとして形成されていくとき、聴覚というのは視覚より先に機能し始め、老衰で死んでいくときも、一番最後まで機能を保ち続ける感覚器だったと思います。 音だけができる事 つまり、例外は存在するものの、我々は目に見えるものよりも音を先に感じはじめ、最後に死ん

          プロはアマチュアに敵わない

          アマはプロに敵わない。の間違いじゃないのか!?と突っ込みが入りそうですが、タイトル通りの事を他ならぬプロの写真家さんが言っている。というお話。 プロの証言 一般的な常識で言えば、アマチュアがプロに勝る点など何もないはずです。何しろ彼らの仕事には金を払うに値するクオリティが備わっていて、アマチュアにはないはずだからです。 しかし、プロの方によると、この金を払うという部分・・・写真撮影で生ずる全ての行為を「バリューとコスト」という目で見ると、アマチュアはプロを上回る作品を生

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          閻魔様が見ている

          自分は実家が鳥取にあります。子供のころはお正月になると両親に連れられて里帰りし、田舎にありがちなビックリするほどのたくさんの材料でのおせち料理づくりを手伝い、新年を迎えると、そのおせちとぜんざいを食べるというのが習わしでした。後に日本全国的にはお正月にぜんざいを食べるのは少数派で、普通はお雑煮を食べるだと知って驚嘆しましたw お正月のならわし 新年のならわしと言えば、初詣もそうですが、うちでは決まって摩尼寺というお寺にお参りしていました。 大人になってから知った摩尼寺は

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          枯れた花。朽ちた倒木。錆びた鉄柵。ですら

          一回やってみたかったその2。マルセル・デュシャンの作品みたいなネーミング。 対決再び。600万画素の男VS画像生成AI 現代のカメラは偉大です。大抵のものはビビるほど美しい写真にしてくれます。何せプロの写真家が「もうカメラマンいなくてもいいんじゃないかな」ってあきれてしまうほどです。 もはや美しく撮れないものなど存在しないというほどに高性能化したデジタルカメラ。だったら本来なら美しいとは言えないものでも美しく撮れるでしょうか?前回やってみたAI生成画像と対決する形で見て

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