藍橋裕介

書いた小説や軽い文章などを掲載しています。pixivで活動中のワナビです。

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最近の記事

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人の気持ちについて。

 感情というものは不思議なものだとつくづく感じる。常に一定の感情でいることは出来ないし、だから次々と移りゆく感情に身を任せることになる。自分の身体なのだから自分が一番知っている筈なのだが、殊更ことさらこの自分の気持ちについては推し量れないものがある。しんどいときや、嬉しいとき。その感情のアップダウンが無ければとても悲しい思いをするのかもしれない。そういう意味では一人でいるより誰かといる方が楽しく過ごせるだろう。自分ひとりではそういった気持ちは動き辛いものだと感じる。だから我々

    • 1.「母猫」、「ブラックコーヒー」、「傘」

      「母猫」  人々が寝静まった夜に僕は目覚める。お陰で人と会うようなことはほとんど無かったけどある日の散歩中、道端の垣根に潜む身体のすらりとした猫を見つけた。まだ小さい子猫も連れ立っている所を見る限り母親のようだった。彼女はとても美しい毛並みと瞳を持っていた。だが、ところどころ体に切り傷の様な痕があった。それに対し僕に傷はなかったけど、その母猫に近付いていった。彼女は僕に対して恐がるような素振りも全く見せず、顔を綻ばせて震えるように一声だけ鳴いた。それを見た僕は特に笑うこともな

      • 掌編小説#4.「麦わら帽子」

         じりじりと照りつける夏の太陽が、遠く先に見える線路をかげろうのように揺らめかせていた。その線路を沿うようにひまわり畑は並んでおり、たくさんの黄色に少女は何故か涼しさを覚えていた。麦わら帽子とこの光景がいかにも夏らしく感じ、少女の足取りは軽いものだった。  線路に敷き詰められた石に足を引っかけないように歩いていくと、右の遠くに雑木林が見えた。先ほどから聞こえてくる蝉の声はあそこからかしら、と少女は思うとショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。スマートフォンに青空と雑木

        • 手書きのはなし(以前pixivで掲載していた文章です。)

           ぼくは手書きで小説を書くことがあるのですが、ちょうど今もこの文章を手書きで書いています。自分は手書きの場合と、キーボードをカチャカチャとやるときでは文章の感じが変わってしまいます。手書きのほうが間延びしたようになってしまうので小説を書く人間としては、やはりそういった差異は少なくしたいと考えましたので、こうして手書きで書いているわけです。道具は、0.5ミリの黒インクでふたのついているボールペン。ノートはツバメノートのA4サイズを使っています。  ここにあげているからには、一

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        人の気持ちについて。

          掌編小説#3.「飛び猫」

           飛び猫という猫がいる。飛び猫は、一般的な猫よりも寿命がとても長く、その分だけ病気にかかりやすい。ある日、僕が飼っている飛び猫が病気にかかってしまった。長年一緒にいた勘からすると、もうこの猫はあまり長くないだろう、という気がしていた。  とにかく僕は飛び猫をケージに入れて病院まで連れて行った。飛び猫を診た医者はとても深刻な顔つきで僕と向かい合って椅子に座っていた。 「もうこの飛び猫は長くないでしょうね。持って2年といったところでしょうか」 「2年……」  僕は言った。 「お気

          掌編小説#3.「飛び猫」

          掌編小説#2.「剣の道で生き、剣に殺された男」

           その剣士は眉目秀麗だったが、特にそのことを鼻にかけるといったようなことをしなかった。そのおかげか彼は一部の女性からモテた。だが剣士としては別にモテたくてそうしているわけではなかった。彼はシンプルに剣が好きだった。剣の道で生き、剣に殺されたいと考えているような男なのだ。そんな彼の前にある日、一人の少女が現れた。少女も彼のことを美しいと思ったが、何よりも彼の剣が一番美しいように思えた。少女が剣士にこう尋ねた。 「どうして貴方の剣さばきはそこまで美しいのですか?」  彼は困った。

          掌編小説#2.「剣の道で生き、剣に殺された男」

          天才について。 2019年8月4日

          *こういった感覚は誰でもあると思います。  小説を書いている間はそんなことを思ったりはしないのですが、いったん小説から離れると自分はそういう存在なのではないか、ということをしょっちゅう考えてしまいます。これはある意味では僕を支えている柱のようなものなのかもしれませんが、小説を書く行為においては、そんなものは不必要なものであり、僕も書いている間は一切忘れて書くことに専念することができています。もしこの自分はもしかしたら天才なのではないか、という気持ちの柱が小説を書いている間に

          天才について。 2019年8月4日

          「小説を書く前に。」 2019年7月29日

           僕が普段小説を書く前に行っていることの一つとして、ひげを剃るということがあります。丁寧に電気カミソリで時間を掛けてひげを剃っていくわけですが、目の前には鏡がありますので自然とひげだけではなく、顔も見ることになります。自分の顔を見ていると、結構真剣な、文章を書こうという顔つきになっていくのが自分でも感じられます。こういう行いのことをルーチンワークと呼ぶわけですが、普段ルーチンワークを意識しているわけではありません。それが僕にとっての一番のルーチンになります。ルーチンワークを意

          「小説を書く前に。」 2019年7月29日

          ぼんやり

           今日は一日中、自分の部屋でぼんやりしていました。ぼんやり、とはいっても家にあったまんじゅうを六個ほど食べたり、音楽を聴いたり、本のページをパラパラと繰りながら流し読み、といろいろやってはいます。本当は部屋の片付けや靴を買いに行こうと思っていたのですが、流れ行く時間に身をまかせていました。  今はあまり眠くありません。ですので、今回は好きな本について語ろうかなと思います。ちょうど今日読んでいた本が村上春樹著の『風の歌を聴け』で、五回ほど通して読んだとても思い入れのある作品で

          ぼんやり

          ねむい。

           ねむい。ただ、これだけ書くのもあれなので、なにか書きます。  僕は缶コーヒーが好きでよく買いますが、スチールの缶の蓋みたいなやつを昔ひたすら盲目的に集めてたときがあります。プルタブとか専門的な用語でいうとたぶんそうなりますが、僕はそれを半透明のガラスの容器に入れてました。一つ入れるたびに、カラン、と底で音がなって、なにかとても偉大なことをしたような気分になったものです。  それをだいたい三ヶ月ほど続けていたと思います。けっこういっぱいになるもので、もうカラン、という気持

          ねむい。

          掌編小説「猫がついてくる」

           先ほどから僕の足元にぴったりと黒猫がついてきていた。  その日は、昼を過ぎてから激しい雨が降ってきた。僕はちょうど見つけたコンビニに立ち寄って、そこで傘を買った。透明な白い傘をさしながら、なんの感慨もなく、どこへ向かうこともなく僕は道を歩いていた。その猫は、路上駐車をしている車の下で身を低くしてひっそりといた。僕は猫に気づいてはいたが、取り立てて犬や猫のことが好きではなく、目は何となく向けていたものの特に自ら近づくといったようなことはしなかった。  それは、僕が車の横を

          掌編小説「猫がついてくる」