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ゆめを、あるく。 (ちいさなおはなしとともに)

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ささやかながら冷酷な壁を行き来するおはなしたち。
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記事一覧

【ショートストーリー】カノジョとロマンスとファミレス

【ショートストーリー】カノジョとロマンスとファミレス

「ゴメン!ホントに」
「―いいよ、謝らなくて」
 やけに短い気がする。
 僕の謝罪からカノジョの返答までの時間が、だ。
 なんだか不吉なものを感じた僕は、焦って弁明を続けた。
 謝罪も弁明も―まあ要は言い訳なんだけど―も、仕事の場では何度も経験している。
 そのはずなのに、カノジョ―今も昔も、カノジョって呼んだオンナノコ全員―相手のそれは、なんとも緊張するものだった。
 
「仕事、もうちょっと早く

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【詩】はじめのいっぽ、おわりのいっぽ

【詩】はじめのいっぽ、おわりのいっぽ

はじめのいっぽ



もう幾度となく繰り返してきたけど

さいごのいっぽ



たどり着いた覚えがないんだ

終わりは いつも
気づかないうちにやってきて
僕を強引に次のはじまりへと連れていく

なぜ終わってしまったのかなんて
考える暇も
与えてはくれないんだ

【短編小説】海とおばあちゃんと約束のネイル

【短編小説】海とおばあちゃんと約束のネイル

「おばあちゃん、今年もおかえり」

 私は実家に帰るとすぐに仏壇の前に直行して、お線香を供えながらそう声をかけた。
 仏壇には迎え盆のお供物が飾られ、その奥で大好きなおばあちゃんの遺影が変わらず微笑んでいる。
 手を合わせてから、私は遺影の前にネイルチップセットをお供えした。

「これ、今年の新作」

 コバルトブルーと白のグラデーションに、シルバーのパウダーで波をイメージした、今の私の最高傑作。

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【短編小説】ぶんのむし

【短編小説】ぶんのむし

「サワヤマ君。申し訳ないんだが明日葦之原先生のお宅にうかがって原稿を受け取ってきてくれないか」

「え、あ、葦之原先生ですか!?」

 上司のその言葉に俺は椅子から転げ落ちそうなほど驚いた。

「あの、担当はタザワさんですよね? その、俺には無理ですよ、だって……」

 突然のことに頭が働かない。自分がその仕事にふさわしくないことを全力でプレゼンしなければいけないのに。
 壊れた音楽ファイルみたい

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【ショートストーリー】僕の凡骨

【ショートストーリー】僕の凡骨

 バイト帰りに原付で転んで足を骨折して、入院した。
 それからというもの、何かが変だ。
 教科書を開けば、苦手な数学の問題がスラスラ解ける。ほとんど喋ったことがなかったクラスで一番かわいい女子の松田さんが、毎日メッセージをくれる。

 医者にこのことを話すと、彼はこう言った。

「折れたのは、たぶん君の凡骨だな」

 凡骨?
 検索したら、「平凡な人間」と出てきた。平凡な人間が折れたって意味がわか

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【ショートストーリー】宝石を食べた日

【ショートストーリー】宝石を食べた日

「わあ……!」
 足を踏み入れたその場所は、まるで異世界のようだった。
 年月を経て飴色の光を放つアンティークのテーブルやランプ、壁一面に設えられた書架にびっしりと並んだ古い洋書、あちこちに飾られた美しいドライフラワーの数々。これは、まるで……
「……すごい、魔女の家みたい……!」
 私が感嘆を込めてそうつぶやくと、従姉妹のミサトは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。わかってくれた? この店、『魔女

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【ショートストーリー】流れに溺れる

【ショートストーリー】流れに溺れる

 推しが、炎上した。
 きっかけはSNSでの写真投稿だった。よくある、誰かに撮ってもらったような写真。マネージャーさんに撮ってもらったんだろうと私は思っていた。
 けれど、誰かがその写真を拡大したら瞳の中に撮影した人物が写っていたらしい。それが以前から推しと恋人なんじゃないかと噂されていたアイドルに似ていると誰かが言い出した途端、あっという間にその話は広がり、推しは一気に炎上した。

 今朝学校に

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【ショートストーリー】私とあいつとピーマンの強がり

【ショートストーリー】私とあいつとピーマンの強がり

 豚の生姜焼き、ポテトサラダ、なすとピーマンの煮浸し、小松菜としめじの味噌汁。

 それらを並べ終えると、私はつとめていつものようにテーブルについた。
 向かいのテーブルにはあいつが座っている。8年ほぼ同棲状態で、おそらく自分の部屋よりも長い時間この私の部屋で暮らしていたはずなのに、今は実に居心地悪そうに黙って、下を向いていた。
「さ、食べよう。冷めちゃうよ」
 私が見かねてそう声をかけると、あい

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【ショートストーリー】カノジョと烏龍茶と誰かのポエム

【ショートストーリー】カノジョと烏龍茶と誰かのポエム

「何見てるの?」
 せっかくのふたりの場になっても、携帯電話は簡単にそれをぶち壊す。
 現に、カノジョはさっきから自分の意識のリソースの9割を携帯に割り振っていた。僕が会議資料や納期や先輩に無茶振りされた案件、その他万障様々な試練を乗り越えて、ようやくたどり着いたデートの時間に、だ。
 それがどうしても面白くなくて、僕はその個人的な空間に割り込みをかけたのだった。
「んー? 人の日記」
 あまりに

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【短編小説】天井なんて、なかった

【短編小説】天井なんて、なかった

「俺さ、今、ちょっとしたビジネスをやらせてもらっててさ」
 田崎はやたらギラギラした目をしてそう切り出した。俺が黙っているのをいいことに、システムがどうした、アップとダウンがどうとかと必死に熱弁を振るっている。
 昔から、こいつの目はいつも輝いていた。けれど、こんな何かに取り憑かれたような鈍色の光じゃない。あの頃のお前は、本当に眩しいくらいに輝いていたのに。
 俺は心が芯から冷えて固まっていくのを

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【ショートショート】鍵開けの子

【ショートショート】鍵開けの子

 その日、パートから帰ると、私は予想もしていない光景を目にした。
 息子が今にも泣きそうな顔をして、玄関ドアの前にしゃがみこんでいたのだ。

 仕事から帰るのが遅くなってしまうことがあるから、息子には小学校から帰ってきて家の鍵が閉まっていたら、近所にある夫の実家、つまりはおじいちゃんとおばあちゃんの家に行くようにと言い聞かせている。
 普段はその通りにしていたし、たまに家の庭で遊んでいる事があって

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【ショートショート】執着の○○

【ショートショート】執着の○○

 『ライナスの毛布』って知ってるか。人が何かに執着してることを指すんだ。よく子供が持ってるだろ、「これがないと泣く」とか「これがないと眠れない」みたいなモノ。あれのことだ。

 俺にとってのライナスの毛布はシロクマのぬいぐるみだった。俺の誕生祝いに母親の母親、つまり俺の祖母がくれたものらしい。
 赤ん坊の俺はとにかくそれがいたくお気に入りで、飯を食うのも寝るのもどこかに行くのもそいつと一緒。ないと

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【ショートショート】鏡に映らない

【ショートショート】鏡に映らない

 俺は古びた喫茶店で新聞を広げ、コーヒーを飲んでいた。
 新聞は週刊誌やマンガ本と一緒に店に置いてあったものだ。
 この「うちは『カフェ』ではなく『喫茶店』です」と言わんばかりのサービス、最近よくある「レトロっぽい」ではなく、きちんと年月を経た雰囲気の内装。まさに正真正銘の喫茶店だ。

 飲んでいるのだって、今ではあまり見かけなくなった炭焼きコーヒーだ。ひと口すすると、ほんのりと甘く香ばしい独特の

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