見出し画像

いついつまでも続くイルミネーション



 午後から一日が始まって午前に終わるのです。
 新しい暮らしはいかが、『お元気ですか』の返信を敢えて先送りにしています。冬が去ってもまだ電飾で彩られる、どこそこのような。
 その上、お気に入りの白いロングスリーブTシャツにはへそにびちゃっとカレーの染みがついてしまい、なかなか落ちません。胸の刺繍やバックプリントと同様に、お洒落の一環だと割り切る他ないでしょうか(こうして、寝巻の出来上がり)。
 対処法が分からず、つまり、数年前のアルバイトは回転式ハンガーラックに色とりどりの衣服を増やすだけでした。

 近隣大学の先輩が幅を利かせ、何かと勤務時間外の付き合いが多く、誘われてはやんわりと断っていましたがーーまったく、あの人達ときたらーーやがて、誰がを飲みに連れ出せるか、競い合います(そう、今もなお争い事は苦手)。
 それで、仕方なしに頼った相手が同い年の(サキ)さんです。
 フリーターの彼女はシフトが早番なら図書館に寄って帰り、皆が
「本屋で働けば」
と口を揃えても
「ここの方が時給いいし」
だなんて、さらりとかわす人でした。


 例えば、自然に波打つ髪と眠たげでやや小さく見える黒目が印象的な、私がどれ程めかし込んでも、アイラインは勿論マスカラも塗らない化粧にブラックコーディネートで周囲の視線を掻っ攫うこと、休憩中は決まって読書、更にちっとも泣く要素がない小説で涙する、表紙まわりとタイトルが借りる本を選ぶポイント、何故ならば「直感が当たりやすい」から。
 家庭の事情により長らく祖父母と同居、【おばあちゃんの手作り弁当】が昭和の香りを漂わせ、SNSはやめた、「幸せになれるとか願いが叶う、あれの効果が分からないままでいたいな。ねぇ、(ヨウ)ちゃんはどう思う?」「何の話よ」という訳で流れに乗り、土日の混み合う職場を出て、カラオケボックスに向かったのです。


 駅前でなく怪しい裏通りにある、外はカラフルなネオンサイン、ブリキ看板などがごてごてと並び、中はチェス盤のような床、レコードジャケットやポスターが壁を飾って、ワンドリンクオーダー、「取り敢えず二時間」、ときめきは無料、ステッカーが貼られたライブハウス風の扉を開けると赤いソファ、ミニステージとスタンドマイク、頭上にてミラーボールが回り、アップテンポな音楽に眩暈を覚えた私に対し、いたずらっぽく笑う咲さんの、美しさ。

 ああ。ポップコーンが弾け、フライパンを揺する時の「どうしよう」にも拘らず「面白い」に近いかも知れません。

 趣味が異なってより一層、未知の世界でした。
 終いには音程がずれたウィスパーボイスの彼女が歌う曲に現れる『きみ』『あなた』が羨ましいとさえ感じ、ハウリングが起こります。  
 室内の鏡に映る私には「失礼いたします」とにこやかに【ご注文の品】を届けに来た店員さん並みの勇気がなく、タッチパネルをつつき、ごくごくとジュースを飲んで、何度も席を立ちました。奇天烈な柄の壁紙、廊下は迷路、部屋に戻れないかと思いきや
「こっち」
 突如、右手を引かれて心臓がキュッと、ひどく驚いたとは言うまでもありませんね。


「もし、良かったらまた遊ぼ。ふたりで」
 スパンコールの夜、延長せずに今日は解散、乾くコンタクトレンズに瞬きを繰り返すと、咲さんは街明かりを背に、最高の言葉をくれました。
 以降は遅番ラーメン部、ゆったりレイトショー、初めてのバー、そして、
「聞いて。うちのおじいちゃん・おばあちゃんが洋ちゃんに会いたがってるの」
お泊まり。アルバイトの仲間ではなく私を友と呼ぶ、毎回はにかんで俯くことしか、できませんでしたが。


「これからご飯? 俺も行きたい」
 ふたりでひとつ、この関係は異動してきた社員の(ワタリ)さんによって、いとも容易く壊されます。もっとも、賑やかな歓迎会であっという間に手強い先輩方を従える辺り、虫が好かぬ男。
「子供の頃に買ってもらえなかった物ほど忘れられないんだよね」
「ええ、まさに」
 心を重ね合わせ、惹かれていく両者に挟まれて、まるで不在かの如く過ごしました。

 目の前には空っぽの皿とグラス、温かみに溢れたフォーク、スプーン等、一体全体、何を食べたかも思い出せません。素朴な木製テーブルに触れれば、予想を裏切る滑らか具合、
「あ。ごめん、もう帰る」
お邪魔みたいだもの。
 常々の『いらっしゃいませ、どうぞご覧ください』で鍛えられた、よく通る声が店内に響いて、水を打ったようです。

「明日、必修だった。寝なきゃ」
 いいえ、実のところは自分が惨めだと考えたら、止まらなくって。凄く虚しい、所詮、私のかわいい友達は【長髪・髭・眼鏡の三点セット】に奪われるのでしょう。
「期間限定メニューだってさ。おいしそう」
「半分こしよ」
 回想シーン、クリームソースのような咲さんの優しさがしみ、溶け込んだ頃にデザートだと気付いて、失くなる(ほら。案の定、追い掛けて来ませんし)。


 かけた時間をあっさり抜かされ、恋仲に陥り、仕事の休みを合わせるも、「渡くんと私が? ないない」などと、こちらが就職活動の為にアルバイトの出勤日数を減らすまでしれっと偽りましたが、咲さんは特別【彼氏の影響を受けてがらりと変わる女】ではなく、
「洋ちゃんらしくやれば大丈夫! そういえば、付き合ってるんだぁ。内緒ね」
『頑張れ』以外の思わぬ応援メッセージ且つ柔らかな報告に頬が緩んで、
「ありがと。大好き」
 ようやく素直な気持ちを伝えることができ、自分を認めて、言わばジェットコースターに乗り込みます。とっても、怖いけれど。



 えっ?
 現在の咲さんとは?

 私が卒業論文を書き終えたと共に、彼女の苗字は渡となり、家族のみで結婚式を挙げ(透き通るホワイトのグラデーションフラワードレス、抜群に洗練された夫婦のモデルと見紛う写真で、連載初期から密かに読んでいた作品が完結する気分を味わい)、後に双子が生まれて、残念ながら顔を見に行く約束は果たせず、画面越しに話したきりです。
 何せ、今や生活リズムが違う惑星、しかし、しばらくぶりに連絡があったので、ほんのり懐かしく
当時を語ろうかしら
と閃き、試しに振り返ってみました。





この記事が参加している募集

スキしてみて

振り返りnote