見出し画像

「2023年の夏」に推したい文庫

6月になりました。

ぼちぼち「新潮文庫の100冊」「カドブン夏推し2023(かつてのカドフェス)」などがスタートします。

これはこれで楽しみ。一方で、こういったフェアから漏れがちな名作に光を当てたい気持ちもあります。

たとえばフランスの文豪アルベール・カミュ。

彼の作品でいちばん有名なのは「異邦人」でしょう。個々の違いを考慮に入れぬ雑な感傷と世を統べる暗黙のルールの偽善性に反逆したムルソーに惹かれました。大学生の頃に出会い、何度も読んでいます。「ペスト」は例の感染症が猛威を振るった3年前、爆発的に売れました。

世の不条理との向き合い方を訴える「シーシュポスの神話」も定期的にお問い合わせを受けます。作品は未読でも「岩を山頂へ押し上げる→落ちる→また押し上げる」の無限ループを耳にしたことのある人は多いはず。

どれも自信を持ってオススメできる名作です。しかしもし「いまこそ読みたいカミュの作品をひとつ」といわれたら、迷わずに↓を推したい。

スタイルはいわゆる「独り語り」。内容はまったく異なりますが、妙にまとわりつく口調や罪の告白めいた内容から太宰治の「人間失格」や「駆込み訴え」を思い出しました。

構成はなかなか込み入っています。脱線や仄めかしも目立つ。しかし時間の経過と共に、少しずつ語り手や著者の狙いがクリアになっていきます。ちょうど「ウルトラマン」のOPで、ゴッホを連想させる黄色い渦が徐々に「ウルトラQ」の形を纏っていくように。

そして最後のページ、さらに訳者による解説まで歩みを進めることで、謎めいた原色の「ウルトラQ」が赤と白のくっきりとした「ウルトラマン」へ変貌を遂げる。あの時の心境は本格ミステリィの読後感に近いかもしれません。

なお新潮文庫からも「転落・追放と王国」が出ています。元々カミュは「転落」を短編集「追放と王国」に入れる作品として構想していたようなので、併録は妥当です。しかしまずは「転落」だけをじっくり味わってほしい。挫折してしまうともったいないから。その意味でも、読書欲を喚起するまえがきと丁寧な解説の付された光文社古典新訳文庫がオススメなのです。

SNSなどにおける「マウンティング」問題や有名人のスキャンダルを叩かずにいられぬ「一億総裁判官」時代を予見していたかのような内容は、当時とは違った意味で多くの読者の心に響くはず。私もnoteで日々拙い記事を書いている身ゆえ、戒めとして傍らに置いておきたい。ときに批判めいたことも書きますが、決して誰かを裁きたいわけではないですから。

ぜひ。

この記事が参加している募集

読書感想文

海外文学のススメ

作家として面白い本や文章を書くことでお返し致します。大切に使わせていただきます。感謝!!!