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短編小説 小噺のようなもの

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夫の雛祭り【短編小説】

夫の雛祭り【短編小説】

朝陽がさす頃、ベッドの脇に気配を感じて寝返りを打った。
夫が誰かにささやいている。
「ほら謝っておいで」

お腹の上に乗ってきたのは我が家の愛犬だ。
「おはようハーマイオニー」
なでてやると口に咥えた物を頬に押し付けてくる。
ゴロンと目の前に転がってきたのは雛人形の首だった。
至近距離で人形と目が合って「ひッ」と変な声が出てしまった。
ホラー映画さながらの目覚めである。

「叱らないでやってくれよ

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叔父のバレンタイン 【短編小説】

叔父のバレンタイン 【短編小説】

寒い日曜日の朝、ベッドの脇に気配を感じて僕は目を閉じたまま布団のへりに手をのばした。
フサフサしたものが手に触れたので「おはようハーマニ」となでてやると、「犬じゃねえし」と聞き覚えのある男性の声がした。

起き上がってみると僕が触ったのは愛犬のハーマイオニーではなく、スーツを着たままで寝袋にくるまった成人男性の頭だった。
まぎらわしいな。

「みつるくん、うちで何してるの?」
「ゆうべ飲み会でさ。

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ねこント 【短編】

ねこント 【短編】

「のろけていい?」
「おう」
「うちの人、たとえ熟睡してても無意識に、脚の間のあたしを踏まずに寝返りうてるの」
「すげーな」
「あんたのとこはどう?」
「おれの写真撮るためにハイスピードカメラ買ってきた」
「………それはちょっと引くわ」
「お前んとこだって毎日写真撮ってSNSに出してるじゃんよ」
「あたしを撮るために動体視力が上がったらしいの」
「うちも床に落ちた猫砂を感知する足裏センサーが発達し

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甥の書き初め  【短編小説】

甥の書き初め  【短編小説】

元旦の朝、というより昼。
実家の一室で目を覚ました俺は、布団の脇に気配を感じて起きた。
高校生の晶がちゃぶ台に向かって筆を動かしていた。
「書き初めか?」
煙草に火をつけながら覗き込む。
そこそこ達筆でこう書いてあった。

〈 油揚げ〉

………俺は黙って布団を畳んだ。
Z世代にしか通じない流行語かもしれない。
余計な質問をすると地雷を踏みそうだ。
たまにしか帰省しないが理解のある叔父としての立場

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ごんぎつねリベンジ 【短編小説】

ごんぎつねリベンジ 【短編小説】

あのお話で泣いてから数十年。書かずにいられない。

「で、おれ、どうして呼び出されたんっすか?」
日本で三本の指に入ると噂されるその有名なきつねは、職員室に来た不良生徒のようにふてぶてしく言った。
「署名が集まってしまったんだよ。ごん」
神様は首の後ろをもんでほぐしながら仕方なさそうに答えた。
「半世紀も前からお前を幸せにしてやってほしいという人間たちの願い事が寄せられていてね。署名が集まったら叶

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ペンライトがない

ペンライトがない

目を開けると、そこはコンサート会場の前から8列目だった。

チケットを買った覚えもないのに。

野外ステージ上では、私の推しであるジュンジュンが観客に向かっておじぎをしている。
たった今一曲終えたところらしい。

おぼろげな記憶をたどって昨日新型ウイルス感染症の予防接種を受けたことを思い出した。

そういえば深夜にぐんぐん熱が上がった。
「おお、これがうわさに聞いたあの」などと感心しながら症状が進

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