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あたまの中の栞 - 卯月 -

 4月になってようやくポカポカとした陽気に包まれ、ほっと一息ついていました。新しい年度に入ったことで心機一転。ちょうど友人たちから誘われて、桜を見ながらお花見をしたり写真を撮りに行ったりして、割と充実していた気がします。世間ではすっかり自粛モードは解除され、たくさんの人たちで花見スポットは賑やかになっていました。

 この季節は「読書の春」と言ってもいいくらい、何かやる気に満ち満ちていて、心なしかいつもよりも本を読めたような気がします。大切なのは量ではなく質で、自分の中できちんと言葉を刻みつけるように読むことが大事なのかなと思う今日この頃。物語が、いつも私のそばにいる。

 それでは早速、先月読んだ本に関して振り返ってまいります。

1.母影:尾崎世界観

 3月に同じ著者による『犬も食わない』という作品を読み、続けてこちらの作品も読みました。第164回芥川賞の候補作にもなった作品です。割と短めの物語ですが、その中身を紐解くと一人の少女が日常の中でひしひしと生きていく姿が描かれています。

 母親のことがきっと好きなんだろうな、と思いつつもその背中をよくよく観察して、彼女は社会の中にあるにごりの一片を覗いているように思いました。友人との関係性も、母親の存在によって少し歪になる。

 母親って、生まれた時に最初に見る存在で、そして幼少期は自然と長くいることになるので、その影響は計り知れないものがある気がします。最後まで読み終わった時、これから彼女がどういった人生を送ることになるのか、その未来に思いを馳せてゆらゆらしていました。

私たちのあいだにはときどきこうしてカーテンがあって、だから、私たちはときどきこうして見えない。

『母影』p.78 新潮社

2.かか:宇佐美りん

 宇佐美りんさんの作品は以前芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』以来読むのは2作品目となりました。当時は自分の中でうまくストンと腑に落ちない感じがあって、それはきっと私自身がうまく作品に感情移入できなかったことが原因だと思っています。これは、相性の問題もあるのでなかなか難しいところですが。

 『かか』は第56回文藝賞に選ばれています。本作では、かか弁という独特の言い回しで物語が進んでいきます。19歳のうーちゃんは、切実に家族との関係性に思い悩んでいて、そして時々SNSに救いを求めます。家族との間に引かれた断裂という線は、彼女の中に葛藤を生み出します。これがまた、思春期特有と割り切ってしまえないだけの痛みがこちらにひしひしと伝わってきます。本作品がデビュー作とは。また他の作品も読みたくなりました。

おそらく誰にでもあるでしょう、つけられた傷を何度も自分でなぞることでより深く傷つけてしまい、自分ではどうにものがれ難い溝をつくってしまうということが、そいしてその溝に針を落としてひきずりだされる一つの音楽を繰り返し聴いては自分のために泣いているということが。

『かか』宇佐美りん 河出書房新社

3.夜が明けたら、いちばんに君に会いに行く:汐見夏衛

 たまたま図書館に返却されているところを、装丁が素敵だなと思い手に取りました。なんとなくタイトル聞いたことあるなぁと思っていたら、昨年映画化されていたんですね。ふむふむ、なるほど。

 それでいざ読み始めてみると、コロナ禍の後にマスクを手放せなくなってしまった少女と、周りを気にしない青年との間のラブストーリーとなっておりました。会話が多くて確かに読みやすくてスラスラーとページをめくって行ったのですが、作品と(私との)年齢がだいぶ乖離してしまっているせいか、いまいち主人公たちに感情移入できない自分がいてしばし呆然。

 たぶん自分が高校生の時に読んだら彼らの考え方に対して猛烈に共感できる部分があった気がするのですが、大人になることで世間を斜めにみる癖がついてしまったのでしょうか。読み終わった時に自分が過ごした年月を考えてちょっとショックでした。

正しいかどうかよりも、好かれるかどうかのほうが、この社会で生きていく上では大事なのだ。

『夜が明けたら、いちばんに君に会いに行く』汐見夏衛 スターツ出版 p.190

4.その名にちなんで:ジュンパ・ラヒリ

 ジュンパ・ラヒリさんは『停電の夜に』以来、2作目です。前回は短編集だったのですが、今回は長編です。最初読んだ作品では、なかなかに幅が広い物語が多く、どこかトルーマン・カポーティに似ているところもあって他の作品も読みたい!という気持ちになったわけです。

 本作において主人公はゴーゴリ・ガングリーという青年なのですが、始まりの部分では彼が生まれる前の、父親と母親の馴れ初めの話です。で、テーマはおそらく「名前」です。両親によってつけてもらった名前は、主人公が生きていく上で常に光と影を纏っているのです。

 最後まで読んだ時に、筆者の意図しているものがぼんやりと形になったような気がします。人によっては、きっと親からつけてもらった名前を変えたいと思うことがあるんだろうな。私は主人公の気持ちに共感する部分があって、しみじみと考え込んでしまいました。(ただ一つあったのは、割と読むのに時間がかかりました。それはきっと、セリフがあまり出てこないからでしょう)

他人の関心を引きやすいという点でも、外人と妊婦は似ているとアシマは思う。弱者として見られながら、どこかで一目置かれているようでもある。

『その名にちなんで』ジュンパ・ラヒリ 新潮クレスト・ブックス p.63

5.夜明けのすべて:瀬尾まいこ

 瀬尾まいこさんの作品は、本屋大賞を受賞した『そして、バトンは渡された』を読んで以来、定期的に作品を読んでいます。血の繋がっていない母娘の心のつながりを描いた物語に、強烈に心を揺さぶられたことを今でも思い出します。

 本作品では、定期的に生じるEMS(月経前症候群)でイラつきを隠すことができない美紗と、パニック障害に苦しむ山添君の二人それぞれの視点から物語が展開されてきます。どちらも症状としては聞いたことがあったのですが、実際に小説として読んでみて、当事者の生きづらさのようなものを感じました。

 それでも読み終えて感じたのは、詰まるところ人と異なる点で苦しんでいたとしてもそれは結局一人では解決できるものではなくて、周りの人たちとの様々な関わりの中で救いを見出すしかないということ。彼らの葛藤し、そして少しずつお互いを思いやる場面は、しっとりと心を濡らします。

「誰がやったかなんてどうでもいいことだろう。何をやったかが大事だもんな」

『夜明けのすべて』瀬尾まいこ 水鈴社 p.142

6.水中の哲学者たち:永井玲衣

 本作品は別の記事で触れようと思っているため詳細は割愛いたしますが、初めて手に取って読んだ時の衝撃といったら。これまで幾度となく哲学関連の本は読んできたのですが、エッセイに絡めてここまでスルスルと哲学とはなんたるかを示した本はないと思います。いつか機会があれば、著者のワークショップに参加して実際にお話ししたいというのが密かな夢です。

世間は一見まともなようで、実はかなりすっとぼけている。 

『水中の哲学者たち』永井玲衣 p.15

7.マスカレード・ナイト:東野圭吾

 マスカレードシリーズの第3弾。一流ホテルである「ホテル・コルテシア東京」で起きる事件をめぐるミステリーです。東野圭吾さんの作品は他にもいくつも読んだことがあり、加賀恭一郎シリーズ、ガリレオシリーズなどなどいずれも好きな作品ばかり。マスカレードシリーズも、読んでいて文体が軽やかであっという間に読み切ってしまう面白さがあります。

 本作品においては、2年ほど前にも映画化された作品で、ある時不可解な女性殺人事件の犯人がホテルに現れるという情報が警察に回ってきて当日を迎えるという筋書きになっています。ホテルに現れる人たちは一癖も二癖もある人たちで、これから一体どうなるんだ!? というドキドキ感があります。仮面舞踏会で同時並行で巻き起こる出来事も、手に汗握る展開でした。

*

 気がつけば、すっかり春とは思えないくらい気温が上がるようになり、毎日着ていく服に思い悩んでおります。それと同時に、今日はどんな本を持って外で読もうかなというワクワク感も高まっています。皆さんはどんなゴールデンウィークを過ごしたんでしょうか? 私は割と読書三昧。この5月も、引き続き自分が興味を持ったことに関して、読み続けていきたいと思います。

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