見出し画像

中国大陸の旅⑦北京編

色々とアテンドをしてくれたお礼にと
私たちはイケメンWくんを
ディナーにお誘いすることにしました。
『厲家菜 』というお店です。

《厲家菜は厲子嘉を創始者とする中国清朝の宮廷料理です。 厲子嘉は清の同治帝、光緒帝時代の内務府大臣でした。当時、御膳房(宮廷の厨房)は内務府の管轄下にあり皇帝と皇太后(西太后)の献立はすべて厲公が査定し、皇帝の体調に合わせて侍医と共に調理に関わっていました。その厲公が清朝ラストエンペラー・愛新覚羅溥儀が退位すると厲公も宮廷を離れ、皇城内の厲家花園に移り住みました。その際、厲公は宮中から献立書とともに御厨(宮廷料理人)を府邸に連れ帰り、自宅で皇帝の親類縁者を招いて料理を振る舞いました。西太后が召し上がった伝統宮廷料理は次第に厲家の料理「厲家菜」として親しまれるようになってきました。時を経て、厲家は1985年に正式に料理店を開店しました》(厲家菜公式HPより)

皇帝と西太后のお身体のために
考えられ供されるそのお食事は
いわゆる中華料理とは全く異なる美しくて
優しい味付けがされています。
でも普通の北京の人にとっては
なかなか敷居の高いお店でした。
どうせならそういうお店に
お招きするのもいいんじゃないか
という友だちの発案で此処に決まりました。

まず驚くのは看板がありません。
目印は【羊房11号】です。

画像2

画像1

画像3

画像4

画像5

出てくるものは小皿料理がたくさん。
どれもあっさりしていて上品なお味。

画像6

身体に良さような
素材を生かしたお料理たちです。
皇帝や西太后の健康の為
に苦心されたのでしょう。

Wくんは
お店の存在自体も知りませんでしたが
でも此処が外国人向けのお店だ
ということは理解していました。
そしてここでも
殆ど友だちとWくんの2人の会話に
私は時々話しを振ってもらって
参加する感じでした。

なんとなく疎外感を感じていたので
ひたすら西太后と同じお料理を
つついていました。
すると彼が突然
『広葉は、なぜ中国語勉強始めた?』
と尋ねてきました、
それも日本語で…私は驚いて彼の眼を見つめます、
透き通った綺麗な瞳……
『え?日本語?』と勝手に声が出てしまうと
『○○(ここは私の友だちの友だち…
以前一緒に留学していた日本人)に
す・こ・し習ったよ!!』
とウィンク^_−☆をしました。

(わ!!!この人自分がカッコいい
って自覚あるんだ。
まぁ俳優の勉強をしてるくらい
だから当然か?…汗)
昨日からざわざわ💓💓していた
胸の高鳴りは少し冷静になりましたww

『厲家菜 』は銀座にも支店があり
こちらはハイクラスな佇まいです

画像7

このビルの4階にあるそうです。
(行ったことはありませんww)

2時間制だったので
当然食べきれないで終わります。
でもお店の雰囲気も良く、
ホスピタリティもとてもスマートでした。
まだ北京オリンピックの
開かれる前のことなのに
これはこのお店が元々持っている
品格なんだと感心させられました。
別れ際も爽やかな笑顔で
今度は彼の方から
『我很开心,
因为我觉得你们是真的漂亮吧!
(私はとても楽しい、
何故なら貴方たちがとても美しいから)』
本当にそう言ったかどうか
もう記憶があやふやなので……
でもなんとなくそんな感じでした。
その時私は勉強をしたい一心で(?)
彼とメルアドを交換し
それから📧でやり取りを続けました。
そして彼とはその後も
私の短期留学の際に再会することに!!!!
就職した彼に会うお話は
また今度(っていつ?笑)

今回もお読みいただき
ありがとうございました。




この記事が参加している募集

スキしてみて

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?