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「いじめ」がやてっく~誕生前夜~ #21

▼不毛な争い▼

予想はしていたが案の定だった。

多数決という能無しの判断は、メンバーの仲を悪化させることになった。

悪化の方法としては、いわゆる弱い者いじめだ。

そりゃそうだろう。

グループの ー 対して関係も深くない人間の集団がそれぞれ、自分が考えた我が子のような企画を守りたい、あるいは個人的に、羨望と賞賛を浴びたいという理由だけで我を押し通そうとしたらどうなるか。

やるべきことは「排除」と「票集め」である。

このグループにいる愚か者共が、そこまで考えているかどうかは分からない。でも、元来人間にはそういう本能的な機能が備わっているのだと思う。

グループで行う最終決断を多数決にした時何が起こるか。

大体こんな感じだ。

  1. グループ内にいる異端及び個性の強そうな人間を排除しようとする

  2. グループにいる賛同者以外の中立派に媚を売る。

排除の方法は簡単だ。
陰口なり、噂なり。

とにかくその人に現在ついている印象を操ろうとして、マイナスな意見・感想を流して共有しようとする。

これは、基本的にどんなグループにも起こる。たとえそのグループに明確な異端児や個性の強い人間がいなかったとしても。

票取りをしたい愚か者は、自分の味方を増やすために仮想敵でさえ作り出す。いや、真に優れた人は「存在しない敵を創造する」ことが出来るのだが、中途半端な愚か者は想像力が欠如しているので、基本的にその場にいる人間を仮想的にしてしまう。

なお、このグループには仮想敵は必要ない。

なぜなら、僕と荒井さんがいるからだ。

僕と荒井さんは、このDXプロジェクトが進行していく中で、明らかに違う動き方・働き方をした。「違う」というのはそれだけで異端だ。明確に言えば、敵とみなしやすいのだ。

現に僕たちは、浪川さんが「多数決」というクソみたいな方法を発表したのち、その他のメンバーから明確な敵意を向けられることになった。

▼異見▼

僕たちは多数決に対して文句を言っていない。そうなるだろうという予感はあった。結果としてこれは、いつものプロジェクトの焼きまわしでしかない。今回もしっかり失敗を選んだだけである。

この失敗を失敗と認識しているのは僕と荒井さんだけだった。多数決は、そもそも一般的な決定方法としてC社のあちこちにこびり付いていた。

この現象は「それがルールだから」という言葉そのものだ。ルールとは実は、作った人間以外は往々にしてそのルールを知らない。後続の人間は、そもそものルールを把握していないのに、ルールだからと言っておけばすべてが丸く収まると思い込んでいる。世の中には、そういう人間が沢山いる。それがルールだからとはそういうことだ。

そのルールはなぜ存在しているのか? と聞き返そうものなら、ほぼ100%の人間がすぐに癇癪を起こす。愚か者というのは基本、自分が論理的に生きていると思い込んでいるけど、実態はずっと感情をむき出しだ。それも、喜怒哀楽の怒と哀しか持ち合わせていないパターンがほとんどだ。

荒井さんも、そして僕も、多数決には文句を言わない。言って癇癪を起こされても困るからだ。感情むき出しの人間と話しても、向こうがクールダウンするか、もしくは主張を折るかしない限り、決着がつくことはまずありえない。大体は、どこまでも平行線を辿るのだ。

ただ僕達は、矛盾だけを納めることは出来なかった。

浪川さんはポエムの中で言った。

「責任は僕が全て負います」と。

責任を負うなら、やっぱり多数決ではない。責任を負うなら、決めるべきはあなただ。もし、本当に責任を負う気があるのならば、失敗したときの、明確な責任の負い方として減給なり降格なりを宣言してほしい。謝るだけで済むのなら、やっぱりそれは責任を負うとは言えない。無理なのは100も承知だが、僕たちがこれまでに費やしてきた時間を返して欲しい。

僕たちは、茶番に時間を費やすほど暇ではない。

上層部がやっている無意味な話し合い・経営者を気取ってかっこだけを整えた資料を作る時間と比べると、僕たちの時間を奪った罪は重い。

僕たちは、会社の財源を担っている。奴らが予算を別のところからもってこようみたいな発想に至らないから、その分僕たちは頑張って稼ぎにいっているのである。

責任なんてもっともらしい言葉で、プロジェクトの意義さえ濁してしまうリーダーのもとで働かされた僕達は、確実に無駄な時間を過ごしたのだ。

そう思うと、そう気づいてしまうと、とても腹がたったし悔しかった。

もしかしたら、荒井さんもそんな事を考えたのだろう。

だから荒井さんはこう返信したのだ。

「責任を負うとか、みんなで考えるとか、そんな発言はどうでもよくて、これからどうすべきかを示してほしい」と。

これは異見である。異なる見方と書いて異見だ。

詳しい文言は忘れてしまった。僕はこのポエムの後、このプロジェクトに力を入れる気になれずにいた。6年間働いてきた会社の、弱さやズルさに打ちひしがれていたのだった。

それは、僕が出し続けてきた成果をも疑うくらいに残念なことだった。僕は僕なりに、熾烈な戦いをしてきたつもりだし、周囲の人間も上層部の人間さえも超えようと意識してきた。

でも、これが答えならもう僕の方が優れている。

断言したっていい。

僕はこんな立ち往生をごまかすようなことはしない。進んでいない時は謝罪をするし、進んでいる時は感謝もする。

それすらできないのなら、ここで働く理由はないではないか。

心にすきま風が吹くという体験を初めてした気がする。肩が妙に重くて、重力に逆らえなくなった。

荒井さんの異見に追随してあげたかったけど、僕は僕で別の ー 自分との戦いを制しないといけないので手いっぱいだった。

▼攻撃▼


僕が現実に引き戻されたのは荒井さんが発した異見ではなかった。

浪川さんのポエムへの荒井さんの返信に対して、声を上げたメンバーがいた。

正直、その人が何を言ったのかは思い出せない。僕には的外れのイカレタ感情にしか見えなかった。

要するにこういうことだ。

「浪川さんが責任を取ってくれる。次どうするかは既にみんなで考えているのだから、ここで反論する理由が分からない」

この返信をしたのは、確か編集部の人間。サービスを発表した時、ひときわ気合いが入っている主婦っぽい女の人だった。

思考を彷徨わせていた僕が我に返ったのは、この投稿がなされた後。荒井さんからかかってきた電話だった。

荒井さんはこのイカレタ感情とは別件で僕に電話してきた。それは、浪川さんの責任発言をネタにするための電話で、僕たちはこの件をネタにしようとして再度ポエムスレッドに目を通した時に、このイカレタ書き込みを発見した。

僕と荒井さんからすれば、その書き込みについては本当にどうでもよかった。これから僕たちが、票取りの犠牲としてやり玉にあげられることは分かっていたし、それが僕たちに与えるダメージなんてないのだ。

この荒井さんのコメントへの反対は、もしかしたら浪川さんのご機嫌を取りたいのもあって実行されたのかもしれないし、あるいは荒井さんをうまく使って注目を集めようみたいな魂胆があったのかもしれない。

僕にその真意は分からないけれど、確かなことは1つ。ここで票取りをしたって、この先なにも生まれない。これが彼女の評価を上げることにもならない。そして、仮に彼女たちのサービスが投票で1位を獲ったって、そのサービスが実働される事なんてないのだ。

彼女のイカレタ書き込みが合図となって、僕たちへの攻撃は始まった。

やっていることは学校でのいじめと同じである。まさか大人になってまで、あんなくだらない事象に巻き込まれるなんて思いもしなかった。

はっきり言って、その程度の会社なのだ。売上が落ちるのも納得だろう。

僕と荒井さんは抵抗しない。こういう時、抵抗が一番長引くからだ。

僕と荒井さんの関心はすでに別の部分に移っていた。それこそが、のちに僕たちを独立に導く「越谷雑談がやてっく」の素案なのである。

僕たちは終始よく分からなかったこのプロジェクトとは全く違う方向性を探りだした。思えばこの瞬間なのだ。僕が会社を辞めようと思ったのは。

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