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掌編小説

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ワタナベワールド全開の掌編達です。
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記事一覧

怪奇小品 罪

怪奇小品 罪

 数え四つになる子をおぶっている。やっと生まれた長男であったが、この子は今だ言葉を喋らず、おそらくは唖なのだろうと舅や姑に罵られていた。その子の口元にはほくろがあった。

 五位鷺の鳴き声が響く畦道を子守唄を口ずさみながら歩いた。茜色に染まったこの虚しい空の色合いを私は生涯忘れないだろう。
 雑木林へ入り、草葉の生い茂る難路をひたすら進む。すると道祖神の祀られているひらけたところへ出た。道祖神の隣

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怪奇小品 神

怪奇小品 神

 触らぬ神に祟りなし、という言葉を時折耳にするが、まさしくその通りだと思う。一度始めた信仰は途中で放棄することは出来ない。たとえそれが先祖が祀った神であったとしても、自分たちが意思を持って始めたものではなかったとしても、一度始めたら永遠に身も心も捧げなければならない。何故ならば神を粗末に扱うと障りがあるからだ。だから僕の一族は若い娘を生贄に捧げ続けなければならなかった。そうしないとこっちがやられて

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怪奇小品 蛇

怪奇小品 蛇

 ※この作品は夏目漱石の「永日小品」の中の「蛇」の二次創作です。

 僕は時々瞼の裏に焰が見える。目を閉じると、朱とも橙ともつかない火影が絶えず揺らめいている。その焰はちっとも熱くない。幻想的な色彩を帯びながら、静かに、規則的に、冷酷に、揺らめいている。
 これは一体何なのだろう。
 僕の眼底に刻まれたその焰は、間違いなく僕に何かを告げている。次はお前の番だと警告している。僕はその焰の色彩を感じる

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掌編小説 月光

掌編小説 月光

 女には影がなかった。それは陽の光で出来る影ではない。月光で出来る影のことである。
「私は明日死ぬ」と女は言った。
「何故」と僕は言った。
 女の長い睫毛に縁取られた黒い眸から涙が落ちた。女が泣くのを見るのはもうたくさんだと思った。 

 川のほとりを歩き続けた僕達は、葦が生い茂る川のふちで足を止め蒼白く輝く月を眺めた。果ての町には沢山の火が灯っていた。僕は生まれ変ったらあそこに帰りたいと思った。

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春の日の午後

春の日の午後

太陽が西に傾き始めた午後、窓のサッシを開けると庭に猫がいた。
私 「いつも庭にフンをしていくのはお前さんかい?ここは誰の縄張りか知ってのことかい?」
茶トラ猫 「小生だけではなく黒猫も仲間でございます」
私 「お前たちは食うに困ってないのかい?」
茶トラ猫 「近所の優しい姐さんが餌をくれるのです」
私「するってえと何かい?お前さん、うちの庭は雪隠なのかい?随分じゃないか」
茶トラ猫「生理現象ですか

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掌編小説 逢魔が時(ホラー描写が含まれるので苦手な方は注意してください)

6月30日。
私は死んだ。

アパートのロフトに縄をかけ、首を吊って死んだ。私の足を支えていた椅子が倒れた音と、その瞬間にかすかに見えた窓の外の風景ーー、茜色に染った夕焼け空だった。それを妙にはっきりと覚えている。

西日の入るアパートだった。朝は薄暗いが、日が傾くと窓から強烈な陽射しが差し込んだ。このアパートは逢魔が時になると不思議な異空間になった。神秘的な小宇宙だ。そこは眩しいまでの輝きを放ち

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掌編小説 死神

掌編小説 死神

 下を向いて歩くと死神に目をつけられるらしい。もうそろそろこいつはイケるかなと思われるのだろうか。だから僕は絶対に上を向いて歩く。上を向いて歩けば涙はこぼれ落ちないし、気持ちが明るくなるような気もする。でも時々、空を眺めているとどうしようもない気持ちに襲われる。この気持ちの正体は一体何なのだろう?そう言えば何かの漫画で敵キャラが言っていた。「人は嘆く時天を仰ぐんだぜ、涙が溢れないようにな」と。そう

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掌編小説 猫に阿片

掌編小説 猫に阿片

男が出ていった。
同棲している1LDKのアパートの家賃を支払わないので、文句を言ったら翌日出ていった。
家賃は折半だと念書を書かせるべきだったか。置き手紙には「僕を探さないでください」と書かれていた。
こういうのはもっと美しいシチュエーションで使うべきものであって、家賃を滞納して夜逃げする人間の台詞ではないと思う。

ふと目を向けた先には猫がいた。
二足歩行になった猫がダイニングテーブルの椅子に座

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