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エッセイ

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どうでもいいような、だけどあるとちょっとウレシい毎日のことです。
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2023年、日記より

2023年、日記より

2023年が終わろうとしています。お正月休みの、はじめの日に、近所のミスタードーナツに行って、一年間の日記を読み返しました。今年いちねんを思い出してみると、記憶の上では、なんだかぽっかりとしているものです。けれど、日記にしるした一日ずつには、過ぎ去っていった時間が、きちんと存在しているようでした。

日記は、ごく短いものばかりです。書かない日も、ままあります。あまりにも眠くって、面倒くさくって、書

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ちいさな旅のこと #4宿のこと

ちいさな旅のこと #4宿のこと

一日目はビジネスホテルに。二日目は、カプセルホテルに泊まった。
旅の大きなたのしみのひとつに、宿がある。部屋が広く、眺めが良く、どこもかしこも磨きあげられていて、シトラスの香りがする宿。で、なくてもよい。ひとり旅ならなおさら、せまくてふるくて使い勝手が悪くて、部屋がなんとなく薄暗い。それで、かまわない。知らない町のすみっこで、しずかに呼吸をしながら、縮こまっているような気分になる。そのほうが、妙に

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ちいさな旅のこと #3 本のこと

ちいさな旅のこと #3 本のこと

街を歩き回りながら、ふと足を止めてしまうのは結局いつも同じ場所で、それは本屋である。軒先に並ぶ古本のワゴン。ふらふらと吸い寄せられてゆく。旅先で本を買うなんて、本来はやってはいけない。旅はいかに荷物を軽く、身軽でいられるかということが重要なのであって、本などという重くてかさばるものを増やしてどうする、とわたしの頭はちゃんと分かっている。でも、気づけば右手は、本を棚から抜き取ってレジへとせっせと運ん

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ちいさな旅のこと #2街のこと

ちいさな旅のこと #2街のこと

ホテルで目を覚ますと、カーテンの向こうはもったりと曇っていた。今日は、午後から雨になるらしい。昨日は山へ行ったので、今日は街へ行こうと思っている。身支度を済ませて、ホテルから一番近い喫茶店へ向かった。

その喫茶は、おじいさんがひとりで営む店だった。モーニングメニューをひと通り眺めて、迷うことなく「チーズトーストセット」を頼んだ。おじいさんは「ハイ」と言ってキッチンへひょいと戻り、一斤まるごとの食

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ちいさな旅のこと #1山のこと

ちいさな旅のこと #1山のこと

秋が来たらば、どこかへふらりと行かねばならない気がして、少しばかり旅に出ることにした。旅と言っても、そう遠くない場所だった。電車を乗り継いで二時間もあれば目的地に着いて、六甲山の麓で、ケーブルカーのチケットを買う。けれど、先ほどコインロッカーに預けたボストンバッグの中には、寝間着や、歯ブラシや、三日分の靴下や、多めに用意したポケットティッシュなどが詰まっている。これを旅と言わずに、なんと言おうか。

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10月に生まれて

10月に生まれて

わたしは10月に生まれた。そしてそのことを、わりと気に入っている。10月という、あまり暑くもなく、あまり寒くもない頃合い。そこには春の芽吹く季節のように、健気な前向きさがあるわけではないし、夏の奔放さや、冬の我慢強さみたいなものもない。自然や人のはたらきがつくりだしたものを、「実りの秋だ」と言いながら、いそいそと採りに行く。ぶどう狩りにでかける。栗を拾いに行く。新米でおにぎりをつくる。ぷらぷらと紅

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なつやすみの退屈

なつやすみの退屈

読書感想文を書くことが、けっこう得意だった。けれど、決して、好きではなかった。

自由研究、工作、絵日記、と並んで、読書感想文は夏休みの宿題の中でも「大物」のひとつである。この大物にちっとも手をつけていないと、お盆を過ぎたころ、なんとなく「いやな感じ」が胸に広がってくる。ラジオ体操の出席カードに、それなりにスタンプが溜まってきたことをチラリと確認して、ようやく、原稿用紙に向かっていた。

わたしは

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イン・ザ・ホテル

イン・ザ・ホテル

ビジネスホテルを予約して、15時のチェックインから、翌日11時のチェックアウトまで、ひたすらにその一室で過ごすということをした。

京都駅の、八条口近くのホテルだった。京都の初夏は、ひどく暑かった。チェックインまでの時間つぶしとして、日傘を差しながらぷらぷらと東寺を見に行く。「京ばあむ」の紙袋を提げた修学旅行生とすれ違う。
わたしは京都からそう遠くない町に住んでいるから、京都駅に旅行感覚で訪れるこ

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夏の少年たち

夏の少年たち

うちに帰り、すぐさま長袖のシャツを脱ぎ捨てTシャツを引っ張り出した。午後7時が近づいても陽は落ちず、部屋の床にはつよい西日が溜まりに溜まっていた。キッチンに立ち、インスタントコーヒーをグラスに入れ、すこうしのお湯で溶かして、氷と牛乳をぞんざいに放り込み、つめたいカフェオレをあり合わせのやり方でつくった。梅雨の合間にあらわれる、もう真夏のような厳しい暑さの日が、今年もやってきた。

近頃の夏は、こう

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レンズ越しの『甘いおあげを食べる』

旅のエッセイ『甘いおあげを食べる』をネットプリント配信中です。出力期限が明日まで(6/9 18時頃)となりました。すでにプリントしてくださった方も、すっかり忘れていたよという方も、それぞれにありがとうございます。(まだ間に合いますので、ぜひとも!)

せっかくなので、文章の中に登場するあれこれを、カメラフォルダから探してみました。読んでくださった方は「コレがアレだな」と確認しつつ楽しんでくださった

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待合室にひとり

待合室にひとり

雪のちらつく夜、町の診療所へ向かった。院長先生の見立てがよいと評判で、その夜も待合室は混んでいた。「四、五十分くらいいかかりそうです」と受付の女性が言い、わたしは「大丈夫です、待ちます」と答え、マフラーも取らずに椅子に身を沈める。外はとても寒かった。

待合室には十名ほどの患者さんがいたけれど、みな黙っている。テレビは音が消されていて、NHKの地域ニュースが流れていた。音といえば、天井のスピーカー

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「ミスドスーパーラブ」に寄せて

「ミスドスーパーラブ」に寄せて

よく訪れるミスタードーナツの店舗は、大型のショッピングモールの中に最近できたところで、きれいなソファ席が並んでいます。ホットコーヒーを頼んで席に着くと、店員さんが時々「おかわりいかがですか」とやってきてくれます。ポットと、シュガーとミルクの入った小さなカゴを持ち、ていねいにそう聞いて下さるので、「天使みたいだあ」と思う。だから、図々しくも何杯もおかわりを注いで貰うわけです。

出版レーベル『トーキ

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本のある島

本のある島

冬の日、休日に出掛けた夕刻、チラチラと雪が降り始めた。辺りは暗くなりかけているしもう帰ろうかと迷いながらも、地下鉄の出入り口を通り過ぎ、そのまま近くの蔦屋書店に向かった。暗がりの中に、ぼおっと店内のオレンジのあかりが発光している。わたしは、本のある場所に行きたかった。

本屋さんをうろつくことを、「本屋パトロール」と呼んでいる。これは特に、大型の書店を見回りするときに使う表現。決して、むつかしい顔

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ものかきのきもち

ものかきのきもち

SNSのプロフィールに、未だに何を書いたらいいのか分からぬままでいます。今のところ、肩書きは一応「文筆家」としています。でもその響きはかなり「シュッと」していて、鉛筆をなめなめ、原稿用紙に向かっているような気配があるので、私は自ら名乗っておきながら、心のどこかで緊張しているようなのです。

「文章を書いたりしてるんです」
「へー、どんなのを書くの」
「小説のようなものとか」
「そしたら、芥川賞を目

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