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お寺×◯◯

お寺って?

僕は、お寺に生まれ育ったということが自分の“アイデンティティー”の形成に強く影響していると思っている。

そんなことを以前、新潟県の三条別院(真宗大谷派)での法話会に講師として呼んでいただいたときにお話させてもらった。

また、ハンドボールを小学生から始め、そこで長年培ったものも自分のアイデンティティーには強い影響がある。

僕としてはアイデンティティーは、“立脚地”と言い換えることもできると思っていて、僕なりの言い方をすれば“立ちどころ”である。

一方で、その環境によって使い分けている"性格”というものが人間にはあるわけで、いくつかの“顔”をもっている。このいくつかの顔、性格というものは使い分けることができて、便利なものだ。

“性格”は、英語で「personality」(パーソナリティー)という。この言葉の語源は「persona」(ペルソナ)で、意味は“仮面”。仮面は付け替えることが可能ですよね。

でも、アイデンティティーというものそんな簡単に付け替えたりできないし、便利なものでもない。自分自身の“核”というか、簡単なことでは揺らがないものというか。。。

そんなアイデンティティーにも、“危機”“崩壊”というものはあるけれど“再構築”できるものでもある。

昨日は、人との“出会い”“繫がり”について書いた。

でも、このアイデンティティーは自分自身に出会わなければ構築できないものだと思う。自分自身を見つめ、そして自分自身を問うていくその繰り返し作業の中で、本当の“自分に出会う”

そんな場所がお寺だと思う。

お寺は、ただ“お葬式”をしたり、“法事”やその他“仏事”に関わることをする場所ではないということを今日は伝えたい。


お寺にまつわる勘違い

よく「坊主丸儲け」と言われたりする。

これ皆さん、本当に「丸儲け」している人に言っているのであればいい。でも、そうじゃない人やそういうつもりのない人に安易に言ってしまうと、言われた側はすごく傷ついている。

あと、「お寺は税金がかからない」とも言われたりする。

何を「馬鹿げた勘違いをしているんだ!」と一喝したくなる。所得税は普通に徴収されるし、もっと言えば消費税だって坊さんだけ安いわけがない。

そもそもお寺は“商売”をしているのではない。その大前提を除外しないでほしい。

お寺の仕事はお寺を守ること。

お寺は、歴史的なもの。何世代にもわたって確かに現代まで届いているという事実が、お寺をお寺として成り立たせている。そのお寺に生まれた者、携わる者はこれを100年後200年後にまで存続させていくことが使命だということ。そうやって人の歴史を途絶えさせず、確かなものにさせなければならない。

「税金がからない」というのは、土地や建物のことだということを理解して皆さん言ってますか?これにはきちんと理由があって、歴史的なものだから。守る、存続させる、こういう意義があるから。

経費で社用車を持っているのは会社であれば当然のこと。お寺はそういう意味では一緒かもしれない。けど、経費でベンツに乗り回したりはごく一部。

こういうベンツに乗って、派手な格好をして、そんなお坊さんが仮にいたとしても、その人は使命を持ってお寺に従事しているのであれば構わないと思う。また、仕事として割り切っていたとしても自分の収入の中で、それをやっているのであれば誰にも批判できない。

己のひがみ根性で“勘違い”を盾にするな!

これだけは、言わせてほしい。


お寺の汎用性

お寺という場所が“自分に出会う”ところであることは最初に伝えた。

だからお寺は本来、誰にでも“開かれた場所”であるということ。全ての人に自分に出会う機会を与える場所である。

お寺の中って、すごく雰囲気が漂っていますよね??

これを「お荘厳」(おしょうごん)といって、仏様の世界を表現している。だから、中に入るときらびやかでお香の良い香りが漂っていて、そこにお経の声が響き渡る。なんとも言えない非現実感を味わえる。この独特な空気感はすごく重要で、この雰囲気の中でこそ自分と向き合う時間がつくれたりする。

では、こういう場所をもっともっと開いたものにしていくことが大切で、その汎用性を多くの人に知ってもらいたい。

例えば、僕が従事するお寺では毎年一回コンサートをしている。もちろん入場料は無料だ。100人ほどが毎年集まって、お寺という場所で歌を楽しみつつも、その荘厳な空気感を味わっていく。

お寺ができることは、仏事にまつわることだけではない!

そういう想いから活動しているお寺さんも全国にはたくさんいて、詳しくは今度紹介しようと思う。

最近、気になっているのはお寺という場所を使って、スラックラインというスポーツを行い、普及させようとしているお坊さん。

本当に面白いことをやられているなと、興味深い。

そんなことから、今企画しているものがある。お寺であることを開催しようと思っている。

そこで、ふと感じたのは“お寺の対応力”が素晴らしすぎるということ。例えば、開催するにあたって必要なものをどこで揃えたらいいとか、どういう段取りにすれば良いとか、すぐさま対応できる。お寺には長年培ってきた“繫がり”があって、そのこともお寺の汎用性を高めていくためには重要な要素。

今回、企画したものはもちろん大きな大きな協力者がいてこそのもの。でも、お寺でそれを行うことに大きな価値・意義があるのかなとも思う。

だから、何もかも始めてでスムーズにいかないかもしれないけど、とりあえずやってみたい。やらせてほしい!

そんな想いが強い。

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