スケーター

『路上の言語』Skateboarding is not a Sport12

スケーターのモラトリアムを示唆するものは写真だけでなく、名付けの感覚にも表れている。

20年ほど前、『THE GREATEST 30 CLUB』というチームがあった。スケーターといえば子供の遊びで滑り続けても20代のうちに辞めてしまうものが多かった時代に、30歳を過ぎても滑り続けている人たちがつくったチームだ。この時代はスケートボードと仕事にうまいこと折り合いをつけ両立させている人は少なく、家庭

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『路上の言語』Skateboarding is not a Sport11

社会を表すものをシニカルに取り入れた表現が生まれるようになったのは80年代後半から90年代初期に該当する。その時代は都市で滑るストリートスケートが隆盛し街中にスケーターが増えた時期であり、それに応じ社会から器物破損や歩道から道路への飛び出し、道路での走行など、スケーターに対する批判の声も大きくなっていった時代だ。

それ以前のプールやランプはスケートボードの世界の中心にあり、それらはストリートと違

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『路上の言語』Skateboarding is not a Sport10

スケートボードの文化ととそうでない異なる文化は、スケートスポットである建築物を媒介として交わる。社会の中で互いに異なる文化に所属するもの同士が建築物の使い方についてせめぎ合うとき、ふたつの文化は交わるのだ。

スケートボードとそうでない二つの文化が交わるとき、どういったことが起こるのだろうか。

社会の秩序のもとにつくられた建築物の持つ「意味」を無視し新たに意味付けをするという行為、つまりスケート

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『路上の言語』Skateboarding is not a Sport9

破壊と楽しみが結びつくことに関してはイリンクスで述べたような

突然人をとらえる忘我の激情がそれだ。この眩暈は、ふだんは抑制されている混乱と破壊の好みに容易に結びつく。それは、自己主張の粗野で乱暴な諸形態なのである。
引用:ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』P62-63

スケーターがスケートボードをする中で破壊に注目することはスパイク・ジョーンズだけでなく一般的にみられる傾向である。滑る際に結果的に

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『路上の言語』Skateboarding is not a Sport8

海を越え都市に出たサーファーはやがてオーリーを誕生させスケーターになり、様々な場所で滑った。スケーターは路上をところかまわず走り、階段を飛び降り、ベンチのフチにグラインドをかけ壁をはいあがり、盲人用スロープを使って柵を飛び越え、ハンドレールを滑った。地形や建築物に与えられた意味を読み替え自由に滑った。

スポイルスポート
すべての建築物にはそこで生活や仕事などをするためという意味を持ってつくられる

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『路上の言語』Skateboarding is not a Sport7

スケートボードはスポーツではないので、明確に区切られた滑る場所を持っていない。

遊びの空間について
遊びは本質的に生活の他の部分から分離され、注意深く絶縁された活動であり、それはふつう、時間と場所の明確な限界の中で完成される。遊びの空間というものがある。マレルの方陣、チェス・ボード、碁盤、スタジアム、トラック、運動場、リング、舞台、円形闘技場などがそれである。この概念的境界外で行われることは計算

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#3 憧れのポートレート会社

前回の記事より

前回は僕の自己紹介をさせていただきました。
気づけば北海道を離れて約15年。
東京で一人暮らしをはじめ、何の夢や希望もないまま上京し、
大学生活を終えようとしていたのです…。

そんな大学生の終わり頃に、
一つの兆しが見えたのです。

スケートボードをメインに撮影していた僕が

この会社はすごい!!
なんでこんな自然な表情なの?
人を写す事ってすごく美しい事なんだ。

そう思わせ

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バスフィッシングでまちづくり

ブラックバスを対象にした釣りで、こんなに手軽に始められる釣りは他にはない。

竿、リール、ルアー(疑似餌)があれば始めることができ、手軽に始めようと思えば5000円程度で始められる遊び。

しかし手軽なだけでなくバリエーション豊富なルアーやワーム、使用方法も様々で奥が深い。
自分の考えにハマって釣れたときの快感はたまらない。
その感覚を体感すると、もうやめられない。

しかし日本でバスフィッシン

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