佐伯紅緒

伯父の貼り紙

柴又に住む90歳の伯父がカレンダーの裏紙に描いた貼り紙。
先日、私が伯父の家の軒先で保護した仔猫・さくらの両親にあてて、いま縁側に貼ってあるそうです。
さくら保護の経緯はこちら。

昨日、従姉妹から伯父がさくらの親猫たちに向けてこれを貼っていると聞き、早速ラインで送ってもらいました。

ひらがなが多いのはおそらく親猫たちへの配慮でしょう。
伯父はお習字の先生です。

「おかあさん おとうさんへ

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ネコは沈黙せず

🎵また猫を拾ってしまったの
二度と猫なんか拾わないと決めていたのに
どうしてすぐこうなってしまうの
こんな私 もうどうしようもないわ

たった今即興で作ったマレーネ・ディートリッヒの『また恋をしてしまったの』の替え歌ですが、要するになにが言いたいかというと、また猫を拾ってしまったのです。

ことの起こりは今年の正月、90歳になる柴又の叔父の家に年始に親戚一同で集まったときのことでした。

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桜井さんとの約束

年明けから樹木希林さんの本『一切なりゆき』を読んでいたら、ずっと忘れていたある人との約束を思い出してしまいました。

「しまいました」と言ったのは、その内容がたいへんヘビーなものだったからで、たぶんヘビーすぎたがゆえに、私は長年その約束自体を忘れていたのだと思います。

その約束の相手は桜井さんという詩人のおじいさんでした。
桜井さんは元ハンセン病患者で、子供の頃に発症し、故郷を離れてひとり施設

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新春妄想映画劇場 フリッツ・ラング監督『メトロポリス』(1926)

年末に動画を漁っていて見つけました。夢にまで見たフリッツ・ラング監督映画『メトロポリス』(1926)のニューバージョン。1984年に音楽家ジョルジオ・モロダーによって、クイーンなど当時の人気ミュージシャンたちの音楽が加えられたいわゆる『ジョルジオ・モロダー版メトロポリス』の全編です。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm8653698

これ、もともとは100年近

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言挙げせずともとしは栄えむ

あけましておめでとうございます。
いよいよ平成最後の年ですね。本年もよろしくお願いします。

お正月は父と母が必ずケンカしていたせいか、あまり良い記憶がありません。

思えばご飯の炊き方がゆるいとか、目玉焼きの黄身の部分が固すぎるとか、よくまああれだけくだらない理由でケンカできていたと思います。
大人になってアドラーの教えを書いた「嫌われる勇気」という本を読んだ時、私は「人は何か原因があって怒る

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神はサイコロ遊びはしませんが

今日は朝から今年最後のハリ治療の日だったのですが、年の瀬のせいでしょうか、なんとなく鍼灸師の先生と見えない世界の話になり、いろいろ話しているうちに先生がポツリと言いました。

「僕はねえ、子供の頃から、常に見えない誰かに上から見られているような気がするんですよ」

私はべつだん驚きませんでした。なぜなら、私もそうだからです。

ただ私の場合、それには確固たる理由がありました。

あれは私が2

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今さら人に聞けやしないクリスマスの過ごし方

年々その始まりは前倒しの傾向にあり、最近はハロウィンの翌日からスタートする感のあるクリスマス。
この時期に特別なことをやらなくなって幾星霜の私でも、さすがに12月23日あたりになると「ムムッ」と心がザワつきます。

なぜなら、この時期は街全体が一種の洗脳装置と化すからです。

まずハロウィンが終わった途端、街のあちこちにクリスマスツリーがドーンと置かれる。その衝撃たるや、さながら100年の泰平

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終電のメリークリスマス

私は昔からクリスマスとか誕生日とかのアニバーサリーには興味のない子供でした。

プレゼントをもらっても、「この子はなにを買ってやっても嬉しそうな顔をしない」と親に嘆かれていましたし、実際、なにをもらっても大してうれしくはありませんでした。

なにしろ生まれて初めて本気で欲しいと思ったのがパイプオルガンです。子供の頃、『さらば宇宙戦艦ヤマト』というアニメで「白色彗星のテーマ」という不穏ながら美しい音

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マハラジャ君の災難

帰国子女、というと国籍不明な化粧にサイケデリックな柄のファッション、オーバーアクションに怪しい日本語というのが私の通俗的なイメージですが、マハラジャ君は一見、そのどれにも当てはまらない帰国子女でした。

マハラジャ君というのは私が派遣社員をしていた頃、隣の担当にいた社員さんです。
商社勤めの父親の仕事の都合で12歳までインドにいたマハラジャ君は、背は低く見た目も童顔、一見、虫も殺さないような可愛

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虫愛づる姫君

通常、女の子はリカちゃん人形とかシルバニアファミリーなどに我を忘れるものですが、私が幼少の頃、我を忘れていたのはお人形さん遊びではなく、カブトムシやセミやチョウやトンボやカマキリなどの虫捕りでした。

鳥肌実先生いうところの「昆虫採集命がけ」です。

あの頃、葛飾柴又帝釈天には夏になると無数のセミが境内の松の木に止まり、妍をきそうようにあちこちでジワジワと鳴いていました。
そのほとんどは人の手

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