体にいいことを極める理由

こんばんは。りゅういちです。

このブログではストイックに何かをやめたり取り組んでいることを記事にしてます。

体にいいことをここまで極めているのには
わけがあります。

健康に気を遣うと

幸せになれるってことです。

どういうことか。
まず、健康になると
仕事のパフォーマンスが劇的に上がります。

そして収入はあがります。

すると、モテます(笑)

つまり幸せな家庭を築くことにも通じるんです

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ストレスと「所有物」の関係

こんにちは、Yusonです。
ここ最近、意味不明シリーズを書いていましたが、久々にかっちりと書きます。
今日は「ストレス」についてお話してみようと思います。

現代社会では、多くの人がストレスを感じています。また、あらゆる心身の不調が「ストレス」というカタカナ4文字で処理されがちです。

以前、スリランカの方とお話する機会がありました。なんともなしに話をしていると、話題はストレスになり、彼がそこで

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車の所有について

車の所有について、思うとこがあったので、書きます。

堀江貴文さんは、車も家も持っていません。

車の稼働率は1割程度だとおっしゃっていました。

ということは、車はほとんど車庫にあると言う事です。

みなさん、週末に車を使うくらいという方も少なくないのではないでしょうか。

もちろん、地方では、どうしても、車がないと生活に困る方もいるでしょう。

今後、国が「走行税」をとるかもという話もあります

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所有について

久々にnoteに表れた。

最近はずっと紙のノートに書いていた。
なんか手触り感が好きでね。
自分の気持ちに触れられている感じ。
それがあるのが手書きなのかなぁとか思うわけですよ。
一方でnoteなどのネット媒体。
これは手触り感よりは外部化してる感じ。
自分の気持ちを客観的に眺めるのにいいと感じている。

今、特に客観視したいわけではないのだけれど、
まあたまには書いてみるかということで書いてい

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保有しなくなる時代

こんにちは!

サブスクリプションについて

最近ですね「サブスクリプション」という言葉を良く目にしませんでしょうか?

サブスクリプションとは、ざっくり言うと月額会員制で色んなサービスを受けられる。
いわば「権利」に対してお金を払うビジネスモデルを言います。

もうここ最近では、サブスクリプションサービスを提供している企業は多いのではないかと思います。
例えば、映画など見れるネットフリックスやH

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ミニマリストに喧嘩売ってみる…マキシマリスト代表。

※タイトル画像は、本文や筆者とは とっても無関係 です(爆)

僕は最近のトレンド(?)ともいえる「ミニマリスト」の方々とは、
超アンチに見えるポジションの人間。
モノをやたら集める、情報や資料も集める、多趣味・多ジャンル、色々なモノのデザインや機能に拘る、比較吟味・検証が大好き。
大量のモノや情報を徹底して整理・分類・体型化するのが趣味でかつそれを仕事に転換して小売業のビジネスコンサルをしている

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所有が上手くできない。

僕は、上手く所有することができない。

所有とは、どんな状態を言うのだろう。
たとえば、車を買ったとする。

買ってから、車を乗り回す。
これが、車を所有するということなのだろうか。

そしていつか、車が壊れるときが来る。
乗れなくなるときが来る。

それでも、車を所有していることに違いは無いはずだ。

所有することで得られるものは、何か。
それは、便利さか。
はたまた、優越感か。

それは所有す

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人が欲望する対象は、誰でもが欲望できる対象である。 『不十分な世界の私―哲学断章―』〔23〕

人は、誰もが持ちうる欲望、他人の欲望でもありうる欲望を、「自分自身の欲望として」欲望する。それが他人にとっての欲望の対象でもありうるから、それは誰においても欲望の対象でありうるのであり、つまりそれは「自分自身においても欲望の対象である」ことができるものとして、その対象に対する欲望が、他者に、そしてまた一般的に、「欲望として承認されうる欲望」となる。
 『欲望』とは、まず「欲望というもの」があって、

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「所有からアクセスへ」

ゲイブ・ワイザート とティエン・ツォによる共著・「サブスクリプション: 「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル」を読んだ。

俺は人生戦略上、まずは世の中のトレンドを知ることが重要だと思っている。

だって、トレンドの波に逆らえば致命傷を喰らう可能性が高いし、

逆張りで一発勝負に懸けてみるにしても、そもそもトレンドを知らないとできないでしょ。

トレンドを知っていて逆張りするのと、知ら

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私の自我は、私の意識の対象であるがゆえに私の所有の対象となりうる。 『不十分な世界の私―哲学断章―』〔18〕

一般に『自我』とは「私自身が形成するもの」だと考えられているとすれば、そのように「私自身が形成した、私の自我」とは、「他の者が形成した、他の者の自我と、同様に自我である」ということにおいて、「誰にでも形成しうる、一般的な自我である」と言えるが、しかし「私自身が形成した自我として、その自我を、私自身が持つ」ことにおいて、その「私自身が所有する自我が、すなわち私自身の自我である」ということになる。
 

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