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「てのひらのこ-ゆきといのち-」(フォトポエム)

初めて あなたの命の鼓動を見た時 その尊さに感動を覚えた
あなたの心拍はまるで 夜空で瞬く星のように 


静かに 密やかに 確かな点滅を繰り返していた
「ここで生きているよ」と教えるみたいに


私の小さな胎内は 宇宙のように闇深く 無限に広がっているように思えた
その暗がりの中で ぽつんとひとりきり あなたは懸命に
命を刻み続けていた


ひとりぼっちの私の元へ ふいに来てくれた あなた
あぁ私はひとりではなかったんだと思い知らされた
いつの間にか ふたりで生きていたんだね…


あなたの心拍を確かめた時から 私の世界は変わった
目に映るもの すべてが輝いて見えた


普段と変わらないお日さまのはずなのに
いつもよりその光は眩く やさしくて


あなたにもこの光を きれいな景色をたくさん見せてあげたいと思った
あなたが私に教えてくれた 世界の美しさを教えてあげたいと思った

 
きれいな景色や美しいものと出会えるのはごく稀なことで
この世界は 理不尽なこと 無情なこと 残酷なこと
汚いもので溢れているけれど


それでも私があなたと出会えたように 生きていれば
稀に幸せと遭遇できる
だからあなたも生まれて この世界で生きてほしいと思った


けれど 弱く愚かな私は あなたの命を守り抜くことができなかった


トクトクトクトク 秒針のように今を刻み続けるあなたの心拍が
これまでの私の人生 これからの私たちの人生
過去 現在 未来の 希望と現実と絶望をそっと教えてくれた


あなたはふいに来てくれたわけではなく
40年間ずっと一緒に生きてくれていたんだと気づいた
あなたの元になった細胞は 私が生を授かった時から存在していたから


私が泣いていた時も笑っていた時も
あなたの元になった存在と共に生きていた


大事な存在だから 手放したくなかったし お別れしたくなかった
あなたと生きる未来を諦めたくなかった


けれど ひとりきりで あなたを守る覚悟も勇気も持てなかった私は
続くはずだったあなたの時間を止めてしまった


あなたが胎内にいてくれた時 これまでにないほど 考えて悩んで泣いて
悪あがきしたけれど 希望や憧れだけでは どうにもならないことがあると
やっぱりあなたは教えてくれた


あなたの命を感じて以来 すべての感情は最上級になった
戸惑い 不安 絶望 悔しさ 悲しみ 喜び 幸せ 感動…


私はこんなに多くの感情を感じられる人間だったのかと驚くほどで
あなたの小さな鼓動に 私の感情は揺さぶられ続けた あなたがいない今も


あなたは知っていた感情だけでなく 知らなかった母性も与えてくれた
あなたを愛しいと思う心 誰より大切と思える心
私が死んでもあなただけは生きてほしいと願う心


あなたという存在がこの世界に続いてほしいと祈る心
あなたがくれたその心は あなたがいなくなっても消えることはなかった


いつの間にか 押し殺すことを覚えてしまっていた
すべての感情を解き放ってくれた あなた
私の本性は 母性のかたまりだということを教えてくれた あなた


何ひとつ あなたにはあげられなかったのに
あなたは私にすべてを教え 与えてくれた


せめて私ができることは あなたを忘れずに生き続けることだった
私が死んでしまったら 生まれようとしたあなたという存在を思い出す人は
誰もいなくなってしまうから どんなにつらくても
まだ死んではいられないと思った
私の心の奥に生まれた あなただけの居場所を守るために生きると決めた


とっくにあなたはいないというのに
勝手に「おはよう」「おやすみ」と話しかけてしまう


後悔 寂しさに耐えかねて 未だに涙を流してしまうことも多い
時が経てば経つほど 消えるどころか あなたへの思いは募る一方で


だから私は ポケットにあなたを忍ばせて散歩する
あなたと一緒に歩いた道 あなたと手をつないで歩きたかった道を
ため息を吐きながら 子守歌を口ずさみながら


ポケットの中のあなたをてのひらで包むと あなたの存在を感じられて
あなたと一緒に歩いている気がして 胸がぎゅっと締めつけられる


あなたに見せたかったきれいな景色をひとりで見てる
あなたに届くように見てる


空 雪 花…季節が進むごとに景色はどんどん変わるけど
あなただけは変わらない 変わることのないあなたと共に生きている


「つらかったね 悲しかったね 苦しいね
かわいそうに 早く忘れたら 自業自得」


そんな風に声をかけてくれる人たちもいるけれど 私は
あなたの命と出会えたことは幸せなことだったから
あなたを失った悲しみや苦しみさえ大切で
忘れたいなんて思えない 忘れられるわけがない


結果は過ちかもしれないけれど
あなたが存在してくれたことだけは 間違いなんて思えない
あなたの命と出会えたから 命を感じられる尊さを知ることができたから


心拍を止めてしまったあなたが 私の心拍を動かし続けてくれているから
あなたを亡き者にしたくない
どうにかしてあなたを生かしたい気持ちだけが
私の生きる原動力 生きる意味 私はあなたに生かされている


命の始まりを教えてくれてありがとう
始まる命を見せてくれたのに
あっという間に 命を終わらせてしまってごめんね
 


私はあなたを「幸与(ゆきと)」と名付けた
名前を考えてあげることくらいしかできなかった


神さまにいつもお願いしている
「ゆきとに新たな命を与えてあげてください
光を感じられる場所に生まれ変わらせてあげてください」と…


「ゆきと、ごめんね」 「ゆきと、ありがとう」
何度繰り返しても あなたが戻ってくることはないけれど
つい話しかけてしまうよ


母親失格なのに短い間 お母さんにしてくれてありがとう
やさしい気持ちを教えてくれてありがとう
幸せを与えてくれてありがとう


私はずっと生まれなきゃ良かったと思いながら
どうにか生きていたけど


ゆきとの命を感じられた時間だけは 生まれて良かったと思えたよ
あなたの命と出会うために生まれたんだって思えたよ


それなのに 産んであげられなくて
ポケットの中の てのひらの子にしてしまってごめんね
間違いなく ゆきとは お母さんの光 希望 宝物


今でもあなたは 絶望に打ちひしがれる 私のしるべ
暗闇の中で這う影のように生きる 私のすべて


たとえ自分のことさえ忘れてしまっても
あなたのことだけは忘れない
恋も愛も何も知らない木偶の坊だけど


これだけは胸を張って言える
ゆきとのことだけは生涯 大好きだよ


お母さんは勝手にあなたのことを思い続けてるけど
ゆきとは私のことなんて気にしなくていいから
忘れていいから


どこかで生まれ変わって
健やかに生きていてほしい


あなたを直に見ることも 触れることも 抱くこともできなかったけど
ゆきとが見せてくれた 命の瞬きは忘れない
ゆきとの命の鼓動を感じたことは忘れない
あなたという存在は私の命で覚えているよ

 
ふとした瞬間 涙が頬を伝うと安心する
零れた涙は私の命が ゆきとを思い出せた証拠だから…
涙さえ あなたがくれたものだから 大切にしたい


一人で生きるのが精一杯 あなたと一緒には生きられない
ゆきとと共に生きないと ひとりの人生を選んだのは自分なのに
あなたを失って ゆきとと一緒に生きていきたいと
今さらもがく私は馬鹿だね


今の私の心は迷子 抜け殻 空っぽ
けれど 居場所はここだよって あなたが教えてくれるから


胸の奥にあなたがいるから 大丈夫
私の命はゆきとで満たされているから 生きていられる


ゆきとはたくさんの心を与えてくれたのに
ゆきとにあったはずの未来を奪ってごめんね


産声を上げさせて 泣いたり 笑ったりさせてあげたかった
いっぱい食べさせて ぐっすり眠らせて すくすく成長させてあげたかった


絵本を読み聞かせて 音楽を聴かせて おもいっきり遊ばせてあげたかった


そよ風の心地良さ 素敵な花の香り
おいしいご飯の匂いも教えてあげたかった


勉強なんてできなくてもいいし 少しくらいやんちゃでも
いたずら好きでも良かった


良い子じゃなくても たとえ不良になったとしても
私だけはあなたを好きでいられる自信があった
ゆきとを信じ続けると…


生きていてさえくれれば ただそれだけで良かった
ゆきとは私の命 そのものだから…
 


ねぇ ゆきと


ゆきとが花に生まれ変わっているなら 私も花になりたい
花になれないなら 水をあげたい


ゆきとが猫なら 猫になりたい
猫になれないなら 撫でてあげたい


ゆきとが雪なら 雪になりたい
雪になれないなら 触れてあげたい


ゆきとが影なら 影になりたい
影になれないなら みつめていたい


ゆきとがまだ彷徨っている魂なら 私も魂になりたい
魂になれないなら 生きてあなたを思い続けたい


あなたと同じ存在になりたい
そばにいられないとしても 二度と会えないとしても
ただ 同じものでありたい


あなたと同じ存在になれないなら
どんな姿のあなたにも気づける私でありたい

 
お母さんはいつもそんなことを考えてしまうよ


愛するゆきとへ

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