見出し画像

『瞬く命たちへ』<第5話>それぞれの12月24日 芽久実先生の過去

 「光くん、あのね、24日、うちでクリスマスパーティーするから、良かったら来てね。鈴音ちゃんも来るから。」
昼休み、ナオリンは小守光、つまり俺の父親になるはずの人にそう声をかけた。
「クリスマスパーティーか…でもいいの?ほんとは、ナオリンちゃんは瞬音と二人きりで過ごしたいんじゃないの?」
「瞬音とはほとんどいつも二人きりだし、イブはみんなで楽しく過ごせたらいいなって。ねっ、瞬音。」
「え?あ…うん。そうだね。光、うちに遊びに来てよ。」
ナオリンに目配せされた俺は彼女に合わせるように、彼を誘った。
「そっか…それなら行こうかな。」
俺たちが話をしていると、すかさずあいつが話に交じってきた。
「クリスマスパーティーなんて、楽しそうだな。隣に住んでる俺たちも、もちろん参加していいよね?そうだ、幸人くんと香ちゃんも呼ぼう。」
命汰朗の勝手な企てを阻止するようにナオリンが言った。
「ちょっと待ってよ。うちは狭いし、そんなに大勢は無理だから。」
「そうか?八人くらい平気だと思うけど…何なら魔法で少し部屋を広くすれば、快適に過ごせるじゃん。」
「命汰朗、光くんの前で魔法とか気安く言わないで。そもそもその日は、私たちの家に芽久実先生が家庭訪問に来る日だったでしょ?」
結椛ちゃんが命汰朗を止めてくれた。
「あーそうだったね。でも先生が帰った後に、瞬音たちと仲良くパーティーしたいじゃん?いいでしょ?参加させてよ、ナオリン。」
「まったく…仕方ないわね。あなたはともかく、瞬音のためには結椛ちゃんもいてくれた方がいいから、家庭訪問が終わり次第、うちに来ていいわよ。」
イブに結椛ちゃんと過ごせることになったのはうれしいものの、命汰朗もいるし、悪い予感がして仕方なかった。
 
 うちの学校は高校だというのに、三者面談の代わりに家庭訪問する風習が昔からあった。家庭を訪問した方が生徒や家族のことを把握しやすく、家庭の問題も見つけやすいということで、教師からすればそこそこ負担になるものの、学校の方針には従うしかなかった。生徒の方からしても、高校生にもなってまで家庭訪問なんてうんざりと思っている子たちも少なくなかった。
「通常は夏休みの間に訪問してるんだけど、命汰朗くんと結椛さんは転校生だから、冬休みに入ってすぐにおうちに伺ってもいいかしら?24日あたり、どうかなと…もちろん二人の都合が悪ければ、別の日でも構わないのよ。」
「私たちは24日で構いません。親たちがいるわけでもありませんし…。」
「そうそう、結椛と二人きりの暮らしだから、芽久実先生の都合に合わせますよ。それに24日に先生に会えるなんて運命みたいで、うれしいな。」
命汰朗くんはその日が誕生日ということもあってか、以前からイブにこだわっている様子だった。
「ありがとう、それじゃあ二人の家には24日に伺うわね。」
「でも、先生の方こそイブに仕事なんかしてていいんですか?彼氏さん…大丈夫ですか?」
「彼氏なんてずっといないわよ。私の生きがいは仕事だから…。」
「芽久実先生は恋愛を封印して仕事一筋ですか。教師の鏡みたいで立派ですね。」
そんなことを言いながら微笑を浮かべる命汰朗くんの瞳の奥になぜか冷たいものも感じた。たぶんそれは私に後ろめたいことがあるせいで、そう思えるだけかもしれないけれど…。
 
 あれからもう十八年が経とうとしていた。まだ十八年の気もした。直後の頃と比べたら、落ち着いて生活できるようになったけれど、何年経っても忘れることはできない。特に、この季節になると思い出してしまう。手放してしまった我が子のことを…。
 
 私の母は二度も流産を経験していて、両親からすればやっと生まれた待望の子が私だった。親が二人とも教師という家庭で育った一人娘の私は、教育大学付属幼稚園に入り、そのままエスカレートでその教育大学に入学した。そこで出会った羽咲太朗(はさきたろう)くんとお付き合いしていた。それは当然、両親には内緒の交際だった。大切な一人娘として両親から溺愛されていた私は、親の愛に逆らえず、親が娘に思い描く通りの人生を従順に受け入れて、親にあてがわれた道を素直に歩んでいた。学生時代には恋愛なんて必要なく、学業に専念し、自分たちと同じように教師になることを両親は私に期待していた。それが分かっていたから、自立するまでは恋愛なんてできないと思っていたし、それほど恋したいとも思わなかった。ある意味、寂しい青春時代を過ごしてしまったかもしれない。でも、大学に入学して、太朗くんに声を掛けられて、うちの両親が厳しいということも理解してくれた上で、こっそり交際を始めた。彼氏ができてうれしいというより、初めて両親に反抗できた気がしてうれしかった。反抗期なんてなかったし、ずっと優等生を演じていて疲れてしまったのかもしれない。
 
 太朗くんは私と違って、親に歯向かって生きているような人で、その自由な生き方に惹かれたし、人懐っこい彼をすぐに好きになった。太朗くんの家は医師の家系で、彼も医師になることを望まれていたらしい。でも医師ではなく、教師になりたかった彼は、親や親族の反対を押し切って、医学部ではなく、教育学部のある大学を受験したのだという。だから学費や生活費は親に頼れず、家庭教師などのアルバイトをしながら大学に通っていた。大学生ながら、すでに自立しているように見えた彼の生き方がかっこいいと思えたし、自分と全然違う性格の彼を愛しているというよりも、ただ憧れた。
 
 教育実習が終わり、教員採用試験も終わり、残すは試験の発表を待つだけになっていた四年生の秋、二人とも無事に合格できたら、お祝いに旅行しようと彼から誘われていた。私は実家から大学に通っていたし、太朗くんは学業の傍ら、バイトが忙しくて、二人きりで旅行なんてしたことがなかった。だから旅行に誘われたことが本当にうれしかった。無事、二人とも教員採用試験に合格し、私は女友だちと卒業旅行すると親に嘘をついて、彼と二人きりの二泊三日の旅行に出かけた。
 
 その旅行が間違っていたとは思えないし、過ちだったとも考えたくない。大好きな人と二人きりで過ごせて、楽しかったし、幸せだった。何より、教員採用試験に合格しなければならないという長年のプレッシャーから解放された気分で、珍しく浮かれてしまっていた気はする。おそらくそのハッピーな気持ちもそのことに拍車をかけたのかもしれない。
 
 元々、生理不順でまともに排卵してるかどうかさえ怪しかった私は、旅行している間、彼に避妊を求めなかった。それまでも時々、避妊しなかったことはあったし、それでも一度も妊娠することはなかった。だから今さら妊娠することはないだろうと油断していた。彼もまた、中にさえ出さなければ大丈夫だろうと高をくくっていたと思う。出かける十日ほど前に、生理らしき出血があったことなんてその時の私はすっかり忘れていた。何も考えていなかった。若かった私たちはただ、お互いの身体を求め合い、快楽に溺れていた。
 
 旅行から帰って一ヶ月過ぎた十一月下旬、風邪のような体調不良に陥った。だるさと三十七度程度の微熱、それからひどい眠気が続いていた。生理前に時々起きる胸の張りがいつもよりひどい気がした。そのうち無性にグレープフルーツを食べたくなった。まさかと思いつつも、妊娠検査薬を試してみたら、陽性反応が出てしまった。この時はうれしいなんて思えず、どうしようと戸惑い、ただ途方に暮れた。そして両親に知られないうちに一刻も早くおなかの子をどうにかしなければと焦った。
 
 すぐにおなかの子の父親である太朗くんに相談した。すると彼は一切迷うことなく、「その子は諦めよう。もちろん堕ろしてくれるよね?こんなことになってごめんね。」と顔色ひとつ変えずに即答した。私も早く中絶しなきゃと頭の中では考えていたけれど、いざ彼からそう言われると少しショックだった。もしかしたらどこかで「一緒に育てよう」と言われることを期待していたのかもしれない。
 
 しかし現実的に考えて、産めるわけがなかった。間もなく大学を卒業し、教師として働き始める、人生の中でも特に大切な時期に、妊娠し、出産、育児している場合ではないと理性が冷静に私をなだめようとした。そもそも教師になることを諦めて、産みたいなんて言ったら、両親が許してはくれないだろう。これまでもこれからも大事な娘に正しい道を歩ませようとする親たちは、出産するとしても、教師としてある程度働き、結婚してから妊娠するという正しい行程しか認めないはずで、正しい道から逸れる生き方は許すわけがなかった。両親の考えがどうにもならないとしても、せめて彼が「産んでほしい」と言ってくれたら、もう少しがんばれたかもしれない。たとえ親に勘当されても、彼さえ側にいてくれたら、子どもの命を守れたかもしれない。でも、その彼もおなかの子の味方にはなってくれなかった。彼は、おなかの子や私の人生より、彼自身の人生、つまり家の反対を押し切ってまで叶えようとした教師になるという自分の夢を優先した。それは当然のことなんだろうけど、私はそれが悲しかった。少しでもいいから、子どもと共に生きるという違う人生も彼に考えてほしかった。正しい答えを即答せずに、迷ってほしかった。戸惑ってほしかった…。
 
 子宮外妊娠という場合もあり得るし、とにかく一度、受診しなければと思った私は、一人で産婦人科へ向かった。妊娠は病気ではないため、保険証が使えない分、親にはバレる心配がなく、そこはほっとしたものの、保険がきかない分、そこそこ受診料はかかった。
「おめでとうございます。六週三日目ですね。胎のうの中に赤ちゃんの心拍も確認できますよ。ほら、お母さんの心拍よりずいぶん速いでしょ?」
まだそれほど大きくはない薄暗い子宮の中で「ここにいるよ」と示すように一生懸命点滅を繰り返す小さな心拍、命の瞬きを見せられて、エコー写真まで手渡されてしまったら、妙に感動してしまって、このまま中絶していいものか迷い始めてしまった。それから決まり文句の「おめでとう」という言葉を聞いたら、こんなに困っているけど、「おめでた」という言葉もあるように、妊娠はおめでたいことなんだと改めて実感した。しかも「お母さん」なんて言われて、自分は知らないうちに母親になってしまっていたのかと思うと、母性のようなものも芽生えて、おなかの子の命を守りたいと思い始めた。それまで優勢だった理性が本能に負け始めた瞬間だった。私は一度だって赤ちゃんがほしいなんて考えたことはなく、母性の欠片もない冷めた人間だったから、おなかの子が自分の命を守り、生き続けるために、母親失格の理性的な私に本能を呼び起こさせ、母性を与えてくれたのだろうとおなかの子の力に圧倒された。そして私のことを寵愛する両親の親心が気持ち悪いとさえ思っていたのに、身ごもったおかげで、無条件で子どもを愛してしまう親心が少し理解できるようになってしまった。こんな気持ちになるなんて想定外だった。
 
 病院から帰った後、産みたい気持ちが強くなったと彼に相談した。すると、「何、そんなこと考えてるの?そもそも芽久実の両親が認めてくれるわけないじゃん。俺も申し訳ないけど、今はまだ自分の人生の方が大事だから。子どもなんて考えられない、ごめん。」と考えは変わらなかった。むしろ妙な母性を覚醒させた私に呆れている様子だった。
「中絶費用…全額負担するべきなんだろうけど、自分の生活で精一杯で、蓄えなんてないから、せめてさ、うちの親の病院、紹介するから…。」
彼はそう言って、実家の羽咲産婦人科医院を私に紹介した。実家とは縁を切っているはずなのに、こういう時は親を頼るなんて虫がいいなと少し腹立たしくなった。でも実家暮らしで学費も生活費もすべて親任せの経済的に親に頼りきっている私は、もしも本当に中絶するなら彼の家の病院に頼るしかなかった。
 
 彼の実家の病院に行くということはつまり堕胎するということだから、なかなか足を運ぶことはできなかった。代わりに最初に行った病院で診てもらっていた。七週、八週、九週と週を重ねるごとにおなかの子は順調にすくすく成長してくれた。まるで母の葛藤なんて分からないみたいに、最初は小さな点にしか見えなかった我が子は二頭身になり、手足のようなものまで見え始めるほど大きくなっていた。いずれ殺してしまうことになるかもしれないのに、成長に喜んでしまう私は愚か者だと思った。
 
 「産むならそろそろ母子手帳発行してもらって、妊婦健診受けないとね。健診の券がないと、毎回の受診料もたいへんでしょ。もしも…諦めるなら、一刻も早い方がいいわよ。何しろ十二週過ぎると、火葬も必要になるからね。」
通っていた病院の助産師から説明を受けた私は、本能任せで子どもの成長を喜んでいる場合ではないと、理性で現実を考え始めた。
 火葬なんて必要な状態になったら、両親に黙ってはいられない。何しろ先祖が眠るお墓に入れてもらわないといけないのだから。もしも本気で産むとしても、いつまでも黙ってはいられるわけがない。産む気なら、親に正直に言うか、何も言わずに家から飛び出して母子二人で自立して生きなければならない。どちらにしても親とこれまでのような穏やかな関係でいられなくなるのは必至だった。もしも波風立てずに、これまで通り穏便な親子関係を続けるなら、十一週のうちに中絶しなければならない。それができれば、少なくとも両親とは何も変わらず今まで通り暮らせる…。つまり私は、親をとるか子をとるかという状況に立たされ、自立していなかった私は、結局子どもではなく、親を選んでしまった。私の理性は子より、彼より、親を優先した。もしも本能が決めてくれたら、きっと誰より子の命を選べたはずなのに…。
 
 クリスマスシーズンで煌びやかなイルミネーションが灯る街中にある、羽咲産婦人科医院を初めて訪れたのは、十週一日目の日だった。
「息吹さんですね、お待ちしていました。こちらへどうぞ。」
受付で名前を名乗るとすぐに診察室に通された。
「息子から…話は伺っています。息吹さん、この度は太朗が申し訳ないことをしたね。」
太朗くんのお父さんらしき院長先生が私に頭を下げた。妊娠はおめでたいことのはずなのに、頭を下げられると、とんでもなく悪いことをしているようで、心苦しくなった。
「いえ…私もその…合意の上でのことで、彼の子を身ごもったことは後悔していません。悩んでつらいけれど、同時に幸せなことだとも思えます。おなかに命が宿っているというだけで、子どもから勇気をもらってます。」
「息吹さん…まさかあなたは産もうなんて考えていないだろうね?私はたくさんの新たな命をとり上げ、時には中絶手術を執刀することもある産婦人科医としてなら、もちろん妊婦さん自身の意向を最優先するけど、今回に限っては違うよ。医師としてではなく、息子の父として、太朗の父として、申し訳ないが、おなかの子は諦めてもらいたい。」
彼のお父さんはさらに深々と私に頭を下げた。そしていつの間に書いたのか、太朗くんが署名した中絶同意書を私に手渡した。
「母性本能だけで考えたら、堕胎なんて考えられないし、産みたい気持ちはあります。でも…理性で考えると、今の私は育てられる状況ではありませんし、産みたくても産めないと理解できます…。」
「そうか…息吹さんが話の分かる人で良かったよ。息子にはまだ話していないことなんだが、医師の道を進まなかった代わりに、せめて結婚は私たちの意向に従ってもらおうと決めているんだ。いずれ然るべき女性…医師免許のある女性と結婚させるつもりだよ。だから申し訳ないが、太朗の未来のためにも、その子は諦めてほしい…。慰謝料というわけではないが、手術にかかる費用はもちろん請求しない。安全に、責任を持って、すべて私が行う。母体に最小限の負担で済ませると約束するよ。」
自由に見える彼もまた、私と同じように結局は親の呪縛から逃れられない悲しい人なんだとこの時、分かった。曲りなりにも孫だというのに、何が何でもこの世に存在させたくないという彼の父親の態度に私は慄いた。そもそもこの病院に足を踏み入れた時点で、おなかの子の命は諦めたも同然だった。
「少しでも早い方が出血は少なくて済む。週数を重ねれば、それだけ赤ちゃんは大きくなるからね。さすがに今日というわけにはいかないだろうから…息吹さんはいつがいい?何なら当日まで今日から入院してもらっても構わないよ。」
院長は私が逃げるとでも思ったのか、入院という言葉まで口にした。
「いえ、一度家に帰ります。じゃあ…十一週になる前、十週六日目の24日にお願いします。」
「クリスマスイブか…分かった。その日は予約が入っている患者以外は受け付けないようにするよ。私だって、心苦しいからね…。ちゃんと供養はしたいと思ってる。」
心苦しいと言いつつも、ほっとしたような表情を見せた院長にも彼に抱いた気持ちと同じような腹立たしさを覚えた。この子はまだ生きているというのに、まるですでに亡き者のように扱わないでほしいと心の中で思った。この子の命は私の中じゃなくて、この目の前にいる冷酷な人の手中にあって、その人次第で決まってしまうのかと思うと悔しくて、虚しくもなった。
 
 23日の夜は眠れなかった。本当は手術に備えて前夜はよく眠るようにと言われていたけれど、眠れるわけがなかった。もうすぐこの子とお別れしなきゃいけないのかと思うと、涙が溢れて止まらなかった。このまま、時が止まって、明日という日が来なければいいのにと思った。
 
あなたの命と人生と未来を守れなくてごめんね…。親に逆らえなくて、自立していない不甲斐ないお母さんだから、あなたのことを守ることができなかったよ…。本当は誰もいない世界で、二人きりで生きれたら良かったのにね。産んであげられないのに、名前を考えたよ。芽生太(めいた)という名前を。男の子の気がするから、そう決めたけど、女の子なら芽生(めい)かな。今となればどうしようもないお父さんだけど、彼はあなたの父親だから、お父さんの名前からも一文字もらったよ。芽生太、お母さんは最後までずっと一緒にいるからね。だから怖くないよ。本当は自分の心臓を止められるより、芽生太の心臓が止まってしまうことの方がつらいよ…。こんな愚かなお母さんに、命がけで命の尊さを教えてくれてありがとうね。来てくれてありがとう。すぐに旅立たせることになってごめんね…。
 
 芽生太と名付けた子に話しかけているうちに、夜が明けた。重い足取りでとぼとぼ病院へ向かった。同意書を渡すと、間もなく麻酔をかけられ、手術が始まった。そして目覚めた時には芽生太がいた場所はもう空っぽになっていた。芽生太は四センチ以上に成長していたらしい。たしか最初に教えられた時はまだたったの二ミリだったのに…。院長はうちでちゃんと供養するから任せなさいと言って、芽生太を私に見せてはくれなかった。数時間、病室で休んだ後、術後の異常は見られないということで、頼んでもいないのに院長はタクシーを手配し、運転手に十分すぎるほどの料金を渡した。そして院長は私に向かって、「経過を診るから、一週間後にまた来てね。きみはまだ若いんだ。このことは早く忘れなさい。いずれ…結婚すれば、その時はきっとまた授かれるよ。」と厄介な孫という邪魔者がいなくなって安堵した様子でやさしく言った。私は何も言わずに軽く頭だけ下げると、要らなくなった荷物のようにタクシーに無造作に乗り込んだ。今朝まで張っていたおなかは力が入らなくて、妙に心許なくなっていた。クリスマスイブで賑わう街並みを横目に、空っぽになった私はタクシーに揺られて、ただ息を吐いていた。
 
 翌日、太朗くんから電話が入った。「ごめんね、ありがとう。」と感謝されてしまった。何も感謝されるようなことはしていないのに。芽生太の命が消えたことがそんなにありがたいことなのかと怒りたくなった。けれど私は彼とケンカする気力さえなかった。実家暮らしだから、大声で泣くこともできなかった。布団をかぶって、声を漏らさないように涙を流すことしかできなかった。いくら泣いても涙は止めどなく、溢れた。なぜか分からないけれど、無性に芽生太に会いたくなった。二度と会えない宝物を私は手放してしまったんだ、いや、そんな綺麗な言葉で表現してはいけない、端的に言えば、殺してしまったんだ…なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだろうと恐ろしくなった。芽生太がいるかもしれないあの世に私も行ってしまおうかと絶望するようになった。でも今、私がそっちの世界に行ってしまったら、きっと誰も芽生太のことを思い出してくれる人はいない。誰からも認知されない子だったから…。私が心の中で生かし続けなければ、あの子がわずかな期間でもこの世に存在したことを残せないと思い、どんなにつらくても芽生太を生かすために自分は生きなきゃと考えるようになった。
 
 それに早々あの世に行ってしまったら、何のために芽生太の命を無駄にしたのだろうということにもなる。たぶん私は親が望む通りの自分の未来を生きるために、自分の人生を守るために、芽生太を手放した。芽生太の人生ではなく、親と私の人生を守ったのだ。だからこそ、自分は芽生太のいない人生を全うしなければならないと思った。芽生太がいないから不幸な人生になったなんて言ったら、じゃあ産めば良かったじゃないかということになる。芽生太がいなくても、ちゃんと幸せな人生を歩めたよと言えるような生き方をしなければ、命を犠牲にした芽生太に悪いと思った。私の勝手な考えだけど、今は悲しみのどん底にいても、いつかは幸せだったと思える人生を過ごさなきゃいけない気がした。つまり私は芽生太と引き換えに守り通した、教師の道を極めようと虫の良い話かもしれないけれど、そう思った。どんなにつらくても生きてやろうと思った。
 
 太朗くんとはそれきり自然と別れた。卒業して、お互い違う学校に赴任が決まり、顔を合わせることもなくなった。院長の腕が良かったのか、身体のダメージはほとんどなく、それどころか不順だった生理も順調に来るようになっていた。子宮がリセットされたせいかもしれない。しかしメンタルは特に最初の一年はつらかった。職場が高校だったからまだ良かったものの、小さな子と触れ合う小学校あたりだったら、泣けて仕事にならなかったと思う。しばらくは赤ちゃんを見かける度に、その場に足が張りついて動けなくなった。あのキラキラした無垢な瞳と目が合うと、勝手に涙が零れた。公園で赤ちゃんを見かけたり、泣き声が聞こえる度に芽生太のことがどうしても恋しくなった。夢の中にも頻繁に赤ちゃんが現れた。それは見ず知らずの人の赤ちゃんだったけれど…。毎年発表される保険会社がリサーチしている最新の赤ちゃんの名前ランキングを見るだけでも涙が溢れた。もしかしたら芽生太と同級生になったかもしれない子たちの名前かと思うと、涙が止まらなかった。そのランキングの中には芽生太なんて名前はもちろんなかったけれど…。ドラッグストアでベビー用品を目にするだけで、足がすくんだ。社会人になって、一人暮らしを始めたマンションのゴミ収集場に捨てられていた大きな粉ミルクの空き缶を見つけただけでも、一瞬、時が止まって、自分はこの世界にひとりぼっちの気がした。このマンションで赤ちゃんの泣き声なんて聞いたことはないのに、ここには私のできなかった尊い育児をがんばっている母親が住んでいるのかと思うと、それができなかった自分は惨めになった。
 
 初めのうちは、神さまにこんなことをお願いしていた。「二度と会えなくてもいいので、どうか芽生太の命を光のある場所に生まれ変わらせてあげてください。」と…。物分かりの良い親のつもりでそんなことを祈っていたけれど、ちょうど一年が過ぎたクリスマスの時期になると、「もしもまだどこでも生まれ変われていなかったら、いつかまた私の元に、芽生太の命を授けてください。もう一度だけ芽生太と生きるチャンスをください。」と自分勝手な思いを神さまにお願いするようになっていた。出産予定日だった初夏もつらかったものの、無事に生まれていれば五ヶ月という手術から一年過ぎたクリスマスの時期がもっとも精神的に過酷だった。
 
 それはちょうど冬休みに入り、仕事も一段落する時期だった。忙しい方がまだ良かった。暇になるとどうしても芽生太のことを考えて、ため息ばかり吐いてしまうから。クリスマスのイルミネーションを見せてあげることもできなかったし、ケーキもプレゼントも何もあげられなかった。一度も泣かせてあげることも、笑わせてあげることもできなかった。生まれてくれてありがとうって抱きしめてあげることも、母親として何ひとつとして芽生太にしてあげられなかった…。クリスマスイブはいつも以上に芽生太のことだけ考えて、一人で泣いていた。実家から離れたおかげで、誰にも気兼ねせず、思い切り泣けるようになったことで救われた面はあったと思う。
 
 ふと、一度でいいから心音を聞かせてもらえば良かったと後悔した。八週過ぎていれば、聞ける可能性が高いと後から知った。あの時、一目、芽生太の姿を見せてもらうべきだったとも思った。私は我が子を抱くどころか、まだ泣き声を発することもできなかった子が唯一聞かせてくれる音、心音を聞き逃してしまったし、吸引されて醜い姿になってしまっていたとしても、どんな姿でもあの子の生きた姿を目に焼き付けるべきだったと悔やんだ。芽生太をじかに見ることも触れることもできなかった私は、芽生太という命がいた子宮が張る感覚を忘れないようにすることしかできなかった。それだけは何が何でも覚えておきたいと思った。だから生理が来て、子宮が疼く度にその感覚が蘇った気がして、涙もろくなった。
 
そんな調子であまりにも芽生太が恋しくて孤独な私は、特定のキャラクターのぬいぐるみを集めるようになっていた。寂しさをなだめるように、一人暮らしの部屋は学校で使う教材よりもそのぬいぐるみで埋め尽くされた。そんなことをしても心が晴れることはなかったけれど、傷心の私はわずかでもそれに癒された。ぬいぐるみに亡き子の面影を重ね合わせては、話しかけるようになった。
 
 それほど子どもに会いたいなら、いつかちゃんと結婚して、出産すればいいのかもしれないとも思った。でもまた授かれたとしても、その子は芽生太ではない。私は誰でもいいから子どもに会いたいのではなく、芽生太という、二十二歳の時に妊娠し、中絶してしまったその子に会いたいのだ。それはおとぎ話でもない限り、あり得ない夢物語で、一度手放してしまった命とは二度と会えないと頭の中では理解しているつもりだった。けれど、どうしても芽生太に会いたくなった。芽生太と生きる人生を考えてしまう自分がいた。
 
 何年か過ぎて、あの時、勝ち誇ったように院長が宣言していた通り、太朗くんが女医と結婚したと風の噂で知った。けれど私は彼が誰と結婚しようと、自分は結婚したいとは思えなかった。結婚してはいけないとも思った。結婚できたとして芽生太という子に会えないなら、結婚する意味もないし、芽生太以外の子を妊娠して出産して、人並みの幸せを手に入れてはいけないと思ったから。芽生太のためにも幸せだったと思える人生は歩みたかったけれど、その幸せは結婚や出産以外で手に入れなければいけないと考えていた。芽生太を殺しておきながら、他の子を産んで育てて幸せに暮らすなんて芽生太が与えてくれた母性が許してはくれなかった。どんなに赤ちゃんや子どもがかわいくて仕方ない、産んで育てたいと思っても、芽生太を殺してしまったという罪悪感がつきまとい、私は一生、独身でいるべきだと心に決めた。だから、教師生活に馴染んだ頃に、親や同僚からお見合いを勧められたり、紹介されても、すべてお断りしていた。今まで一度だって親に抗うことはなかったのに、結婚したくないという意志だけは譲らなかったから、きっと両親は戸惑ったと思う。子の命を手放してしまった愚かな自分が唯一できることは、私を束縛し続けている親に結婚しないというスタンスを見せつける程度の子ども染みた反抗だった。
 
 最初のうちは赤ちゃんや小さな子どもに目が留まっていたけれど、年を重ねるごとに、亡き芽生太の成長に合わせるように、相応の年齢の子に目が行くようになっていた。七年過ぎれば、小学生が気になるようになり、十三年経った頃には中学生が気になり出した。そして、十六年経過すると、自分が働いている学校の高校生が気になり出し、心穏やかに過ごせる日は少なくなっていた。それでも、芽生太に会いたい、高校生になった芽生太を見たいという母性をひた隠ししつつ、表面上は理性的な教師生活を送っていた。そんな中、私が受け持つクラスに芽生太の名前によく似た、命汰朗くんという転校生がやって来て、ますます私の心は乱れた。気のせいかもしれないけれど、どことなく、彼は太朗くんにも似ている気がして、忘れたはずなのに、太朗くんのことまで思い出すようになった。私があまりにも高校生になった芽生太に会いたいなんて考えているから、彼のことをそんな風に見てしまうのかもしれないと冷静になろうと努力した。けれど命汰朗くんは、誕生日がクリスマスイブだと私に教えた。よりによって、芽生太の命日と同じ日なんて…と彼のことがますます気になるようになった。でも生徒に私情を挟んではいけない。私は教師なのだから、他の大事な生徒たちと同じように、命汰朗くんのことを特別扱いしないように気をつけなきゃと身を引き締めながら、彼とそれから同じく転校生で彼と同居している結椛さんが住むアパートに向かった。
 
 二人が住むアパートの部屋に着くと、チャイムを鳴らした。
「ようこそ。待ってましたよ、芽久実先生。イブに会えるなんてうれしいなぁ。家庭訪問が終わったら、このまま一緒にクリスマスパーティーしませんか?」
制服ではない私服姿の命汰朗くんが出迎えてくれて、うかつにも私はいつもと違う彼に少しドキっとしてしまった。
「こんにちは。お邪魔するわね。遊びに来たわけじゃないんだから、家庭訪問が終わり次第、先生は帰ります。」
「芽久実先生、どうぞこちらへ。」
しっかりしている結椛さんが私を部屋の中に招き入れ、紅茶もいれてくれた。
「二人は…元々隣同士に住む幼馴染で、今はそれぞれご両親が海外出張中だから、二人だけで住んでいるのよね?」
「えぇ、その通りですよ。俺たちは両親公認の恋人同士なので、先生は何も心配しないでください。こんな風に仲良く、毎日、新婚ごっこしてますから。」
命汰朗くんは私の目の前で結椛さんを後ろからハグしながら微笑んだ。
「ちょ、ちょっと、命汰朗、芽久実先生の前でこんなことしないでよ。そもそも私は新婚ごっこなんてしてないんだから。」
「そうなの?俺は新婚のつもりだったんだけどな…。だって毎日、手料理作ってくれるじゃん。お弁当も作ってくれるし、愛を感じちゃうよ。」
結椛さんが嫌がっている様子でも、命汰朗くんはお構いなしという感じに愛おしそうに彼女にくっついたまま離れようとしなかった。
「あのね、命汰朗くん。いくらご両親の公認とは言え、高校生なんだから、節度ある交際をするようにね。結椛さんだって嫌がってるようだし…女の子が嫌がることはしちゃダメよ?」
「結椛は先生がいるから、照れてるだけですよ。二人きりの時はもっとちゃんと愛し合ってますから…。」
命汰朗くんはどこかで見たことのある勝ち誇った表情を浮かべた。
「だから、その愛し合うっていうのも、高校生なんだからわきまえてちょうだい。いくらお婿さんになりたいからって、焦って結椛さんの未来を奪うようなことはしてはダメよ。」
「それくらいちゃんとわきまえてますよ、先生。何しろ俺たちはどんなに愛し合えたとしても、子どもは作れない運命なので、心配無用です。」
「子どもは作れないって…まさかそんなことまでしてるわけじゃないわよね?」
恋人同士と堂々と宣言してしまう命汰朗くんのことだから、結椛さんに何をしていても不思議ではなかった。私は大人として、教師として指導しなければならなかった。
「あんなことはしているかもしれないけれど、そんなことまではしてませんから、安心してください。学生のうちに子どもができちゃって困ったみたいなカップルには絶対になりませんから。」
命汰朗くんはまるで私の過去を見透かすようなことを言いながらも、相変わらず結椛さんにべたべたくっついていた。
「それならいいけど…命汰朗くんはともかく、結椛さんはしっかりしているようだから、きっと大丈夫よね。でも女の子は力で男の子に負けちゃうから、もしも嫌なことされたら、いつでも先生に相談してね。ご両親もいない状態で、二人きりじゃ心細いでしょ?」
「ありがとうございます。命汰朗はこの通り、べたべたしてきますけど…彼の言う通り、私たちは本当に過ちを犯すようなことは一切していません。だから芽久実先生、安心してください。」
結椛さんの真っ直ぐな瞳に本当は偉そうにお説教できる立場ではない私は少し恥ずかしくなった。
「そう…結椛さんがそう言うならきっと大丈夫ね。この話はこれくらいにして、この前はぐらかされた進路の話も聞きたいんだけれど…。」
二人の進路を聞こうとした瞬間、隣の部屋から妙な声が聞こえてきた。
「あん、そこ…いいの。もっと激しくして。」
「瞬音、気持ちいいよ。もっと強くして。」
二人の女の子の喘ぎ声のような声が聞こえた気がした。
「隣の部屋って…瞬音くんと七緒鈴さんが住んでる部屋よね。夏に家庭訪問で来たことがあるし…。」
「えぇ、そうですよ。瞬音と七緒鈴の部屋です。今日はクリスマスパーティーをしてるから、たぶん幸人くんと香ちゃんや光くんと鈴音ちゃんも来ているから賑やかですよね。俺たちも家庭訪問が終わり次第、参加するんです。先生も一緒に楽しみませんか?」
そんなにたくさん生徒たちが集まっているなんて…まさか不純異性交遊…?
命汰朗くんや七緒鈴さんはちょっとませている分、心配になった私は、
「担任として、ちょっと隣の部屋の様子を見てくるわ。」
と言って、瞬音くんと七緒鈴さんが住む部屋に向かった。
 
 慌ててチャイムを鳴らすと住人の二人ではなく、顔を赤らめた鈴音さんが出迎えてくれた。
「えっ?芽久実先生…どうしてここに?」
「隣に住む命汰朗くんと結椛さんの家庭訪問に来ていたの。クリスマスパーティーをしているらしいわね。妙な声が聞こえたから、伺ってみたのよ。七緒鈴さんたちは?」
部屋を覗くと、瞬音くんは七緒鈴さんの胸を、幸人くんは香さんの胸を揉んでいた。
「ちょ、ちょっと、あなたたち、何てことしてるの?こんな密室で…。」
「あれ?芽久実先生?こんにちは。」
恥じらう様子もない七緒鈴さんはけろっとした表情で私に挨拶した。
「そう言えば、結椛ちゃんたち今日家庭訪問でしたよね…。」
瞬音くんは慌てて七緒鈴さんから離れると恥ずかしそうにうつむいた。
人目をはばからず、幸人くんは香さんの胸を揉み続けていた。
「あん、幸人、もっとよく揉んで…乳首もきゅっとして…。」
「香のおっぱい、またおっきくなったよな。ほんと感度いいんだから。」
「おっぱいの成長が止まらないのは…幸人のせいだよ…。」
服の上から慣れた手つきで香さんの胸を揉む幸人くんを私は慌てて制止した。
「いい加減、やめなさい。一体何なの?クリスマスパーティーしてるんじゃないの?」
「えぇ、クリスマスパーティーしてるんですよ、先生。私たち、ゲームで負けたからバツゲームしてただけです。ねっ、ナオリンちゃん。」
乱れたブラジャーを直しながら、香さんが言った。
「うん、そうなんです、先生。私たち、ペアでゲームしてて、負けちゃったから、ゲームに勝った光くんと鈴音ちゃんに、おっぱいを揉まれるのを見せていただけです。」
よく見ると床にはバツゲームで使ったカードらしきものが散らばっていて、「ハグをする」、「キスをする」、「胸を揉みながらキスをする」なんて刺激的なことばかり書いてあった。
「いくらバツゲームとはいえ、高校生でこんな刺激的な内容はいけません。このカードは先生が没収します。」
「えーせっかく楽しんでいたのに。別に先生が考えるようなやましいことにはならないですよ。俺たちは大切な彼女を傷つけるようなことはしませんから。」
幸人くんが瞬音くんに同意を求めるように言った。
「俺は…ナオリンにしてと言われてやっていただけで、女の子が嫌がることはしてません…。むしろやりたくないのに、やってたようなもので…。」
恥ずかしがっている様子の瞬音くんは小声でぼそっとつぶやいた。
「あの…私たちはもう帰ります。ナオリンちゃん、瞬音くん、またね。芽久実先生、さようなら。」
「幸人と香ちゃんもバイバイ。」
誰よりも赤面していた光くんと鈴音さんがそそくさと部屋から出て行った。
「あーぁ、帰っちゃった。パーティーはまだまだこれからなのに…。」
「二人を帰しちゃっていいの?二人の仲を取り持つためのパーティーなのに…。」
七緒鈴さんと瞬音くんは二人で何やらぼそぼそ話をしていた。
「でもまぁ、想定内よ。二人で帰ったってことは二人きりの帰り道よね。私たちが少し刺激を与えておいたから、二人が進展してくれることを願うばかり…。」
光くんと鈴音さんが帰ると入れ替わるように、命汰朗くんと結椛さんが現れた。
「芽久実先生、そろそろ俺らもパーティーに参加してもいいですよね?家庭訪問はおしまいってことで。」
「ちょっと、まだ大事な進路の話が終わってないじゃない…。」
言い掛けると、没収したカードを命汰朗くんに見つけられた。
「あれ?先生、何、持ってるんですか?なになに、ハグをする…キスをする…?」
「これは、七緒鈴さんたちが遊んでいたカードを没収したのよ。」
と言い終える前に、命汰朗くんは私の唇を奪って口づけすると、私の身体を強く抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、何するの?やめなさい、命汰朗くん。」
「だって、先生がそんなカード持ってるから、してもいいのかと思って…。」
「ダメに決まってるでしょ。そもそもあなた、結椛さんのことが好きなんでしょ?他の人にこんなことしちゃダメじゃない。彼女の目の前でこんなことするなんて…。」
私の動揺をよそに、結椛さんはそれほどショックを受けている様子はなかった。それどころか命汰朗くんは
「俺さぁ…結椛のことはもちろん大好きだけど、芽久実先生のこと、いいなって思うし、それから、香ちゃんのことも気になるんだよね…。」
そんなことを言いながら、今度は香さんに抱きつくと彼女の胸を揉み始めた。
「えっ?命汰朗くん、何するの?私には幸人って彼氏がいるのに…あっ…でもなんかすごく上手…。」
香さんはまんざらでもない様子で命汰朗くんに身を委ねていた。結椛さんは怒るどころか呆れている様子だった。
「命汰朗くん、何するんだよ。俺の彼女に手を出すなよ。きみには結椛ちゃんがいるだろ。」
誰より怒っていたのは目の前で香さんを奪われた幸人くんだった。
「さっきも言ったけど、結椛はもちろん好きだけど、香ちゃんのことも気になるんだよね。おっぱい大きいしさ。」
香さんは抵抗する様子もなく、喘ぎ声を漏らしながら命汰朗くんに胸を揉まれ続けていた。
「命汰朗くん、いい加減にしなさい。幸人くんがかわいそうでしょ。それに先生の目の前で次から次へと女の子に手を出して…。」
命汰朗くんは香さんからぱっと離れると今度はまた私に近づいて
「でも一番気になるのはやっぱり芽久実先生かなぁ…。彼氏もいないみたいだし、俺、本気で先生のこと、好きになってもいいですか?」
なんてふざけるように微笑んだ。
「大人をからかうのはやめなさい。クリスマスパーティーをやるなとは言わないけれど、もう少し高校生らしいパーティーをしなさい。これじゃあまるで…」
「不純異性交遊みたいですか?俺たちは真面目に愛し合ってるから問題ないですよ。」
命汰朗くんは打って変わって真剣な表情でつぶやいた。
「とにかく、あなたたちはまだ高校生なの。そのことを忘れないで。たった一度の過ちが人生を狂わすことにもなり兼ねないんだからね。」
「それは心配ないですよ。過ちを犯すようなことは一切していませんから。みんなで楽しく遊んでいただけです。」
七緒鈴さんは無邪気に微笑みながら言った。
「命汰朗くんも七緒鈴さんも性に奔放すぎるし、ご両親が不在の状況でこんなことばかりして、カップル同士で暮らしているなんて心配だから、これからは担任として抜き打ちで定期的に家庭訪問します。」
瞬音くんや結椛さんは困った顔をしていたけれど、一人だけ喜んでくれる子がいた。
「これからはちょくちょく先生が訪問してくれるなんて、うれしいなぁ。俺は毎日でも芽久実先生に会いたいって思ってたんですよ。いつでもウェルカムです。結椛とは何もやましいことはしていませんし、いつ、何を見られても構いませんよ。」
妙に女たらしでいつでも余裕綽綽の命汰朗くんには何を言っても敵わない気がした。私は大人として担任として、彼の暴走を止めることができるだろうか。ふざけているようでどこか真面目にも見える彼の生き方を正すことはできるだろうか。先行き思いやられるなと不安になったものの、命汰朗くんのおかげで、12月24日なのに、芽生太の余韻に浸る余裕もなくて、珍しくあまり涙を流さずに済んだと気づいた。雪がちらつき始め、手袋を忘れて冷える手をコートのポケットに入れると、芽生太のエコー写真で作ったキーホルダーと、さっき没収したバツゲームのカードとそれから、命汰朗くんに渡しそびれた誕生日プレゼントが狭い空間の中でひしめき合っていた。

#マンガ向け #ラブコメ #へその緒 #命 #高校生 #ファンタジー #シナリオ #脚本 #物語 #小説 #変身 #魔法 #恋 #命の使い #化身 #タイムスリップ #母と子 #親子 #カップル
#大学生 #妊娠 #中絶 #葛藤 #教師 #過去 #母性 #本能 #理性 #命の選択 #赤ちゃん #クリスマス

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?