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続かないお話

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続かないお話 キムチ16

薄ピンク色のコスモス畑の背景が、青から茜色、そして濃紺に変わっていく様子をうつろに眺めながら、久林は自分の行動を振り返っていた。

何か気に触ることをした訳じゃないと思う。あるとしたら手を握ったことくらいだが、もしさくらちゃんが手を握られるのが嫌だったなら、ちゃんとやめてくださいと言ってくれるはずだ。
さくらちゃんの方を伺うと、まだ少し遠くの空を見ている。

夕日が沈み切って、ひとつふたつ

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続かないお話 キムチ15

あー。カフェめっちゃよかったー。あー。

ほんまに気持ちよかったな。

うん、絶対またいきたい!

やってるの夏と秋だけやからまた来年こよ。

うん。

先ほど来た道を10分くらい引き返して、そこから山道に入り、みかん畑の中を15分ほど登ると、目的地の駐車場に到着した。
時計はまだ15時過ぎ。夕陽にはだいぶ早い。
さくらちゃんがシートベルトを外しながら、こちらの思惑通り、少しい

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続かないお話 キムチ14

2015.10.30

久林は朝11時過ぎに実家のある阿倍野を出発した。
赤信号で停車した際に車内ミラーで自分の顔を確認する。髭の剃り具合や肌艶は悪くなかったが、眼元を見れば寝不足なのが丸わかりだ。

顔のコンディションとは逆に、心配だった森田さんの雨予報はハズれ、前方上空にはドライブ日和の青空が広がっていた。母親から借りた海のyeahが流すサザンオールスターズに背中を押してもらいながら、

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続かないお話 キムチ13

いや、ん?

え?笑

いや、んご、

久林がもごもごしたところでさくらちゃんの後ろに店員さんが現れ、チャンジャを4つ運んできた。今かよ、と久林は胸の中で舌打ちした。そもそもスピードが売りだと言っておきながら、1200mのデムーロ騎手くらい来るのが遅いし、一瞬流れたロマンスの空気をかき払うようなタイミングもよろしくない。

大変おまたせしました。すみませんチャンジャになります。

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続かないお話 キムチ12

とりあえず一杯目はビールで乾杯した。

落ち着いて話すならビールなどいかずにノンアルコールを注文するべきなのだが、完全にかっこをつけてしまった。
久林はビールは苦手だが、仕事終わりとかだと一口目は美味しく飲むことができる。
その美味しいと思える気持ちを上手く利用して一口目で半分くらい一気に飲むという作戦をとった。
これだと早めに酔いが回って後々になってキツくなるのだが、こうでもしないといつまで

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続かないお話 キムチ11

少しして赤黒いおじさんたちがそれぞれの我が家へ、さくらちゃんと学友たちが高井家に引き揚げてからは、久林は尚子さんと一緒にこれ以上お酒はいらない者同士、テントの下に避難してしゃべっていた。

最初は安保さんが教えてくれなかった尚子さんへのプロポーズの言葉などを久林がニヤニヤしながら聞いていたが、いつの間にか聞き手と語り手が逆転していき、久林の過去の駄恋をいろいろとうまく聞き出されてしまった。しか

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続かないお話 キムチ⑩

久林は腹の底から上がってきた違和感のある感情の意味がいまいちわからず、フィルターをかけずにそのまま口から声に出した。

さくらちゃんと結婚したい、、、
んやけど、来年いつ空いてる?

、、なにが 笑
ご飯みたいに誘わないでよ 笑

音で聞いてからその言葉を認識して、慌ててボケにした。ボケとしてとても弱かったが、さくらちゃんはつっこみが上手いのでなんとか間が持った。

さくらちゃんと結婚した

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続かないお話 キムチ⑨

おはよう。ごめんね、急にこんなところに呼び出して。

呼び出されて無いです 笑

さくらちゃん元気そやね。

めっちゃ元気です。
久林さんは今は元気じゃなさそうですね。

いやもう復活したよ。
ほら見てこの腕

ちからこぶ関係ないでしょ 笑
ガリガリだし

おい。

久しぶりですね?

一年ぶりやね。学校は順調?

はい。単位とかはまあ、なんとかはなりそう 笑

なんとかかよ

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続かないお話 キムチ⑧

大阪に帰ってから、久林は思っていた以上の喪失感を感じていた。
さくらちゃんを忘れようとしてサラリーマン時代以来の合コンに参加したり、そこで仲良くなった女性とテキトーに付き合って、テキトーに別れたりもした。そのおかげでネタ合わせやバイト中など集中しないといけない場面で浮かんでくるさくらちゃんの影は消えたが、どこか違う大切な部分が磨り減っていくのを感じたりもした。
虚しくなる恋愛とは裏腹に、お笑いの方

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続かないお話 キムチ⑦

新会長の号令とともにやっさが動き出し、気持ちと顔のまとまらない久林を無視して今年の祭りが始まった。

久しぶりですね。

久しぶりやね。
話しかけられたのに緊張で横を向けず進行方向だけを向いて答える。なんて感じの悪い奴だ。

久林さんもう出来上がってるじゃないですか 笑

え、いやちゃうねん、弱いからちょっと飲んだだけですぐ赤なんねん。

赤面を指摘されてしまった久林は、会長やおっさんたち

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続かないお話 キムチ⑥

翌年3月、久林は貯金の半分をニュースタークリエーション大阪校という老舗のお笑い養成所の口座に振り込んだ。
久林なりにお笑いという仕事や養成所を出たその後の活動を考え、本当は東京にある人力舎という事務所の養成所に入りたかったのだが、入学金と引越し費用を考えると、先立つものがかなり心細かったこともあり、あまり良いイメージは無いが結局は自分次第だろうという事で割り切った。

お笑いは、まだ養成所でのネ

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続かないお話 キムチ⑤

2011.10.10 月曜

愛知へ帰る車内で久林はハンドルを握りながら、ずっとため息をついていた。

高校生かよ。来年また祭りに参加して、誰からも白い目で見られないような連絡先の交換をするとして、それまでに周りの同級生や、半年後に新たに出会う大学生があの子をほっておくはずがない。よく考えれば、別に高校生とはいえ連絡を取り合うだけなら何も問題は無かったはずだと、昨日のうちに連絡先を聞いておかなか

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続かないお話 キムチ④

翌朝、かちこちの身体を引きずってリビングへ行くと、既にやる気に満ちた安保さんと弟さんがご飯をかきこんでいた。ほとんどさっきまで飲んでいて2人とも1時間くらいしか寝てないという。祭りで育った人たちはこういうものなのよ、と安保さんのお母さんが教えてくれた。

久世田のやっさは平和だったが、昨晩も例年通り別の地域のやっさでは何人かが喧嘩して逮捕されたらしいという話を、兄弟はなぜか笑って話していた。メジャ

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続かないお話 キムチ③

久世田と書かれた紫の法被、下は白いパンツと黒い地下足袋を履いて集会所へ向かった。揉めていた法被たちは水色や黒色や黄色で、紫はその中には無かったなと思って久林は少し安心した。

西を向くとすぐそこに今では日本のマチュピチュと呼ばれる天空の城こと竹田城跡がある小さい山が綺麗に見える。雲海も見れるし明日の朝散歩がてらに行ってきたら良いと安保さんにすすめられた。この頃はまだ雑誌やテレビで取り上げられる前

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