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誰もが救世主として生まれてきている

誰もが救世主として、この時代、この世に生まれてきている。なぜならば、それが役目だからだ。自分が出来ることで救世主となる。何もスーパーマンのようなヒーローだけが救世主ではない。人間というもの、現世(今)だけでは分からないことがある。前世、前々世からの業や役目、約束を背負って、今を生きている。従って、この時代に生きているということは、その役目があるということだ。即ち、自分自身が救世主として役目を果たし終えた時、自分自身の救いが成就する。だが、人を嫌悪したり、避けたり、暗くしたままでいると、いざという時、運は味方をしてくれない。日々、明るく素直に、礼儀正しく努力をし、生活を営みながら、事を待つ。人を嫌悪せず、陰ながら見守り、気に掛け、愛すること。限られた人しか愛せない、好きになれない、接することが出来ないようでは、救世主として失格だ。「別に自分は、救世主などではないし、なりたくもないし、そんなのどうでも良い。自分のことで精一杯なのだから…」という声が聞こえてくるが、それは残念なことだ。なぜならば、自分で志願をしてこの時代に生まれてきているという約束を放棄していることになるのだから。いざという時に備えよ。粛々と日々の日常を前向きに営むこと。やがて、その機会は訪れる。


そのことを肝に銘じ、今日一日を粛々と生きます。


有難う御座います。

幸せを呼ぶそよ風チャリダー/サステナビリティイノベーティブコンサルタント。「感謝感動を世界に地球に」のカングロ代表、ザッポス研究会、イノベーションサロンZ、システムD研究会、サステナ塾、セブメディ創設者