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短編集

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掌編というには少し長めの作品集。
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【短編】何も起こらない退屈極まりない田舎の話

【短編】何も起こらない退屈極まりない田舎の話

 山小屋で一泊して下山し、麓の登山口まで戻るともう昼過ぎで、次のバスまで1時間以上あった。

 さて、どうするか。このままここでのんびり待つか、それとも歩くか。1時間あれば駅に着く。しかし、それは疲労困憊した自分には、ウンザリするような選択肢だった。かと言って、バスを待ちながらベンチでスマホをいじっているのも面白くない。腹が減ってきた。ザックの底には半ば潰れかけた非常用のチョコとカロリーメイトが残

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【短編】虚言について

【短編】虚言について

 ウソにまつわるエッセイとも小説ともつかない文章を書いていると、人生で出会ったさまざま虚言たちが蘇ってきた。

 たしかに虚言癖のある人たちは存在する。それは病気なのか、だとしたら遺伝なのか、自分では制御できないのか、そして自分のつくウソを自分でも信じているのかどうか、などの疑問が次々浮かんでくるが、考えてみても答えは出ない。

 まあ結局は、人それぞれと言ったところだろうか。

 たとえば、暴力

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【短編】ウソをつく人、信じる人

【短編】ウソをつく人、信じる人

 息をするようにすらすらとウソをつく、病的なホラ吹きというのがいるものだ。対をなすように、どういうわけかそれをまた素直に信じる人もいる。

 一口にウソと言っても、目的別に色々な種類があるだろう。整理してみよう。

①人を貶めるウソ。単なる悪口ではない、悪意のあるウソ。

②自分をより良く、より大きく見せるウソ。

③悪事や失敗が露見しないようにつくウソ。「記憶にございません」とか「やってないです

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【短編】母なる海へ

【短編】母なる海へ

 およそ十年ばかり昔のことである。私は房総半島の片田舎で鉄道のトンネル改修工事に携わって、会社の契約したマンスリーマンションで暮らしていた。畑の中にぽつんと建つ、壁が薄いことで有名なブランドのマンションだったけれど、入居者が少なかったから騒音トラブルなどはなかった。それどころか、人の気配がほとんどしなかったほどである。

 車から降りると先ず肥の臭いが鼻をつくような田舎だから、あまりにも静かで、夜

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【短編】憂鬱な家庭訪問

【短編】憂鬱な家庭訪問

 子どもの頃、家庭訪問というものが
それはそれは憂鬱だったことを秋子はよく覚えている。彼女の家庭は貧しかったから、それを担任に見られるのが、子ども心にも嫌で仕方なかったのである。

 長屋タイプの木造集合住宅、玄関の下駄箱の上の水槽のガラスには藻がこびりついて、中で泳ぐメダカの姿がほとんど見えなかった。ポコポコとポンプの立てる音や、壁の薄い隣からもれ聞こえてくるテレビの音が、今でも何かの拍子に耳に

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【短編】ある面接の思い出

【短編】ある面接の思い出

 ハローワークに通って仕事を探しながら、失業給付金を受けてとっていたときの話である。

 履歴書を何十社と送り続けても、決まって不採用通知「一層のご活躍をお祈り申し上げます」と共に送り返されてくる。悲観的になって、正社員はもう諦めようか、そもそも自分は社会に必要とされていないのではないか、などと考えて落ち込んでいると、そのうちの一社から、とにかく面接に来いと直接電話があった。

 久しぶりにスーツ

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【短篇】深夜のタクシー

【短篇】深夜のタクシー

 都心の繁華なところで会社の飲み会があり、二次会、三次会とあっという間に時は流れて、その帰り。近場の者は終電に間に合うが、他は方向別にタクシーに分乗する。

 高層ビル群を抜けて、街道を郊外へと向かうタクシーから客が一人減り、二人減り、ようやく一人切りになった二宮は、大きくため息をついた。前を走るタクシーのテールランプが、酔眼にぼんやり滲んでいる。心底疲れていた。仕事に脳が疲れ、人付き合いに心が疲

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【短編】アルコール&シガレッツ

【短編】アルコール&シガレッツ

 震災後のいわゆる復興バブルが落ち着いた頃になって、ユージは誘われて東北へと出稼ぎに出た。あちこち転々としながら、日雇い用の宿舎や団地、一軒家などでむさい男たちと集団生活を送ったのである。道路や橋梁など土木工事の手元作業が主な仕事だった。

 平日は仕事の後に呑みに出る元気は残されていないけれど、その分土日になると痛飲したものである。思えば、まだまだ若かった。日曜日は、決まって昼過ぎにのそのそ起き

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【短編】ガード下の女

【短編】ガード下の女

 飲食店のひしめくガード下に、早朝にオープンする呑み屋が一軒あった。午前四時から正午ぐらいまでの営業で、こちらが前を通る(というのは呑み歩く)時間帯にはいつもシャッターを降ろしているから、人から教えられるまで気がつかなかった。飲食業など夜勤明けに足を運んでくる客で賑わうという。一度くらいは行ってみたいと思いつつ、長い間縁のない店であったけれど、転職して夜勤になってみると、仕事帰りの早朝にふらっと立

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【短編】待合室の男

【短編】待合室の男

 駅の待合室で暮らしている男がいる。いや、正確には暮らしているとは言えないかもしれないけれど、滞在していることは確かである。

 家具(椅子)付き冷暖房完備で家賃0円、自販機まで三歩だから、悪くはないかもしれない。入場の度にお金はかかるし、終電と始発の間には駅のシャッターが閉まるから、外に出なければならないけれど。

 平凡なサラリーマンの片桐は、通勤の行き帰りに、いつしか待合室の男を外側から観察

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【短編】トリオ ある供述

【短編】トリオ ある供述

 さてと、どこから話しましょうか。最初から? 最初ってどこでしょうか。最初の記憶からということ? それとも、ぼくが生まれてから? ひょとすると生まれるずっと以前から? 一体どこまで遡れば、この事件の背景と原因を説明することができるのでしょうか。

 そうですね、ぼくたちは幼馴染みでした。家が近所だったんです。幼稚園から小学校、中学校までずっと一緒です。端からは、仲良し三人組に見えたかもしれないです

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【短編】Misfit13

【短編】Misfit13

 今では考えられないことであるけれど、その昔、二十五年程前、私は上場会社の正社員であった。そして、適応できなくて数年で辞めてしまった。学校に適応できず、会社に適応できず、そもそも社会に適応できず……。

 しかし小さくない会社だから、適応、不適応ということではなく、奇妙な個性の持ち主なら少なからずいた。私はどうもそういうエキセントリックな人に惹かれるし、そういう人を引き寄せる質であったらしい。格好

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