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短編小説

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小説:親友への手紙

小説:親友への手紙

拝啓 三瓶陸人様

 お久しぶりです。渡辺優成です。近頃はいかがお過ごしでしょうか。というのはいささか意地悪が過ぎましたね。ですが手紙というのは出したことがなかったもので、どのように文章を始めていいのやら、少しわからなくなってしまいました。だからこのような形で始めさせていただきます。

 あだ名も忘れたわけではないのですよ。ただ、やはりあだ名で宛先を書くというのは違うんじゃないかなと思ってしまうも

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小説 出張先の街角にて

小説 出張先の街角にて

コンビニで弁当を買おうと買おうと外に出た。

駅前はどの地域もあまり変わらないものではある。やはりそれでもその土地独特の空気というのだろうか。そこに行くとなにかふわふわしたものを感じる。

いや、駅前だけではない。知らない土地に行くとどこでもふわふわを感じる。他に言い換えるとしたら縛られなさだろうか。自分はこの街にはただ訪れただけだという疎外感から来るものなのだと思う。でもそれはどこか蜃気楼めいて

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小説: イバラの道をゆけ

小説: イバラの道をゆけ

男は天才故に変態であったがそれ以上に繊細であった。しかし、彼の創造物はどれもこれも何やらよく分からぬ臭い汁にまみれている。それゆえ飴細工のような美しい心を理解出来る伴侶となり得る女性はこの世から絶滅したと思われていた。我々どころか男もそう思っていたし、男はそんな境遇に酔いしれニヤニヤと笑っていた。したがってその一報を聞いた時、それは冗談であると我々は一蹴した。しかし、彼の態度を見るとどうもそ

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小説:休日の可動域

小説:休日の可動域

片手に収まる大きさの液晶を眺めていたらもう朝の11時をまわっていた。おかしい、先程女児アニメが終わったばかりではないか。エンディングが流れたのもつい数秒前の出来事に感じられる。したがってまだ9時程のはずである。しかし、六畳の部屋にある時計を全て見渡しても、短針は真上に到達しようかという具合である。

終わってしまう。このままでは一日が。

先週もその前の週も、であれば先月、更に

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小説:突撃夫婦の晩御飯

「みんなで食べたほうが楽しいのに」

 集団による規律統制のためのまやかしの呪文を私に浴びせるのはやめていただきたい。断固拒否する。

 そもそも、一人でご飯を食べる時間ほど豊かな時間はほかにない。それを知らぬとははなはだ失礼な奴だ。相手が同じく大学生の純粋無垢なおとこであるのなら女子大生でごった返した新大久保に一人放り投げて韓国料理でも食って来いと言うところであるがそうはいかない。

 私と彼女

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小説:花火展望石階段の乱

小説:花火展望石階段の乱

 階段を登ってくる風に揺られ、木々はさわやかに揺れる。日陰から見上げる真っ青な空と入道雲は実にまぶしかった。ここで純粋無垢な乙女とともに空を見上げ共有したイヤホンで恋の歌でも聞けたら何と素敵なことであろう。

 しかし現実は甘くないのである。青い空の下で麦わら帽子をかぶり白いワンピースを着た無垢な乙女との出会いなどまるでない。それどころか、ここにいるのは汗で石畳を濡らすさえない男どもである。このう

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小説:留年生の華麗な部屋

 諸君、クオリティオブライフを高めるうえで最も大切なものはなんだかわかるだろうか。それは住居である。古来より衣食足りて礼節を知るということわざがあるがなかなかどうしてここに住が入らないのかもっぱら謎である。故人よりも私のほうが優れているということか。

 優れた私が設計した部屋なのだ。端的に言うと、イヤ、もはやこの部屋はこの言葉でしか表現できない部屋なのである。そう、完璧だ。まさに魔法界である。

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小説:ぬいぐるみ同好会

小説:ぬいぐるみ同好会

 私はこの東大ではあるが東京大学ではなく神奈川にどっしりと構える三流大学の、無駄に膨張した敷地の端にこじんまりと構える竹林の中で体を折りたたみ息をひそめていた。

 人の心を持たぬ畜生どもに追われて奴らが私の近くを通過し、安どのため息をついてしまうたびふと思ってしまうのだ。幸せとは何か。この生活を始めてから一日たりとも欠かさず考えてきた問いである。

 この答えはいまだ導き出されていないしこれから

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小説:不謹慎な霊媒師

小説:不謹慎な霊媒師

「ああ、行かないでもうちょっとだけ、もうちょっとだけここにいて」

「だめなんだ。順子。俺はもう死んだ身。浮世に長くいられない」

「だったら最後に抱きしめて」

「わかったよ」

 二人は互いに抱擁し、まだ男に質量が残っていることを確かめ合う。

「どうしていけばいいの? あなたなしで」

「君なら大丈夫だよ」

 男の足が消えてゆく。

「大丈夫なんかじゃない! だからこうしてここに来たのに!

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小説:イノセントボーイズ

小説:イノセントボーイズ

 その柔らかく純粋な心を他人はおろか外気にも触れさせなかった我々の心はすでに発酵して独特の汁を垂れ流すまでになってしまった。

 この布団のないこたつを中央に構えた私の牙城はその汁が垂れては蒸発し、垂れては蒸発しを繰り返し、濃密で空気すらも屈折させる熱気を私の部屋に充満させていた。妖怪どもが発するその蒸気の前にはエアコンなどは歯が立たない。

 未知の菌すらも培養されているであろうこの空間であろう

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小説:神社で願い事

 神様は乗り越えられる人にしか試練を与えない。試練を与えられたものはそれを乗り切る力がある。両親から常に言われてきたこの言葉が僕の座右の銘だ。実際にこの言葉のおかげで何度ももう一歩踏み出すことができた。

 だから今回も神様は僕に壁を与えてくれているのだろう。僕が投稿している動画の再生数の平均はたったの25回。チャンネル登録者数は43人しかいない。自分の生き方にあっていると始めたユーチューブだった

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小説:妖怪の改心

小説:妖怪の改心

「皆さん、今まで迷惑をおかけしてごめんなさい。これからは皆さんの研究の邪魔は致しません。なので最後にもう一度仲間に入れてください」

 反省でもしたかのような態度と声に俺は耳を疑った。正気だろうか?

「そうか。ついに尾瀬君も大人の階段を登ったというわけだ。学生のうちに改心して本当によかった」

 この教授も正気じゃないのか? この妖怪が発した言葉をどうしてこうも簡単に受け入れることができるのだろ

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小説:メダリストの同級生

小説:メダリストの同級生

 俺は好きでこの仕事をやっているわけではない。それに給料も安い。それなのに仕事量は多い。別にこの仕事をやったからと言って誰かの人生を変えるわけではないし、誰かが感動するわけではない。だからほどほどにやればいいじゃないか。なのにどうして上司は毎日残業をするのか。なぜ有休をとらないのか。なぜ文句を言わないのか。なぜ会社の経費を少しでも減らそうと努力するのだろうか。

 どうしてもわからなくて、それでと

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小説:サークルの姫

 世の中には多くのサークルが存在する。

 定番なのは運動系のサークルだろう。高校の部活とは違い、勝ち負けよりも仲間とともに汗を流すことを楽しみとし、その友情を深める。まさに薔薇色だ。

 高校の部活とは違うと言えば、文科系のサークルもまた、魅力的だ。文科系と言えば競技性が低いことから高校の時はあまり日の目を浴びないが、自由度や楽しみが優先されるサークルでは、天体観測やよさこいなどの文科系のサーク

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