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【地元日記】世去れ節

長部日出雄の小説『津軽世去れ節』を読んだ。世去れ、とは、憂鬱な世よ去れ、という意味と面倒なことは一旦止めて楽しもうということから、止され、止され、という意味があるらしい。

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舞踏の講義を終えて、土手町で昼御飯を食べようと校門を出ると桜がもう七分咲きになっていた。これから喫茶ひまわりで少々奮発してピザを食べながら『現代アフリカ文学短編集第3巻』を一冊読み切ろうと考えていたが、予定を変えて、弘前公園で屋台の唐揚げを食べながら蓮池濠の畔の東屋で読書をしよう、と弘前公園に歩いて行った。

だが、歩いて行くにしたがって気分が鬱々としてきた。朝は震えるくらい寒かったのに、次第に汗ばむほどの気温に上がっていた。ベタつく額を拭うのが不快だったのと、頭が少しくらくらするのとで、桜も祭りもだんだん魅力的ではなくなった。毎年これ見よがしに現れる仲睦まじい友達グループや恋人同士や家族連れ、サークルの花見客がいるのだと思うと、今すぐひまわりに戻ってしまおうかと迷ったが、あれこれ考えながらも東門から中へ入った。

桜は六分咲きで、講義終わりの達成感に浸りながら見た校門の桜より見劣りしているように思えた。ふと振り向いた西洋雑貨などの骨董品の出店に飾られている不気味な人形と目が合って気分が沈んだ。桜でも屋台の食いもんも、ついに魅力的を失った。

そんな私の顔を上げさせたのは大道芸人である。

コップをベニヤ板の四角に置いて、もう一枚のベニヤ板で挟んだ台をペンキ缶のような筒に重ねて作ったグラグラするものの上に乗りながらけん玉をするという芸である。お客さんにけん玉を預けて、芸人が台に乗ってから渡すというアシストを頼んで巻き込んだ。二人のやり取りが笑えた。「(けん玉渡すの)まだやって!!」

桜と食いもんで拭えない鬱々には芸の力だ。

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簡易水道でアユの塩焼き屋さんがアユを洗っていた。一昨年に初めて見かけてから興味津々で見に行った。アユをいっぱい入れたバッドに水をホースで流し続け、柔らかいたわしでぬめりを取る。洗われたアユはアユの塩焼き屋さんの足元の水を張ったバッドにつるっと放たれる。水がきれい。アユがぴかぴか光って見えるくらい。

アユの塩焼きを買うと、小柄な男性が「すみません。ちょっといいですか」と言った。抑揚が平坦で発音にざらつきがある。酔ってはいなさそう。目が合わない。首がふるふる揺れている。「やっぱりいいです」と男性が去ると、不甲斐なくて俯いた。ぴんとしていて形の美しいアユの塩焼きがあった。

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焼き鳥が欲しくて屋台が並ぶ広場を進んで行くと演芸場に着いた。演目は広島武田節で、勇ましい戦国の世を唄う曲に合わせ、ハチマキに白い着物と黒い袴という、まるで切腹の介錯人のような衣装の女性が扇を持って踊っていた。

縁台にはお客さんがびっしり座っていた。

一人だけ舞台に背を向けて座っているおじいさんがいた。武田節を見ているお客さんの背中がべったりくっつくほどおじいさんが座っているスペースは狭かった。おじいさんは車椅子に座って手拍子を打ちながら武田節を見ているおばあさんを見ていた。おばあさんは丸くてつばの狭い帽子をかぶって、手拍子が子供のようにペタペタと大振りだった。

津軽じょんがら節に演目が変わった。世去れ節は無いのだろうか? と、しばらく待っていたが、辛抱しきれず広場を出た。

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アユの塩焼き屋で声をかけられた小柄な男性をまた見かけた。小柄な男性の横を通りすぎた大柄な男性は連れていた女性に「(小柄な男性を顎で指して)あーいうの見ると魂とらいるよ」と言った。

静かにブチギレた。私は歩きながら唱えた。

止され、止され。止され、止され。されど言わせて。この くされ爺。

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アユの塩焼きはとても美しかった。鰭には塩が結晶になってきらきらして、身は木の皮のようないい色に、お腹は油が滲み出して金色に焼けていた。

背鰭は煎餅みたいに焼けて旨い。ハラワタは身と一緒に食べるとあん肝みたいになる。

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アユを食べ終え、やっぱり焼き鳥が欲しくて、演芸場のある屋台広場に戻った。

すると、さっきのおじいさんとおばあさんが今度は並んで舞台を見ていた。おじいさんはおばあさんの隣でパイプ椅子に座っていた。

舞踊が終わると、おじいさんは舞台に出て躍り手の方に小さな四角い、煙草の箱のようなキャラメルの箱のようなものを渡した。司会者が出てきて「いい男さお花もらっていがっだなぁ」と言った。おじいさんはパイプ椅子を畳んで演芸場の隣にある屋台に返しに行き、おばあさんの車椅子を押して帰って行った。

次に始まった秋田どんぱん節を聞きながら、おじいさんとおばあさんを、見えなくなるまで見ていた。

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演芸場には、車椅子に座ったお年寄りとジャージを来た若い人たちの集団がいた。頭に花柄のスカーフを巻いたおばあさんがソフトクリームを食べていて、「何々さんも食べる? 買っで来るが?」とジャージをはいた女の人が訊ねている声が聞こえた。ジャージをはいた人たちは、祭りの間、何回お花見にくるのだろう? 今で終わり? 次の日また休み取って、もしくは仕事終わりに来られる? 家族や友達や恋人や一人でや。

手を繋いで歩いている男女もよく見かける。普段はあまり見かけないのに。ここしか手ぇ繋いで歩けるとこないんか? ってくらいに見かける。でも女性同士でも男性同士でも手を繋いで歩いていたのを見かけた。

いろんな人がベビーカーを押していた。大学のキャンパスで見かけそうな、かわいい服を着て化粧をし髪を巻いて、桜の写真を取っている女の子達。若い男性。年配の男性。汗だくでビニール袋をたくさん下げた女性。ヒジャブを巻いた女性。大きなお祭りは、魚介類の串焼きの店をよく見かける。いろんな人が食べられるものがたくさんある。

普段、バラバラなところで暮らしている人が、たくさんここに出てくる。春になると生えてくる山菜のように。帰りに八百屋さんの屋台に寄って山菜を見る。目当てのコゴミがない。コゴミの先の、仙人の杖みたいに丸まってその茎の小さな輪の中に小さな柔らかい葉が茂った一番旨いところだけ、胡麻和えで飽きるまで食べてみたい。


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