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鑑賞記録/読書記録

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映画・ドラマ・小説・書籍などの感想。
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大衆の愚かさと醜さを浮彫りにする怪作映画『ザ・ウォーク』

1974年8月。 大道芸人フィリップ・プティはある偉業を成し遂げる。 所はアメリカ・ニューヨーク。 400m超の当時世界一の高さを誇った高層ビル・ワールドトレードセンター。 ツインタワーと呼ばれる二棟からなるこのビルの間を、彼は綱渡りしてのけたのだ。 ―――― 以前から気にはなっていた本作、ようやく鑑賞できました。 興味を持ったきっかけはネットでの高評価と、何より、この内容が実話という事実。 しかし、私はずっと本作を観ることに不安を覚えていたのです。 もし予想通りの映画

古き良きベッタベタのラブロマンスに期待。

録画しておいたドラマ『夕暮れに、手をつなぐ』を観ました。 広瀬姉妹が好きなもので、昨年は姉アリス主演のドラマ『恋なんて、本気でやってどうするの?』を観たから、今年は妹すずのドラマでも観ようかと。 とにかく北川悦吏子脚本が光っています! 全エピソードの中で最も重要と言える第一話の作りの良さは流石としか言いようがありません。 *** 冒頭、シャレオツなカフェで一杯600円くらいしそうなドリンクをテイクアウトする今風のイケメンが主人公。本ドラマのメインターゲットであろう二十

猪木vs.アリみたいな恋愛。

恋なんて、本気でやってどうするの?久々に恋愛ドラマを観ています。逃げ恥以来かな。 恋愛感情に振り回されたり、恋人に割く時間を惜しんだりする主人公のスタンスが自分に似通っていると感じ、これは一見の価値ありかな、と。 来週が最終回だそうで、この辺で雑感を書き散らしておきます。 本作に傑出した面白さはないけれど、逆に言えばそれだけ陳腐な恋愛物語を十ものエピソードに分割して構成できるプロの脚本家はスゴイ。 恋のライバルでかき乱す、仕事のトラブルでかき乱す、友人関係の不和でかき乱す、

抜粋『人生論ノート』~ラスト~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。 これでラストです。ああ長かった。 その1はこちら。 ■個性についてこれが最終章になります。 後記によれば、この章の内容は著者が大学卒業直前に書いた小論をそのまま載せたものだそうです。ということは二十代で? 学生で書いたってこと? ……恐ろしいですね。 我々が普段遣う言葉としての「個性」は「その人らしさ」くらいの意味合いだと思いますが、著者は「個性」という語を「AとB

抜粋『人生論ノート』~その7~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。 その1はこちら。 ■娯楽について生活を楽しむことを知らねばならぬ。「生活術」というのはそれ以外のものでない。それは技術であり、徳である。 娯楽というものは生活を楽しむことを知らなくなった人間がその代わりに考え出したものである。それは幸福に対する近代的な代用品である。 娯楽というものは、簡単に定義すると、他の仕方における生活である。この他とは何であるかが問題である。こ

抜粋『人生論ノート』~その6~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。 その1はこちら。 ■仮説について生活は事実である、どこまでも経験的なものである。それに対して思想はつねに仮説的なところがある。 各人はいわば一つの仮説を証明するために生まれている。 (――中略――) だから人生は実験であると考えられる。仮説なしに実験というものはあり得ない。もとよりそれは、何でも勝手にやってみることではなく、自分がそれを証明するために生まれた固有の仮説

抜粋『人生論ノート』~その5~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。 その1はこちら。 ■健康について自然科学と近代科学との相違は、後者が窮迫感から出発するのに反して、前者は所有感から出立するところにあるということができるであろう。 (――中略――) 近代医学は健康の窮迫感から、その意味での病気感から出てきた。しかるに以前の養生論においては、所有されているものとしての健康から出立して、如何にしてこの自然のものを形成しつつ維持するかというこ

抜粋『人生論ノート』~その4~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。 その1はこちら。 ■成功について古代人や中世的人間のモラルのうちには、我々の意味における成功というものはどこにも在しないように思う。彼等のモラルの中心は幸福であったのに反して、現代人のそれは成功であるといってよいであろう。 これはやや言い過ぎかと思いました。 古代人はどうか知りませんが、中世には中世の成功(立身出世の願望)があったでしょう。 しかし成功を夢見られる人の

抜粋『人生論ノート』~その3~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。 その1はこちら。 ■怒ついて我々の怒の多くは気分的である。気分的なものは生理的なものに結びついている。従って怒を鎮めるには生理的な手段に訴えるのがよい。 ――(中略)―― その生理学は一つの技術として体操でなければならない。体操は身体の運動に対する正しい判断の支配であり、それによって精神の無秩序も整えられる。情念の動くままにまかされようとしている身体に対して適当な体操を

抜粋『人生論ノート』~その2~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。 その1はこちら。 ■虚栄について人間は虚栄によって生きている。虚栄はあらゆる人間的なもののうち最も人間的なものである。 虚栄によって生きる人間の生活は実体のないものである。言い換えると、人間の生活はフィクショナルなものである。 紙幣はフィクショナルなものである。しかしまた金貨もフィクショナルなものである。けれども紙幣と金貨との間には差別が考えられる。世の中には不換紙幣

抜粋『人生論ノート』~その1~

終戦直後のベストセラー、三木清氏の『人生論ノート』を読了したので、私の琴線に触れた部分をただ抜粋します。ああ長かった。 三木清氏は哲学者だそうです。 本の内容はタイトル通り、さまざまな角度から人生観を語っておられます。 哲学者や思想家の本は難解すぎてチンプンカンプンだったり、どこか上から目線で鼻につく文章だったりすることがままありますが、本著はそんなことありません。 大変読みやすく、ほとんどは時代を問わず応用できる内容だったと思います。 では早速まいります。 ■死につい

映画『マーサの幸せレシピ』の感想。肯定する/されるという変化。

主人公の中年らしい落ち着いた恋愛と、亡き姉の娘と信頼関係を築く過程を描く優しいドイツ映画『マーサの幸せレシピ』の感想です。 物語を通して登場人物が精神的に成長したり、考えを変化させたりする作品は多いですが、それらは得てして、欠点を否定し――すなわち過去を否定し、生まれ変わるという描写になりがちです。 しかし、ダメな所はダメなまま受け入れたっていい。短所は見方によっては長所になるし、他人からすれば欠点であっても、本人にとっては譲れないことなのかもしれない。あるいは、本人にと

映画『ルビー・スパークス』の感想。思い通りになるという切なさ。

今回は、2012年のアメリカ映画『ルビー・スパークス』の感想を書きます。 本作、私が観た中でもベスト恋愛映画の一つです。 まず簡単にあらすじを。 若くしてヒットに恵まれた小説家のカルヴィンは、しかし現在スランプに陥っている。 ある日、出会ったこともない女性を夢に見る。精神科医の勧めもあり、彼女を小説に書いてみると、その女性ルビー・スパークスが現実に出現した。 ルビーの人物像は、カルヴィンが書く小説によって自由に設定できる。ゆえに理想の女性でいてくれるルビー。当初は非現実的な

映画【寅次郎わが道をゆく】の感想。夢と未練の一作。

今回はシリーズ第21作『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』です。 ■ あらすじ寅次郎は旅先で無銭宿泊したあげく、さくらを迎えに来させる。 とらやに帰った寅次郎は心を入れ替え真面目に働くが、そこへ幼馴染の紅奈々子が現れ、たちまち恋に落ちた。 奈々子は松竹歌劇団の花形スターになっていた。 無銭宿泊の反省も忘れ、奈々子が出演する浅草でのレビューに通い詰める寅次郎。 ある日、とらやを訪れた奈々子は、 「好きな男がいる。求婚されたが、自分は踊りの仕事をやめたくないから別れた」 と葛藤