MIKI

保育園栄養士をしたあと、 アレルギー児が増えることを不思議に思い、 海外の食に興味を持…

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保育園栄養士をしたあと、 アレルギー児が増えることを不思議に思い、 海外の食に興味を持ち、イタリアに留学🇮🇹 イタリアでマクロビのお店で働きながら食を学ぶ。 現在は2児のママ。 あずきのカイロ🫘屋さん〜nukuku〜をはじめる。 日本の食文化や良さを大切にしていきたい❤️‍🔥

最近の記事

5歳の息子「お誕生日がなかったらいいね」の言葉

5歳の息子と2歳の娘。それから私。 おやつでケーキをたべていると、 突然はじまったお誕生日のうた。 みんなで「ハッピバースデーディアぱーぱー」と不在だったパパのお誕生日の歌をうたって、 ケーキを食べていた。 息子が話し始めた。 「ママ〜、あのしゃ、おたんじょうびってさ、なかったらいいよね。」 ママ「え、なんで?!」 息子「だってしゃ〜、お誕生日なかったら(歳をとらないから)死なないじゃん? だからしゃ、お誕生日なかったらいいよね!」 と。私にはなかった発想で 「

    • バレたくなかった…高校時代秘密にしたかったこと

      高校時代ひみつにしたかったこと、 それは、 テストの成績がクラスで1番最下位だったこと🤣 高2くらいのときかな? 興味のないことは全くできないわたしは 勉強に興味がなくて←身が入らなかった。 やらなきゃなあと思うんだけど、 気づけば授業中、夢の中だし、 「今日放課後友達となにして遊ぼうかな?」 「好きな人と今日すれちがえるかな💓?」 そんなことしか考えてなかった。 今思えば、 「今の日本になったルーツを知りたいな。日本史を学びたいな」 「海外のともだちと、深い会話が

      • 「こんなご飯はバカだ」5歳の息子に言われた言葉

        我が家は基本的には、手作りごはん。 って言っても大したものは作らないけど、 基本的に和食で、野菜とお魚中心かなあ。 幼い頃から、夜外食に行くってあまりしないから この前保育園のあとに回転寿司にいって 帰ってきたら 「ママ今日のよるごはんは?」 って😂 お寿司はおやつだったんかい!と突っ込みたくなった。 私だって疲れてる日だってあって、 この前の夜ご飯は 頂き物の冷凍のお惣菜(お魚と、ひじきと、青菜のおひたしとか入ってたかなあ?)を出した。 「ごめんね〜ママつかれて

        • わたしが目指すところ②

          3ヶ月前、あずきのカイロ屋さんをはじめた。 なんでこんな熱い気持ちで、あずきのカイロ屋さんをやっているのか。 それはやっぱり「日本を元気にしたいから」 そんなおっきい夢を掲げると 「できない…」って自信無くしそうになるんだけどね。 日本が大好きだから 日本人を元気にしたい✨✨ 日本人ってさ、とっても謙虚だから、 自分より他人を想い、 自分を後回しにしちゃってる人多いんじゃないかなって。 みんなみんな、毎日頑張ってるんだよ、、 満員電車で出勤して、夜まで働いてくれ

        5歳の息子「お誕生日がなかったらいいね」の言葉

          私が目指すところ①

          「なんで急にあずきのカイロ屋さん始めたの?」とか 「どうしてそういう考え方になったの?」 と最近よく聞かれるけど、 自分でも明確な答えがなくて、 気持ちの整理のためにnoteをはじめた。 文章にすると、すっごく考えが整理されて、 自分でもわかってきた☺️ 10年前、保育園栄養士をしていて 日本の食事情を知った時に、 「日本を守りたい🔥」と熱い気持ちになった。 けど…具体的になにをしたらいいか 悩みに悩んで、、 私に何ができるんだ、と自信をなくした時期もあった😅 結局

          私が目指すところ①

          地球はだれのもの〜スリをして暮らす民族〜

          イタリアにいるとスリが多い。 人混みでは本当にスリがおおい。しっかり気を張っていなければすぐにやられる。 数人に囲まれてとられたり、 カバンを切られてパスポートも財布も取られた日本人の友達もいた。 リュックはいつも前に持っていたし、 レストランの食事の時、荷物やスマホを置いたまま離れるなんてありえない。 自分の身は自分で守らなくてはいけない。 そういう国だ。 三つ編みの民族衣装を身につけた、 女の子たち。 「あの子たち(ジプシー)には気をつけて」と言われた。 「スリはあ

          地球はだれのもの〜スリをして暮らす民族〜

          興味あること100%ないこと0%

          私は極端な性格で、興味を持ったことには全力でむかい、その時の脳内はそのこと一色‼︎‼︎ イタリアに行くと決めた時、 株に興味を持って始めた時、 あずきのカイロ屋さんをはじめると決めた時 …毎回、全力の100%のチカラでやります。 幼少期を思い出してみると、小学生の頃から 私はテレビにあまり興味がなくて、 芸能人もほとんど知らないし、 テレビを見ていても5分後には寝てしまう…😴 テレビの世界を自分とは関係ない世界と 思っていて、自分と関わりのない人たちの情報をみてても

          興味あること100%ないこと0%

          誰の前でも素の自分でいる

          私は昔からともだちも多い方で、 一回話したことある人は友達🤝と言っている。 でも、実は自分のなかで境界線を作っていたのかもしれない。 人に会ったあとものすごい頭痛に襲われてしまう。 滋賀に住んでいた頃は、知らない地、知ってる人もいなくて、コロナ禍でもあり、人と会わないのはそれはそれで楽だった。 人と会うとき、 この人にはこの話はできる とか この人にはできない、 とか、人によって変えてしまっていたり 「人によって自分を変えてしまうこと」 それが頭痛の原因だったように思

          誰の前でも素の自分でいる

          主婦の私がお金と向き合う②

          親しい友達に「なんでMIKIちゃんは、自立心があるの?」と質問されて、 それから考えていた。 育った環境は、いたって普通の家庭だったけど、 父親が自分で会社をやっていた。 出す時(旅行とか)は出すけど、 普段は必要以上に出さなかったなあ。 母はゆるくて優しかったけど笑 昔からお得が好きで、小学生の頃からスーパーにいくと おつとめ品売り場を見るのが好きだった。 「イタリアに留学する!」と 両親に話した時、 「いくのはいい、けど、費用は自分で出しなさい。」 と父は一切出し

          主婦の私がお金と向き合う②

          主婦の私がお金と向き合う①

          この数年は、子育てをしながら、 お金と向き合ってきた。 「お金がなくても幸せ」なんて思わない。 生きていくにはお金は必要だ。 結婚したときの私の貯金は、0円。 やりたいことに全部使ってきた。 息子を妊娠した時、仕事を辞めることになった。家計の収入はガクンと減った。 そこが特に考えるきっかけだったかな。 友達とランチにいったとき「お金きつ…」と思ったときがあって、そんな自分でありたくなかった。 私の夫は元プロ野球選手。 なにかまた夢が見つかったときに、 これでやりなって渡し

          主婦の私がお金と向き合う①

          「道を極める人」を応援したい

          友達のイケが、 リンゴのお酒「ハードサイダー」という日本では 珍しいお酒を作る社長をしている。 クラウドファンディングを始めた、とインスタで見て「応援したいなぁ」と思ったけど リンクが見つからなかったから、電話した。 (私って感覚でいきてるから、突然電話したんだけど、やはり意味があった🥺✨✨) 7年ぶりぐらいに連絡を取る。 めちゃくちゃうれしい事実を知る ✨彼は、発酵のプロだった!‼︎ 最近、自分の中で「発酵と腸」のことがキテて、 深めたいなあと思ってたところだった。

          「道を極める人」を応援したい

          海外をみて大切にしたい思ったこと

          2014.12 (色々とすっ飛ばしてるけど) イタリアから日本に帰ってきた。 海外に出て自分の体験したことをどう伝えていくか、どこに進むかすごく悩んでいた。 そんな中で、 私の考え方を変える人に出会う。 菜園料理家の藤田承紀さんだ。 この出会いは、かなり大きかった。 日本の食を、危険だという発信の仕方をたくさん聞いてきたなかで、承紀さんは全てを知った上で、世の中の良い方向に目を向けてポジティブな発信をしていた。 こんな人には初めて出会った。 感銘をうけ、 「アシスタ

          海外をみて大切にしたい思ったこと

          イタリア語ができない私が留学した話⑤〜「Il cibo è vita」食べ物は人生だ〜

          2014.7「Il cibo è vita」食べ物は人生だ。レストランのエプロンにも書いてある言葉。 日本語で言う、食べることは生きることみたいな意味かな。この言葉がすきだ。 わたしたちは食べたものでできている。 レストランにはいろんな人が来てたし、いろんな事情の人が働いていた。グレていて悪さをして警察のお世話になるくらいの青年、ここに来た時は目も合わせない、会話もしない手をつけられないくらいだった。ここのご飯を食べて顔つきも性格も変わったそう。私が会った時にはすでによく喋

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          イタリア語をできないのにイタリア留学した話④〜働きたいお店と救世主に出会う〜

          やる気満々だった私だったけど、 自信も失い、 自分の部屋から出たらイタリア語のシャワーだし、イタリア語聞くのも、 学校に行くのも、仕事にいくのも 全部嫌になって部屋に閉じこもってた時期もあった。 「せっかくイタリア来たのに何してるんだろ」と思いつつも何もしたくなかった。 今思えばそんな、考える時間も大切🤝 そんな中、お料理教室に誘われてあるレストランへ行く‼︎‼︎ そこは「マクロビオティックのレストラン」のお料理教室。 イタリアは日本より格段に安全な食材が溢れているけど

          イタリア語をできないのにイタリア留学した話④〜働きたいお店と救世主に出会う〜

          イタリア語ができないのに留学した話③ 〜自分の出来るはできるじゃない〜

          私は語学留学に来たかったわけじゃないので、 働けるレストランを探していた。 タイムリミットは6ヶ月。その間に、少しでも多くのことを吸収したい🔥 働けるのはイタリア語が話せることが大前提だったりする←当たり前だ。お互いにキツイ。 イタリアの語学学校に張り紙がしてあったのを発見した。 イタリアンレストランのアルバイト募集の張り紙✨✨ キターーみたいな感じで 私はとりあえず電話をして働きたいと伝えた! (今思うとすごい勢い!!過去の自分にびっくりする。) 面接に行って働ける

          イタリア語ができないのに留学した話③ 〜自分の出来るはできるじゃない〜

          イタリア語ができないのに留学したはなし②

          2014.5 いよいよ語学学校が始まった。 イタリア語の語学学校は、すべてイタリア語で説明される。 1日4時間の授業だ。 いつも通り元気いっぱい挨拶をした。 「ミ!キアーモ!ミキ!ピアチェーレ!」 ここから先は何もわからない。笑 わからない言葉の中にいる、 イタリア語のシャワーを浴び続ける。 またもや気絶しそうになった笑 同じクラスには、メキシコ人のベロニカ、スイス人のフィリップがいて、 特にその2人と仲良くなった。 私が1つでも答えられると、クラス中が拍手喝采した

          イタリア語ができないのに留学したはなし②