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老人ホームの介護報酬戦争【高齢者に不都合な真実】

この記事は4,840文字あります。
介護ビジネスの実態をよく理解しないまま老人ホームへ入居すると、事業者間の介護報酬戦争に巻き込まれてしまい、思い描いたサービスを受けられない場合があります。
老人ホームのトレンドと、それぞれの制度内容を理解するための参考になれば幸いです。


老人ホームのトレンド

画一的なサービスを提供する介護施設(介護保険制度上の分類)から、この15年で介護が必要な高齢者の住まいのトレンドは大きくシフトしました。
介護施設に代わって台頭したのは、自治体に届け出るだけで設置できる住居タイプの老人ホームです。
政策に基づいて各自治体が整備する介護施設の設置数(定員)が、高齢化する社会のスピードに追いついていない事も、高齢者向け住居が市場のニーズを掴む大きな要因です。

国土交通省 サービス付き高齢者向け住宅に関する懇談会 第5回配布資料

住居タイプの老人ホームとは、住宅型有料老人ホームと、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)です。
特養に入りたくても入れない待機老人のニーズを捉え、少子化で伸びない一般的な不動産賃貸事業の変わりに、補助金制度等の追い風もあり安定した家賃収入を産む投資用不動産として人気を博しています。

有料老人ホームとサ高住の設置件数が大きく伸びた
住宅型有料老人ホームとサ高住の伸びが顕著

介護施設ではない老人ホームとは

老人ホームには介護施設とそうでないものに分類されます。
介護保険制度の類型では、住宅型有料老人ホームとサ高住は、建物そのものに介護サービスを提供する機能はありません
街中で「訪問ヘルパー」や「訪問介護」の看板を見かけた事があるかもしれませんが、大半の物件はそのような在宅向けの居宅介護サービス事業所を建物に併設することで、24時間365日、介護職員(訪問看護事業所が設置されていれば看護師)が建物内で待機する体制を構築して老人ホーム事業を運営しています。

施設ではないタイプの老人ホームの仕組み ©Minoru Matsuoka

サービス付き高齢者向け住宅制度の誤算

これまで「不労所得の楽な商売」と思われていた大家業ですが、少子高齢化に伴う人口の減少で急増している空き家問題で、賃貸経営を敬遠する地主が増加しました。住宅メーカーは、一般的な賃貸住宅を地主に提案しても思うように売れません。
そこで住宅メーカーは、建設費用の補助金や固定資産税などの優遇が受けられるサ高住を「時代のニーズに沿っているため入居者の獲得が簡単、かつ初期投資の少ない低リスク賃貸経営ビジネス」として売出したところ、平成23年12月の制度開始からわずか12年で28万5千戸が建設されるサ高住の建設ラッシュが起こりました。

出典:サービス付き高齢者向け住宅情報提供システム

もともとサ高住は、以下の問題を抱える高齢者を想定して法整備されました。

・日常生活はほぼ自立しているが、一人暮らしは不安
・高齢を理由に一般の賃貸住宅を貸し渋られる

サ高住は制度上、「介護施設」ではなく「高齢者の住宅」という位置づけです。介護施設のように24時間の介護体制ではなく、1日数時間の介護(入浴介助や家事援助)しか想定していませんでした。
ところが蓋を開けると、特別養護老人ホーム(以下、特養)に入れない待機老人のニーズが大きかったのです。

日本共産党 参院予算委質問資料

そこで住宅メーカーは介護事業者に目をつけます。サ高住の一角を訪問介護事業所を設置できるテナントとして設計し、訪問介護事業者に貸し出しました。訪問介護事業者は24時間見守りが必要な認知症の高齢者をサ高住に集め、これまで訪問時に生じていた移動時のロスを無くして効率化を図り、介護報酬による収益を上げていったのです。
住宅ではなく手厚い介護が受けられる老人ホーム化したサ高住には、他の市町村から特養待機老人が流入し、サ高住を有する自治体の介護保険・医療保険を始めとする社会保障費を圧迫するようになります。

社会保障費の収支バランスが崩れる ©Minoru Matsuoka

困った行政は、平成27年の介護保険制度改正で食事、介護、家事、健康管理を提供するサ高住を有料老人ホームとみなし、住所地特例を適用しました。
住所地特例とは、住所地以外の市町村に所在する施設等に入所・入居し、施設等の所在する市町村に住民票を移動すると、住所を移す前の市町村が引き続き保険者となる制度です。これは施設等を多く抱える市町村へ他の市町村から高齢者が流入すると、施設等を抱える市町村の負担が税収以上に発生して財政を圧迫するのを防ぎ、負担が過大にならないようにするためです。国民健康保険・介護保険・後期高齢者医療制度に設けられています。

住所地特例のイメージ ©Minoru Matsuoka

現在、大半のサ高住は訪問介護事業所や訪問看護事業所を建物内外に併設しており、有料老人ホームとみなされる住所地特例対象施設となっています。企業努力で介護施設に勝るとも劣らない介護体制を構築し、手厚い介護を必要とする高齢者を有料老人ホームや特養と奪い合っています

価格と手厚いケアは無関係

多くの医療・介護保険サービスが必要な高齢者ほど、自宅での生活が困難なため老人ホームを必要とします。
しかし、介護保険サービスを利用すると、自己負担の支払いも比例して増加するので、利用者心理として月額料金がリーズナブルな物件を求めます。
そこで住宅メーカーやデベロッパーは、日常的に介護を要する高齢者にターゲットを絞った設計とすることで、低廉な料金の老人ホームを提供しています。

入居対象者によって老人ホームの建築コストと料金は異なる ©Minoru Matsuoka

つまり、リーズナブルな物件ほど日常的に介護サービスを必要とする方をターゲットにしており、行政が想定していた「1日数時間の介護(入浴介助や家事援助)」が必要な高齢者は入居し難い(運営会社が顧客ターゲットとしていないために敬遠される・断られる)のが現状です。

高齢者住まいの実態調査 野村総合研究所

一般的に月額料金が高額な物件ほど「お元気な方」の入居を積極的に受け入れる傾向にあり、それは介護サービス報酬が見込めない入居者へインフォーマルサービス(事業所による非営利の介護保険制度に基づかない援助)を提供するための人件費を賄う介護上乗せ料金が含まれています。

サ高住や住宅型有料老人ホームに併設されている訪問介護事業所

訪問介護とは、介護支援専門員(以下、ケアマネジャー)の作成する居宅サービス計画(以下、ケアプラン)に基づき、高齢者の住まいに介護職員が訪問し、入浴を始めとする身体介護や、掃除や洗濯といった生活援助を提供する介護保険サービスです。
また、訪問介護は利用者宅を一軒一軒訪問するので非常に人員効率の悪いサービスです。利用者宅から利用者宅への移動時間には、介護報酬が発生しません。
そのため、訪問介護を始めとした訪問系のサービスは、サービス提供時間あたりの単価が介護サービスの中で一番高く設定されています。

利用料金はサービスの利用時間によって単価が定められており、日勤帯以外の人件費上昇を吸収するため、8時から18時の基本時間帯以外は、早朝&夜間帯は25%、深夜帯は50%の割増料金が発生します。

基本(通常)報酬、早朝&夜間加算、深夜加算の関係図

同じ訪問介護事業所の場合、利用者の介護度が重度・軽度どちらであっても、サービスを提供する介護職員の人数と提供時間が同じなら料金も同じです。

訪問介護において、介護度が違っても同一サービスの報酬は同じ ©Minoru Matsuoka

そのため、要介護区分(重症度)の高い方には、訪問回数を多くすることで介護度の高い方に手厚い介護を提供する仕組みになっています。
必要な介護サービスが増えるとともに介護保険の利用も増加します。現在の介護認定を受けた頃より状態が悪化し、日常的に介護保険の区分支給限度を超過する状態となった場合は、利用できる介護保険の上限を増やすために介護区分の見直しを行います。

介護報酬戦争

入居者の介護区分毎に、介護保険が適用される上限である区分支給限度が定められています。
介護施設の場合、外部の介護サービスに介護保険は適応されないため、言ってしまえば建物内の職員が提供する介護サービスで介護保険を全て消化します。
もう一方のサ高住や住宅型有料老人ホームは、介護保険制度上はアパートやマンションと同じく在宅(居宅)の扱いです。利用者毎のニーズに合わせたケアプランを作成し、必要に応じて様々な居宅介護サービスを利用することができます。

介護度毎の区分支給限度(介護保険が適用される上限)

ほとんどの老人ホーム運営事業者は土地建物を所有せず、所有者から建物を賃借しています。
入居者から得た賃料は土地建物所有者へ支払い、管理費は建物のランニングコスト(水光熱費や建物の管理諸費)に消化されます。
給食も業務委託するケースが多く、得た食費は業務委託費として支払らいます。

入居者の費用負担と老人ホーム運営事業者の収益構造 ©Minoru Matsuoka

既にお伝えした通り、リーズナブルな老人ホームは手厚い介護を提供するために、24時間体制で介護職員を配置しています。
つまり、建物に併設する介護事業所の職員の人件費は、入居者が運営事業者の介護保険サービスを利用することで賄われています

老人ホームに入居後も慣れ親しんだ通所介護(デイサービス)を継続利用したり、外部の訪問リハビリサービスを積極的に利用したくても、利用者毎に区分支給限度という財布の中身は決まっており、事業者間でその財布の中身を奪い合う構図となります。
老人ホーム事業者は、自社が提供する介護サービスを積極的に利用する入居者に対して、ケアプランで定められた訪問のみならず、柔軟にインフォーマルサービス(介護保険制度に基づかない非営利のサービス)を提供します。
しかし、「自立して炊事できなくなったから食事だけ提供してくれればいい。建物内の介護サービスではなく、通い慣れたデイサービスに介護保険を優先して使用したい」という事になれば、24時間配置している介護職員の人件費を賄うことはできず、その入居者の居室を訪問する理由(ケアプアン)もないため、老人ホームにいながら在宅で独居していた頃と何ら変わらない生活になります。
手厚いサポート体制に魅力を感じて入居したのに、それが受けられないのは本末転倒です。

区分支給限度のイメージ ©Minoru Matsuoka

まとめ

「介護施設」ではなく「高齢者の住宅」という位置づけで制度化サ高住は、特養待機老人という社会ニーズを満たすため、訪問介護事業所を併設することで介護施設と化しました。
入居者やその家族もまた、自宅では実現できない24時間365日体制の見守りや介護・医療サービスを、サ高住や住宅型有料老人ホームに求めているのが実態です。

サ高住や住宅型有料老人ホームに入居する場合、運営事業者がどのような介護サービスを提供しているのか、どのような高齢者をターゲットとしているのか、入居対象者はそのペルソナにマッチしているのか等を十分にリサーチしないと、入居後に事業者間の介護報酬戦争に巻き込まれてしまい、思い描いた生活とかけ離れた実態になる可能性があります。
しかし、入居者ファースト(求められるままに手厚い介護を提供するも売上は少ない)であるが故に、採算が取れず経営破綻する老人ホームも少なくありません。

老人ホームに入居した場合、あくまで生活の中心は老人ホームであって、外部の介護事業者ではないこと。訪問系のサービスは、ケアプランに基づいて訪問する時間のみに報酬が発生し、それ以外の時間は事業者が人件費を負担しているという事も理解しておくと、無知なまま介護報酬戦争の被害に合わずに済むのではないでしょうか。

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