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【短編】『完パケ日和』

完パケ日和


 真っ暗闇の中で四角い小さな光が部屋の輪郭を微かに縁取っていた。窓の外からは強い雨風がガラスに激しく打ち付け、ここ最近の私の心情が具現化されているようだった。私は残りのコーヒーを全てカップに注いでから、ゆっくりと一人用のソファに腰掛けてその四角い小さな光の中を覗いた。まだ時間には早く、見たいと思っているものとは違うものが映っており再びソファにもたれかかってコーヒーの苦味を味わった。妻はすでに隣の寝室で寝入っており、あまり大きい音は出せそうになかったものの、私はこれから見る番組の出来栄えに期待を寄せていた。しかしながらその間、もし番組がひどい有様になっていたらどうしようかと少々焦ったさを感じてもいた。私は収録を終えて編集に差し掛かった頃に番組の大きなミスを見つけてしまい、それを話しにディレクターに駆け寄ったことを思い出した。しかし、そんな思いをすることはもうないと熱いコーヒーとともに嫌な思い出を喉の奥へと流し込んだ。しかし私はこれほどまでに番組に対して怒りを覚えたのは久しぶりのことだった。

 私は俳優業の傍で、近々放送予定のドラマの告知としてバラエティ番組への出演の依頼を受けたのだが、それがとんだ茶番だったのだ。長年俳優業をしてきて数々の賞を取ってきたことから業界では大御所のように扱われていたが、この番組は私の株を極限にまで下げようと企んでいるとさえ感じてしまうほど失礼極まりなかった。初めからそれを知っていれば依頼を断っていたもののドラマの告知という名目であったがために何の危機感も持たずに承諾してしまった。そしてついには、私の方から演出に口を入れる羽目になったのだ。

 この番組の企画書を最初に見た際は、私や他の役者が制作現場で苦労したことや撮影中のハプニングなど様々なエピソードを語る会というふうに称されていたが、実際に番組の撮影が始まってみると、そのエピソードトークはほんの触りだけで、そこから先は私の趣味や日常に焦点を当て始めたのだ。しかしこうも自分が大所帯でもてはやされると私もつい調子に乗ってしまい、今まで特に話してこなかった個人的な好き嫌いを発言してしまったのだ。番組も番組で、撮れ高があると思ったらしく私の話ばかり深掘りするように質問を繰り返しては、他の役者にちっとも話を振らなかった。もはや徹子の部屋にでも出ているかのような空気がスタジオを取り巻いており、しかし他の役者も役者で私が大御所とばかりに私のことを立てるのだ。私が可愛い子犬を飼っていることや、妻からどのように呼ばれているか、いかに節約をしながら生活をしているかなど、ドラマの告知とは全く関係のないことばかりなのだ。私は収録終了間近になってつい話し過ぎたことに気が付いたが、ディレクターは何も言わなかったので問題ないだろうと思っていたが、収録を終えて数日が経ってからふとあの時のことを思い出すと何か違和感を覚えて仕方がなかった。放送日も間近となって、いざプレビュー会に出席すると、やはり私の無駄話が番組のほとんどを占めているのだ。私はその瞬間、あの時出演していた役者もディレクターも他のタレントも皆共犯なのではないかとさえ思ってしまった。

「監督、ちょっといいかい?」

「はい、何でしょうか?」

「申し訳ないが、これ編集し直してもらうしかないな」

「なぜですか?」

「いやだって、あの時私に何も指示しなかったじゃないの。私はただスタジオを盛り上げようと与太話をしただけなのに、そこを丸々使っちゃいかんよ」

「でもとても見応えがありますよ?」

「いやいや、こんなの使われちゃあたまったもんじゃないよ」

「じゃあどこを切り取りたいか教えてくださいよ」

「全部だよ」

「全部って言われても、そんなことしたら番組自体なくなりますよ」

「他に使いようのある素材があるだろう?」

「いや、今回の番組はあなたが主役なんですから」

「なんだって?そんなこと聞いてないぞ?」

「いえ、ちゃんと企画書を送ったはずです」

「企画書には私の趣味について話すなど書いてなかったぞ?」

「しっかり記載してました。ドラマでの舞台裏の話、そしてあなたのドラマ以外での私生活、と」

私はディレクターから渡されたその企画書を見せられて、一瞬動揺した。確かにそこには私の私生活について掘り下げると書かれていたのだ。私はマネージャーから企画書を渡された時には特に注意して見ていなかったせいか見逃していたかあるいは彼らが改竄したに違いなかった。

「おいおい、後から付け足すのはせこいじゃないか」

「付け足してなどいませんよ。最初からこう書いてありました」

「でも今回の話はカットしてもらうしかないな。じゃなかったらあんたの局の番組には金輪際出られなくなってしまうな」

「そんなこと言われても。一度マネージャーさんと相談させてください」

「マネージャーは関係ないだろ。私がダメと言っているんだから」

ディレクターは困り果てた様子で頭をむしりながら私にではなく企画書のほうに視線を向けていた。

「そうですか」

「ああ、ダメと言ったらダメなんだ」

「仕方ないですね。わかりました。極力使わないように編集しなおします」

それから一週間も経たないうちに私は放送日を迎えた。時間が限られていたせいか、なぜか私は最後のプレビュー会には呼ばれず、地上波でその編集しなおされた完パケを見ることとなった。

 私は徐々に強まっていく風を耳にしながら、これではテレビの音が聞こえないため窓のシャッターを下ろそうとソファから立ち上がった。先ほど飲んだコーヒーが胃のなかで揺れ動くのを感じながら窓にやった腕を動かすと、勢いよく風は部屋の中へと入り込みカーテンをぱたぱたと羽ばたかせた。即座に上の方に仕舞い込んであるシャッターを一番下まで下ろし再び窓を閉じた。音はいくらかマシになった。もう放送まで5分を切っていた。再びソファに深く腰掛けカップに手を伸ばすと、中身はすでに空になっていた。コーヒーを淹れるにはもう時間がないため、そのままソファで待機した。放送が始まると、真っ暗闇の中私は四角い光にこじつけになり、中身を見入った。

「いやあ、ドラマの撮影は大変でしたね」

「どこらへんが大変でしたか?」

「私今回、大家族のおじいちゃん役をやりましてね、そのおじいちゃんがだいぶ気難しい人でね、普段優しいおじいちゃん役ばかり貰ってるもんだから、どう演じようかと監督と試行錯誤しましてね」

「普段は自宅ではどんなおじいちゃんなんですか?」

「いやあ、そりゃあ優しいおじいちゃんですよ。実は妻は私のことをジーニャンと呼ぶんですよ」

「えー!ジーニャン!皆さん聞きましたか?ジーニャンですよ?」

(会場爆笑)

「ええ、それでね。私は妻のことをバー」

私はすぐにその四角い光を消して一人暗闇の中で身を縮めた。


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