書評のお手本 岩間陽子氏の『力の追求』評

▼筆者が「書評」について考える基準は週末の新聞に載る書評だ。

毎日新聞が一般紙のなかでは記事量が多い印象。あとは好みの問題だが、筆者が「読みたいなあ」と思わされた書評を紹介する。政策研究大学院大学教授(国際政治)の岩間陽子氏が書いた『力の追求 ヨーロッパ史1815-1914 上・下』。リチャード・J・エヴァンズ著、白水社。2018年7月1日付毎日新聞。

〈英国で最も尊敬される歴史学者の一人、リチャード・J・エヴァンズによる19世紀ヨーロッパ史である。読者の眼前には、ナポレオン戦争終結直後から、第一次大戦勃発までのヨーロッパの風景が、絢爛(けんらん)たる絵巻物のように展開する。ずっしり重たい上下2巻の大著だが、各章は、冒頭その時代を生きた一市民のライフ・ストーリーから始まり、読者をあっという間に当時の世界へ連れて行く仕組みになっている。

▼その本が、どのような文脈で、どのように位置づけられるのかがわかる。

〈社会史の百科事典的側面をも持つ書であるだけに、縦横に検索可能な電子版も欲しい。原著ペンギン・ブックスは、ペーパーバック版もキンドル版も、2000円弱の価格である。広く読まれる知識を提供したいという気概を感じる。〉

▼電子版との相性、原著との比較など、本に載っていない付加価値もありがたい。仕方ないことだが、白水社から出た日本語版は上下巻で、両方とも6000円を超える。

〈圧巻の専門性と網羅性を備えながら、一般読者を対象とした平易な語り口で、物語を語ることを目指している。歴史家が「主たる語り(マスターナラティブ)」を提供するのではなく、説明し、「発展の道筋」を示すことによって、読者に判断をゆだねようとしている。〉

▼歴史と物語との常に難しい関係と、どうつきあっているのか、最低限の説明で読者に伝わるようにしている。

▼岩間氏は、なんとかこの本を多くの読者に手に取ってほしいと思っている。そのことが伝わるのが、ラスト近くの〈これで歴史家エヴァンズに興味がわかなければ、映画「否定と肯定」に、ジョン・セッションズ演ずるエヴァンズ教授が登場している、と聞けばどうであろうか。〉という一文だ。

くわしくは引用しないが、ホロコーストを肯定する学者と、裁判で戦い、〈(ホロコースト肯定論者の)アービングが歴史学者として全く信頼性に欠けることを、緻密な作業で証明してみせた。歴史の実証可能性に対する信念と愛がなければできないことだろう。〉と岩間氏は評価する。

▼19世紀のヨーロッパの歴史を描いた名作からは、「近代」の自画像が浮かび上がる。その意味で本書は日本社会に生きる人々と縁のある本だ。

そういう本とともに、そういう本を紹介する「通訳」の役割をもつ優れた書評の役割も、とても大切なことだ。

(2019年2月19日)

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