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基本たいていのことはどうでもいい

ロッシーです。

たいていのことはどうでもいいことです。

「どうでもいい」という投げやりな表現が嫌な方は、「取るに足らない」と読み替えてください。


この前知人から聞いた話ですが、同僚が仕事のことで悩んで出社できなくなってしまったとのこと。メンタルをやられてしまったようです。

私はそういう話を聞いても、気の毒だ、可哀そう、という感情をあまり抱くことはないんですよね。

「なんでそこまで仕事のことで悩めるんだろう?」と逆に興味が湧いてきてしまうのです。

そりゃ、私だって仕事で悩むことはありますけど、家に帰って読書したり将棋をしていたら、そんなこと忘れてしまいます。

ある意味、そこまで真剣に仕事に入り込めるのが凄いな~と逆に思います。

そういう人は、自分と仕事との距離が近すぎるというか、もうくっついて一体化しちゃっているのではないでしょうか?

だから、仕事でのダメージが自分へのダメージになってしまうのかもしれません。

これってマトリックスの中で銃で撃たれて死ぬと、現実の自分も死んでしまうみたいなことだと思います(違うか?)。

別に会社とか仕事がどうなろうがどうでもよいと思いませんか?

そもそも、会社とか仕事と言いますが、自分が株式を保有している会社ではないので「自分の会社」ではなく、あくまでも「自分が働いている会社」です。

つまり会社は自分のものではないですし、そこで発生する仕事だって自分のものではないわけです。

なぜそのようなものに執着するのでしょうか?

それに、もしも自分が働けなくなったり辞めてしまったとしても、代わりはいくらでもいるのが現実です。

一生懸命がんばって自己実現とか成長を目指したいのかもしれませんけど、そもそもその「自己実現」って何でしょう?

そんな漠然としたキーワードは沢山あります。

成長、やりがい、使命・・・。いや、別に否定しているわけではないんですよ。そういうものを大切にするのは全然いいことだと思うんですが、そのために苦しんでメンタルまでやられるほど価値のあるものなのか?と思わずにはいられないのです。

自己実現してもしなくても、そんなこととは関係なしに、日々会社の業務は回っていきますし、地球も回ります。

それに、仕事で良い評価をもらいたい!というのも単なる思いこみなんじゃないかと思うわけです。そう思いこむから仕事を頑張れるという面もあるのでしょうけれど、思いこんで、背負い込んで、心が重くなっちゃうわけです。

「私はそう思いこんでるんだな~」と右斜め上くらいから自分を眺めている状態ならいいんですが、そうではなく本当に思いこんじゃっている、言い換えれば、「没入してしまっている」人は怖いなぁ~と思います。そういう人は一歩間違えると他人を傷つけても自分が良い評価をもらえればいいという考え方になってしまいますからね。

なんでそこまで他人に評価されたいのでしょう。評価が給与に直結するのでそれが気になるのは確かに仕方ないのですが、そもそも他人は自分じゃありませんから、合わない人とは合わないわけです。

そして、人間は表面上は理屈で動くように見えて、実際には感情で動きますから、良い評価がもらえると自分では思ったとしても、あなたの上司がそのとおりに評価してくれるわけではありません。それが現実ですから、期待するだけエネルギーの無駄なように思います。

もし、きちんと仕事をしているのに全然評価されないのであれば、適当に手を抜けばいいと思うんですけどね。そういう考えってダメでしょうか?

「自分がこのくらいの対価なら労働力を提供してもOK」

だと思っている水準はなんとなくありますよね?

その水準よりも少ない給料しかもらえないのに、なんでそれに見合わない労働力を提供しないといけないのでしょうか?当然、その対価に見合うように、こちらが提供するサービスレベルを低下させるのが自然ではないでしょうか。

給料を下げられているのに、こちらが提供するサービスレベルは下げないで頑張り続けるというのが私にはどうも理解できないのです。

え?そんな風に仕事をしていたら辞めさせられて食っていけなくなる?

う~ん。そのときはそのときでしょう。それに、日本という国ではいきなり解雇されることはほぼありませんし、そうやって仕事で真剣に悩む人は、ほぼ頑張り屋でしょうから、急に解雇される可能性は低いでしょう。それよりも、メンタルを壊して休職になるほうが、結果として仕事を失うリスクが高いのではないでしょうか。まあそうなったらなったで生活保護でも受ければ死ぬことはないのでしょうけど。

え?みんながそんな態度で仕事をしたら会社自体がつぶれる?

確かにそういう可能性はあります。でも、そうならないかもしれません。一生懸命頑張れば必ず業績が上がるほど、会社というものは簡単な存在ではないと思います。それを言ったら、原理的には24時間働きまくる会社は業績が良くなることになりますが、そもそもそんな会社が継続できるとは思えません。それに、会社がつぶれたら他の会社で働けばいいわけです。

そうやって色々と考えてしまうのも分かるのですが、ありとあらゆる可能性を考えてもどうしようもありませんよね。キリがありません。

もともと、確固として安定したものなんてこの世にはないわけです。そういうものがあると思っている人はその考えを改めたほうが良いと思います。

私たちが立って、日々色々とワチャワチャやっているこの地面だって、地球規模でみたら、ゆで卵の皮くらいのものでしかなく、その中には燃え滾るマグマで満たされているわけですよ。

そんな芥子粒みたいな存在なんだから、いつどうなるかなんて分かりません。大災害がいつやってくるかもわかりません。あまりゴチャゴチャ考えても仕方ないんじゃないでしょうか。

仕事の話ばかりしましたが、ほかの事柄だって全部一緒です。ただ、ほとんどの悩みというのは人間関係に起因するものですし、多くの時間を過ごすのは職場ですから、仕事が人生における悩みに直結してきます。

だから、特に仕事においては、基本的にたいていのことはどうでもいいのだという風に思っておくと精神衛生上いいですよ。

もちろん、無理に思う必要はありません。

別に「仕事が人生において最重要だ!」と思いたい人はそうすればいいと思います。

ただ、それも思いこみだと私は思っています。

そして、「たいていのことはどうでもいいことだ」というこの考え自体も私の思いこみであることも分かっています。

ただ、私にとってはその思いこみのほうが人生においてWorkするので、こちらを選択するわけです。

結局は、人は自分の思いたいとおりに思いこむものなのかもしれませんね。


最後までお読みいただきありがとうございます。

Thank you for reading!

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