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【ショートショート】麻花兒とのたたかい

 横浜旅行一日目の夜。腹ごしらえも風呂も済ませ、ホテルでのんびりと過ごしながらベッドに寝転ぶ。こんな時くらいしかテレビは見ないせいか、普段住んでいる地域とは別地域のせいか、なんとなくテレビが面白い。
 そして俺が画面の向こうの笑いどころでくすりと笑った頃。隣のベッドでキャリーケースを広げ、中華街で買ってきたお土産やら何やらを押し込むべく格闘している彼女が声を上げた。

「あっぶなー!忘れるとこやった!」
「何を?」
「マーファール!」

 勢い良く飛び出したカタカナに疑問符。しかし彼女が手にしていた袋を見て、掘り起こされた日中の記憶で納得。くるくると捩じられた生地で出来た中国のお菓子、麻花兒だ。確か彼女が、「前にゲームのアイテムで見た」と言って嬉しそうに買っていた。
 そして俺が掘り起こされた記憶に納得していると、彼女はそのお菓子の袋を手に、とととっと小走り。ゴールは部屋に備え付けの小さな冷蔵庫。パタンと開け閉めがされ、お菓子の袋と共によく冷えた酒を抱えた彼女がベッドに戻ってきた。

「ちょっとそっち寄ってー」
「あっちのベッド使ったらええやん」
「片付けんのめんどなった」
「嘘やろ」

 俺の寝転ぶベッドによじ登り、彼女はキャリーケースを広げていた自分の寝る予定だったベッドを見捨てた。どうやら詰め込むのは無理だと悟ったらしい。そら入らんやろ思てたんや。
 これは明日の朝にばたつくパターンだと朝の慌ただしさと想像しながら、彼女からきんきんに冷えた酒を受け取る。そう言えばこの酒の存在も忘れてしまっていったと、自分もお菓子の存在を忘れていた彼女と変わらないなと笑いがこぼれた。 

 ぷしゅっとプルタブを開けると、アルコールの匂いが鼻をくすぐる。乾杯とアルミ缶をこつんと当て合うのは横浜限定の地ビール。ホテルで飲もうと言って買ったそれを、ぐいっと喉に流し込む。
 いつも飲むのは抜群の知名度とシェア率を誇っているドライなビールだが、それとはまた違った味わいとのどごし。これは帰りの新幹線でも飲むべきかと、明日のスケジュールを組み立てつつ勢い良く喉を鳴らす。そしてそんな俺の隣で彼女は、かさかさとお菓子の袋を開けていた。

 くるくると捩じられたそれを一本取り出し、彼女がひと齧り。と思ったが齧られる様子がなく、「乃奈?」と声をかけると、彼女はぱくっと齧る予定だったそれを手に持ち直し、「噛まれへん」と眉を下げ笑った。

「かったー!想像の三倍くらい堅いわー!」
「嘘やん。そこまで堅ないやろ……かったっ!」
「ほらなー!?」
「想像の五倍は堅いやんけ……!」

 齧る事の出来なかったお菓子を手に持ち、くっと睨みつける。確かに店のポップに堅いと書いてはいたが、本当に想像の五倍くらい硬い。歯が砕けるかと思った。かりんとうなんて可愛いもんじゃない。
 そのくせ手で折って小さくするのは拍子抜けする程簡単で、ぽきぽきと簡単に折れてしまう。だが折って小さくしたものでも、口に放り込めばやはり堅い。とてつもなく堅い。慎重に噛まねば顎が負ける。

 だが食べてみると素朴な甘みが癖になる。つい、もう一個もう一個と手が伸びる。袋の中でぽきぽきと折られ、捩じれていた名残りを感じさせるだけの姿になったそれを見て、これも明日また買おうかとスケジュールに突っ込んだ。

「伊賀のせんべいより堅いかも」
「何それ俺知らんねんけど」
「知らん?伊賀名物の堅いせんべい。私が食べたのは手裏剣の形やったけど」
「何それ知らんて」



本当に堅いが素朴な味で凄く好きだよ麻花兒。
中華街以外でも売ってくれ、必要だろ。

あと今回書いていて、日本語の奥深さに頭を悩ませた。
せんべいとかかりんとうの「かたい」は元から堅く作っているから「堅い」で良いと思うんだが、正直「硬い」でも間違いではないと思うんだよなあ。
日本語難しい。

ちなみに今回のカップルは多分この話のカップル。



下記に今まで書いた小説をまとめてますので、お暇な時にでも是非。


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