表千家の茶室(残月亭)

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「残月亭(ざんげつてい)」

利休聚楽屋敷にあったという「色付九間書院」が、現在では「残月亭」として伝わっています。

元々、屋敷にあったものを息子の少庵が写し、火事(1788年)や何度かの建て替えを経て、現在は京都の表千家にあります。

利休の色付書院は、二畳の上段に付書院のある四畳の中段があり、その天井に突上窓が切られていました。

この書院を訪れた秀吉公が、上段角の柱にもたれ、突上窓から月を愛でたといわれ、それによりこの席名を得たといいます。

色付九間書院は、上段・中段・付書院を備えた格式的な構成の座敷でしたが、長押はなく、天井は低く、化粧屋根裏を組み入れることで、書院座敷の厳かな雰囲気とはちがった穏やかな書院を実現していたそうです。

そんな座敷を踏襲してつくられた残月亭は、中段は省略しましたが、二段の上段や付書院、化粧屋根裏は原型をよく再現されています。

内部は全体十二畳、突上窓はなし。上段角の柱は上記エピソードから「太閤柱」とも呼ばれ、利休の頃と同じゴヒラの松の木が現在も立ちます。

「必茶道ノ守神トナルベシ(南方録)」

この言葉には、茶湯の理想を侘茶という一つの世界につなぐという、利休の大いなる覚悟が見えますが、

一方で、天下一の茶匠として多くの弟子をもち、社交を展開する立場上、幅広く世間の人と関わるために、書院も必要でした。

後世、村野藤吾をはじめ、多くの建築家が写し、優れたデザインとして広く知られます。

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