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【エッセイ】映‥そして夜の淵


深夜三時の文章は
夜の波に飲まれそうになる。


捻り出すわけでもなく、強く思いを巡らすでもなく、おもむろに取り出した真っ白なページに
浮かんだままに文字を紡いでいく。



ピンと感覚が研ぎ澄まされ、感情がうごめく
今、ここにしかない色。音。香り‥。
そのすべてを余すことなく感じたくて、この時間を慈しむように五感を集中させた。



今日この瞬間にしか書けないものがある。
恐らく私はこうして書くことで、日常の心の
バランスを必死に保っているのだ。

 

それでいて立ち止まり、手離してしまえば
楽になれることも頭のどこかで知っていた。
そう‥心だけいつも追い付かない。


冷蔵庫からウィーンと聞こえる機械音。
カサカサカサカサ‥庭の落ち葉がさざめく。



強烈な睡魔に襲われ20時過ぎから眠り
深い夢から目覚めたばかりの私の喉は、驚くほどにカラカラで、常備してあるお茶をコップに注ぎ勢いよく飲み干した。冷たい液体が喉を伝うように落ちていく。



ふと外気を吸いたくなり、窓をそっと開けると一瞬の間の後、頬に冷たい空気が当たり夜風が前髪を揺らした。
どうやら雨は上がったようだ。外灯が水溜まりに反射し、暖色系の光を映していた。




あまりにも静かな夜。
どの家の明かりも消え、朝がくるまでじっと息を潜めている街はどこか客観的で
まるでレイトショーのワンシーンを観ている気がした。この世界に自分ひとりが置き去りにされたかのように‥。



そんな私の思いを遮り一台の車が道路を照らし、さぁぁとアスファルトを鳴らしながら
ゆっくり通り過ぎていく。



その瞬間、現実に引き戻され
窓を閉じると夜の闇にブーンとバイク音が響き
カタン‥と玄関先で新聞が落ちる音がした。




今ほど連絡ツールが豊かでなかった頃、深夜
想い人に手紙を書いた。



いかに自分は貴方が好きで、いかに貴方に知って欲しいか‥。そんなようなことをつらつらと書いた。


相手を知りたいという思いより
自分を知って欲しいと強く思ったその時から
私の恋は始まる。
時に甘く、そして時に重く。
今となればもう、遠い遠い昔の話に過ぎないのだが‥。



あの頃の独りよがりな想いは、彼の手に渡ることなく朝になればそっと空き箱に入れられ、 
引き出しの奥にしまいこまれた。
綺麗に小さく折り畳まれた便箋たちはきっと
苦しかったに違いない。


もしもあの時、その箱が膨らみ蓋を押し上げ
開いたならば、彼への熱い想いで部屋中が紅色に染まっていただろう。
それはもう息苦しいほどの勢いで。



いつまでも何処までも‥
行く宛のなかった想い。


渡すつもりで何度も書き直していたあの言葉たちは、彼を通して当時の自分自身へ書いていたのかもしれない。

 

怖いくらいに真っ直ぐで
それゆえにもう手にすることのない感情。



あの手紙はどこへ行ったのだろう。
彼は今どこにいるのだろう。



私の想いは遥か遠い向こうへと
昇華されたのだろうか。


 

ふと気配を感じ振り返ると
夜の淵に映る自分の影が
さみしげに浮遊していた‥。







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