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映画『エンパイア・オブ・ライト』をみる。

暗闇の中に、光を見出す。

『モリコーネ 映画が恋した音楽家』以来のOSシネマズ、第95回アカデミー賞撮影賞ノミネートとありつい肩に力が入ってしまいます。サム・メンデスが1980年のイギリス南岸リゾート地を舞台に描く、自身初の単独脚本作品。長年のナイン・インチ・ネイルズファンにはたまらないトレント・レズナーとアッティカス・ロス劇伴、オリヴィア・コールマンが魅せる七色の演技。

ケント州マーゲイトと聞けど正直あまりピンとこない。かつて社交場として賑わいを見せていたものの、今や2スクリーンを残すだけの寂れた映画館。サッチャリズムに端を発する不況が過酷さを増した時代、失業不安あるいはナショナリズムに扇動された白人の若者は次第に人種差別へと走っていく。マイケル・ウォード演じるスティーヴンもまた、流れ流れてこの劇場へ。

映像監督ロジャー・ディーキンスの画力に、おもわず感嘆のため息。

『ジャーヘッド』でもお馴染みのコンビ、当初はドキュメンタリードラマのように全部手持ちで撮ろうなんてアイデアもあったそう。しかし完成版では俯瞰的あるいは客観的視座からの静かでまた穏やかなフレームづかいが徹底されていて。物語の核となる映画館のロビーは海辺を一望できる場所に置き時には裸電球の明かりだけを頼りに紡ぎ出したシーンもあった。光の魔術。

屋上から二人で花火を見上げるシーン、本当に美しかった。ただヒラリーにとってより鮮やかに映ったのは夜空を彩る光ではなくスティーヴンだった。ハル・アシュビー監督の『チャンス』を全身で味わうクライマックスには、『ニュー・シネマ・パラダイス』が自然と重なった。それまでスティーヴンの味わってきた孤独や閉塞感、映写室で覚えた感動が投影されるシーン。

傷付いた鳩を癒し、日向の世界へと送り出す。

コリン・ファース演じる支配人エリスもトビー・ジョーンズ演じる映写技師ノーマンも、お目目くりくりのニール(※今作での個人的推しメンです笑)も、皆それぞれに心の歪みや精神的な痛手をもっていて。だからこそ優しく寄り添えたり傲慢に振る舞ったり、時に平板化していた感情が爆発することも。そこを敢えて説明し切らないところに、本作の奥ゆかしさが感じられた。

日が暮れるまで働き詰めの毎日、カーテンを開け放つことすらなかったかもしれない。そんなヒラリーにとって灯りのない昼間の世界を歩くという経験が、どれほど大きな意味を有していたか。思い返してみれば冒頭ヒラリーがスティーヴンを映画館の3Fへ案内するシーンでは、光が差し込んでいるはずの空間なのにずっと逆光シルエットで追いかけ続けた。これも光の魔術か。

「映画にまつわる映画」が近年、再注目される理由。

『あなたの微笑み』『エンドロールの続き』『銀平町シネマブルース』一言でコロナ禍の産物と片付けてしまうのは些か野暮ったい、しかし多様な人間多様な生き方を受け入れてくれる時間あるいは空間が映画でありまた映画館であることは疑いようのない事実で。スクリーンを通じ自分自身を映し出しまた時として違う誰かを優しく照らし出す光でもあるという含意なのか。

「鏡に映る自分」が多用されている映画だなと強く感じました。加えて印象に残ったのは正面カットの少なさ、つまり横斜めからのアングルを使うことで前述した俯瞰的・客観的視点を保ち観客へ喚起するしくみになっていた。直接訴えかけ過ぎず「あなたにはどう映りましたか?」という余白を絶妙に残す、これ以上の映画的表現ってないと思います。

タイトル『EMPIRE Of LIGHT』がもつ多面性。

皆さんならどんな訳語をあてますか。直訳すれば「光の帝国」、あるいは「光のエンパイア劇場」。「映画館の輝き」なんていうのもなんだか含みがあって良いかもしれませんね。劇中、映写技師ノーマンは1秒24コマの世界を人生の幻影(Illusion Of Life)と表現した。人に闇は見えないとまで言った。彼もまた、自らの影の部分を知っている人間だからです。

一方でヒラリーはこうも伝えてくれます。「恥って心を蝕むのよ」どうせ誰も自分のことなんてだとか、理解してくれる人にだけとか。スティーヴンと出会っていなければそもそもあのラストシーンに辿り着かなかったはずで、確実に何かが変わり前へ動き始めたことがわかる。そんな抜け感が心地良い115分です、是非劇場で堪能して下さい。

<今後の鑑賞候補作品 ※気まぐれに変更有>

『遠まわりする青』
『いつかの君にもわかること』
『The Son』
『君に幸あれよ』
『コンペティション』
『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』
『雑魚どもよ、大志を抱け!』
『ガール・ピクチャー』
『レッド・ロケット』
『午前4時にパリの夜は明ける』
『それでも私は生きていく』
『EO イーオー』
『私、オルガ・ヘプナロヴァー』
『TÁR』
『Aftersun』
『苦い涙』
『大いなる自由』
『アイスクリームフィーバー』

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