瀬尾夏美

土地を歩いて、話を聞く作家です。風景とことばの記録を考えながら、絵と文章をつくっていま…

瀬尾夏美

土地を歩いて、話を聞く作家です。風景とことばの記録を考えながら、絵と文章をつくっています。 組織やユニットでも企画や作品制作をしています。NOOK→http://nook.or.jp 、小森+瀬尾→ http://komori-seo.main.jp

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  • 物語

  • 二重のまち/交代地のうたを編む

    小森はるか+瀬尾夏美による、2018年9月1日から15日までの滞在制作についてなどを、おもに瀬尾が綴ります。

記事一覧

SとR 第四章 Sの青年が戦地から戻る

私はふるさとに帰る 海に出てから船はよく揺れたが、数日経った頃にはH町に到着した 私は港から駅行きのバスに乗り、本州を南下する汽車に乗った ふるさとまではあと数日…

瀬尾夏美
3年前
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SとR 第三章 Rの青年が戦地から戻る

私はふるさとに帰る ついに戦場に行かなかった私は、どうやら生きて帰ることになった 汽車は、生き残った兵士たちで溢れかえっていた 若い男たちがぎゅう詰めになった車内…

瀬尾夏美
3年前
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SとR 第二章 Sに暮らす青年が戦地に行く

※Sはとある地方の都市。 ーー 私は戦地に行く 私は戦地に行く 私はと言えば、戦争はどこかばかばかしいものだと思っている なぜそんな認識になったのか、今となっては…

瀬尾夏美
3年前
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SとR 第一章 Rに暮らす青年が戦地に行く

※Rは沿岸のまずしい田舎まち。 ーー 私は戦地に行く 戦争が怖いとか死ぬのが怖いとか、そういう気持ちは特にない 本当になんというか、取り立ててこれと言った感情がな…

瀬尾夏美
3年前
6

みぎわの箱庭

それは、春になる前の寒い日のこと 午後の仕事が落ち着いて、 ちょうどひと息入れようかというころにね 大きく大きく、地面が揺れた 遠くの海がたちまちふくれ、 そのまま…

瀬尾夏美
4年前
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2012年3月11日

一年目のその日の光景を、私はよく憶えている 私は、津波に洗われたまちを訪れた 海辺には、流されたものたちが片付けられ、 高く積まれた「瓦礫山」があった 人びとがぞ…

瀬尾夏美
4年前
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二重のまち

 2031年、春 僕の暮らしているまちの下には、 お父さんとお母さんが育ったまちがある ある日、お父さんが教えてくれた 僕が走ったり跳ねたりしてもびくともしない この…

瀬尾夏美
4年前
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二重のまち/交代地のうたを編む-はじまり

  いよいよというか、思っていたよりもずっと早く、9月がやってくる。  1日から15日のあいだ陸前高田に滞在して、小森+瀬尾のあたらしい作品をつくることになっている…

瀬尾夏美
5年前
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SとR 第四章 Sの青年が戦地から戻る

SとR 第四章 Sの青年が戦地から戻る

私はふるさとに帰る
海に出てから船はよく揺れたが、数日経った頃にはH町に到着した
私は港から駅行きのバスに乗り、本州を南下する汽車に乗った
ふるさとまではあと数日かかるようだ
およそ4年ぶりの帰郷であって、戦争に負けた後この国に一体何が起きて、いまどういう状況なのかはよく分からないし、分かりたくもない気がする
例えばさっき私が通ってきた海は、いまは一体どのような名前で呼ばれているのだろう
ぼんやり

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SとR 第三章 Rの青年が戦地から戻る

SとR 第三章 Rの青年が戦地から戻る

私はふるさとに帰る
ついに戦場に行かなかった私は、どうやら生きて帰ることになった
汽車は、生き残った兵士たちで溢れかえっていた
若い男たちがぎゅう詰めになった車内には汗のにおいが充満し、鼻の奥にツンと刺さる
私は思わず吐きそうになる
腹の調子が悪い
よろめきながら人をかきわけ、車内を進む
汽車の連結部分で、尻を出して糞を垂れる
走る汽車から線路上に落ちたそれは、瞬く間に見えなくなった
私はしゃがみ

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SとR 第二章 Sに暮らす青年が戦地に行く

SとR 第二章 Sに暮らす青年が戦地に行く

※Sはとある地方の都市。

ーー

私は戦地に行く

私は戦地に行く

私はと言えば、戦争はどこかばかばかしいものだと思っている
なぜそんな認識になったのか、今となってはよく分からない
頭が半端に悪くて、身体は強くも弱くもなく、ずるい性格だったからだろう
これと言ってはっきりとやりたいことがあった訳ではなかったが、若いうちに死にたいとは思えなかった

きっと勝てない戦争だと思っていた
相手は強い

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SとR
              
            第一章
            Rに暮らす青年が戦地に行く

SとR 第一章 Rに暮らす青年が戦地に行く

※Rは沿岸のまずしい田舎まち。

ーー

私は戦地に行く

戦争が怖いとか死ぬのが怖いとか、そういう気持ちは特にない
本当になんというか、取り立ててこれと言った感情がない
ただ世の中がこうだから、時期が来たら行くものだと思っていた
それが明日なのか来月なのか来年なのか、どれもあり得るし、どれでもよい、というような気がする
労働でくたくたになった身体で床につき、そんなことが一瞬頭をよぎって、次の瞬間

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みぎわの箱庭

みぎわの箱庭

それは、春になる前の寒い日のこと
午後の仕事が落ち着いて、
ちょうどひと息入れようかというころにね
大きく大きく、地面が揺れた

遠くの海がたちまちふくれ、
そのままぱちんとはじけてしまって、
まちに覆いかぶさった

雪降りの夜が明けて、
浮かびあがってきた風景に
みなが立ち尽くしていたときにね
男の人たち、壊れたまちまで降りて、
生き残った人を探したんだよ

毎日毎日探してね
助けられた人もいた

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2012年3月11日

2012年3月11日

一年目のその日の光景を、私はよく憶えている
私は、津波に洗われたまちを訪れた

海辺には、流されたものたちが片付けられ、
高く積まれた「瓦礫山」があった
人びとがぞろぞろと並び、それに登っていく
私も列についていくことにした

たいして高くはない山の上からは、流されたまちが一望できた
すっかりと晴れて、どこまでも遠くが見える
周りの人たちは、ひそひそ声で話し合いながら、
ここに何があったのかを

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二重のまち

二重のまち

 2031年、春

僕の暮らしているまちの下には、
お父さんとお母さんが育ったまちがある
ある日、お父さんが教えてくれた

僕が走ったり跳ねたりしてもびくともしない
この地面の下にまちがあるなんて、
僕は全然気がつかなかった

下のまちの人はどうしているの、と尋ねると、
お父さんは、僕をまちの真ん中の広場まで連れて行った

そこは僕が友だちと遊びに行く、いつもの広場
広場の真ん中には大きな石碑があ

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二重のまち/交代地のうたを編む-はじまり

二重のまち/交代地のうたを編む-はじまり

  いよいよというか、思っていたよりもずっと早く、9月がやってくる。
 1日から15日のあいだ陸前高田に滞在して、小森+瀬尾のあたらしい作品をつくることになっている。いままではほとんどふたりきりで作品制作をおこなってきたけど、今度はもうすこし大所帯になる。それだけでも緊張感があるなあと思っている。はっきり言って結構こわい。けど、やってみたいし、つくりたいと思う。
 現場での制作に入る前に、なぜこん

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