紫倉 紫

小説を書いています。 noteには短編を置いていますが、基本的には長編書きです。 代…

紫倉 紫

小説を書いています。 noteには短編を置いていますが、基本的には長編書きです。 代表作『赤いホタル』 https://estar.jp/novels/23461336

マガジン

  • 短編小説集『空の飛び方』

    短編集 長編はこちらで。 https://estar.jp/users/106478440

  • 関西のステキな場所を紹介します。

  • いのまたむつみ展

最近の記事

1995年1月17日早朝

5時46分00秒  胸騒ぎがして、目が覚めた。  辺りはまだ暗い。室内とはいえ、朝の空気は冷え切っていた。隣で眠る幼い息子の寝息以外は何も聞こえなかった。  子供の体温は高い。  布団の中で手を伸ばして、そっと引き寄せる。背中にうっすら汗をかいている。手のひらに、息子の心拍と呼吸のリズムが伝わってくる。  小学生になってから、急に成長した気がした。痩せているけれど、肩も背中もしっかりしてきた。  突然、爆音がした。何が起こったのかがわからず心臓が早鐘をうつ。  確かに、体が

    • 今年読んだ小説 純文学系とその他

      前回、ミステリー系を紹介したので、純文学系とその他を。  基本的に、わたしは純文学を好んで読みます。  今年前半に読んで、良かった小説をいくつか紹介します。 (後半は全く読んでないので紹介するものはありません。) 改良 (河出文庫) | 遠野遥 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon Amazonで遠野遥の改良 (河出文庫)。アマゾンならポイント還元本が多数。一度購入いただいた電子書籍は、KindleおよびFire端末、スマートフォンやタブレ

      • 今年読んだ小説 ミステリー系

        2022年前半は、私にしてはたくさん小説を読んだ。 それに、読書家の人に面白いとすすめられた物ばかりだったので、外れなし。 とくに、心に残っている小説を、ざっくり、紹介する。 (後半は全く読んでないので紹介するものはありません。) (あくまで個人の好みなので、あしからず) ダレカガナカニイル… (講談社文庫) | 井上夢人 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon Amazonで井上夢人のダレカガナカニイル… (講談社文庫)。アマゾンならポイント還元

        • 最終選考ノミネート作品が公開されました。

           別のペンネームで応募したので、紫倉紫ではありませんが、最終選考にノミネートされました。  実は、こちらの文学賞、Twitterでみかけたので、募集開始直後から存在は知っていたのですが、応募する気はまったくありませんでした。  Twitterのお友達の大好きな作家さんが応援大使になり、「一緒に応募しよう」と誘われた時にも、私は根っからの長編書きなので、「5000字なんて、主人公の自己紹介で使い切る」と、即、お断りしました。  とにかく、短編を書くのが苦手なのです。  京都

        1995年1月17日早朝

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        • 短編小説集『空の飛び方』
          13本
        • 関西のステキな場所を紹介します。
          1本
        • いのまたむつみ展
          3本

        記事

          人生で一番最悪な、クリスマスエピソード。

           子ども達が幼かった頃、私は、親からとサンタさんからのプレゼントを両方用意していた。ゲーム機などの、高価な物ではないけれど。  サンタさんからのプレゼントは、枕元の置いてみたり、「あー寝る前に鍵を開けておくの忘れてた」と、玄関の外にかけておいたりと、毎年、いろいろなパターンで渡していた。  努力の甲斐あって、子ども達はサンタさんを、長い間、信じていた。  三女が、小五の頃。  そろそろ、二つずつプレゼントを用意するのも面倒に思えてきた。  子ども達と、クリスマスプレゼントの

          人生で一番最悪な、クリスマスエピソード。

          買ってよかったもの

          私は、ゴッホの『花咲くアーモンドの木の枝』の色がとても好きだ。 去年は、のれんのような物を買って、寝床の間仕切りに使った。 今年は、エコバッグをみつけてしまい、迷いに迷ったのだが……。 というのも、エコバッグを使わないから。 だけど、図書館で本を借りるときなど、活躍の場はいくらでもありそうだと、思い切って購入した。 色がきれいだった! 気を良くした私は、リュックの中の整理にちょうどいいとポーチまで買ってしまった。 ちなみに私の好きな画家はゴッホでは無い。 ジャン=フラ

          買ってよかったもの

          空の飛び方

          「私たちが幼馴染なのって、奇跡だよね」  あの日、遥が突然そんなことを言いだしたものだから、僕は狼狽えてしまい、「ばっかじゃねーの」と、手に持っていた数学の教科書を放り出した。机が大げさな音を立て、遥は一瞬驚いた顔を見せたけれど、すぐに「まー君にはわかんないかなあ」と、目を細めた。  遙とは幼稚園からの幼馴染だった。母親同士がママ友で、小学生の低学年までは、お互いの家をよく親子セットで行き来していた。中学生になってからは、成績の良い遥に僕の母親が頼んで、時々一緒に勉強をしてい

          空の飛び方

          『ある男』を観た。

           私の大好きな小説家、平野啓一郎先生の小説『ある男』が映画化されたので観に行った。  平野啓一郎先生の作品の中で一番好きなのは『空白を満たしなさい』という小説なのだが、人に、先生の作品を勧めるときにはいつも『ある男』と言う。  理由は、適度な長さで、エンタテインメント小説に近い引きもあって、そして、純文学的な読み応えを兼ね備えた小説だからだ。  この小説の主人公は、城戸という弁護士だ。  城戸は宮崎に住む谷口里枝からある依頼を受ける。それは、亡くなった彼女の夫が、本当は誰だ

          『ある男』を観た。

          彼女の待ち人

           僕は、同期の女性二人に誘われて職場近くのワイン酒場に来ていた。  金曜の夜には、ふらっと行っても入れないと聞いていて、三人で予約をいれてあった。  入ってすぐ漂ってきた、焼けたチーズの香りに食欲をそそられた。肉の焦げ目の匂いもする。  外からはこぢんまりした店にみえたが、カウンターや相席用の大テーブルもあわせて意外に客席がある。評判通りの賑わいで、僕らが店に着いた時間には、すでに八割ほどが埋まっていた。店内はBGMをかき消すほどの明るい話し声が溢れていた。  木肌をふんだん

          彼女の待ち人

           僕は、君に送る言葉を探している。なぜなら最近、君が冷たくなったから。  目覚めてすぐに、スマホの通知をみた。  まだ、夜は明けていない。暗闇の中にスマホの画面が浮かび上がる。通知がないものを開いたところで、届いているはずはなかった。  ベッドに入ったのは0時を少し回った頃だった。それから、目覚めるのは三度目。僕は毎夜、こんなことを繰り返している。  待っているのは、付き合ってひと月になる彼女からの返信だった。  本当なら、電話をかけて声を聞きたいくらいだが、僕は彼女の電話

          今日一日と一週間分のこと。

           『私は、早瀬孝太の母親です。突然の手紙に驚いたことと思います。  毎年夏休みにはこちらに来られますが、今年はいつ頃になるのでしょうか。  孝太が、あなたに会いたがっています。あなたから声をかけて、いろいろお話をしてもらえませんか。  あの子があなたに会えるのは、今年が最後になるかもしれません。』                  ☆  小学生のころ成美の両親は離婚をした。  小学四年から六年までの間、成美は高知で過ごした。成美の母が実家に身を寄せたのだ。  そこで、早瀬

          今日一日と一週間分のこと。

          「またね」はまた会いたいという意味ではない。

           私はよく男の人に誘われる。  この状況をグチにすると、嫌みにしか取られないことにも困っている。  とにかく、誰からも声をかけられたくない。たとえどんなイケメンであろうと。  そんな私にとって「またね」という言葉は、本気の断り文句であるのに、どうしてもわかってくれない相手がいる。  それは、演劇部の後輩、黒崎歩だ。  黒崎君は、照明や音響をしたくて演劇部に入ってきた。他にも演出や脚本専門の部員もいるのだからおかしなことではない。しかし、黒崎君ほどの容姿があれば、普通は役者を選

          「またね」はまた会いたいという意味ではない。

          恋のはじまり

           思い出したいのに、どうしても思い出せないことがある。  確かに声を聞いたはずなのに、彼女の言葉は今、文字でしかなくなった。 ――あなたが好きです。  いつだったか、どこだったかも、彼女が僕を見上げ、言葉を発してすぐにうつむいたことも覚えている。  顔は、口元しかイメージできなかった。目はどうだったろう。  いつから、顔が思い出せなくなったのか、それも判然としない。  名前は、最初から知らなかった。  僕にとって彼女は時々、図書室で顔を合わすだけの存在だった。  同じ年だとわ

          恋のはじまり

          まほろばに星の降る夜

           遺言信託を提案するために顧客の家を訪ねた。庭先の楓が色づいている。  門の前でコートを脱ぎ、腕にかける。時計の秒針をみながら約束の時間ピッタリに、インターホンを押した。  私が男性と一緒に訪問したものだから、出迎えてくれた西村様に「夫婦で来はったんやな」と、茶化された。西村様は、セクハラに近い冗談をよく言う。八十二歳の男性で、一回り下の配偶者がいる。『子なし夫婦』だった。西村様は八人兄妹で、そのうち半分は亡くなっており、甥や姪に相続権が代襲されていた。相続の時は、関係が薄い

          まほろばに星の降る夜

          解放、あるいは、永遠の呪縛。

           母が、櫂(かい)の部屋を定期的に掃除し保ち続けるのは、それが、腐らない遺体だからかもしれない。  久しぶりに櫂の部屋をのぞき込んですぐに、そんな考えがよぎった。  十年もの間、絶対に帰って来ない櫂のために維持されてきた寝床や勉強スペース。無駄でしかないのに、わたしも「処分したら?」とは、言い出せない。  生きていればとうに、学生時代の勉強机など必要なくなっている。  現にわたしは、卒業後シンプルな物に換えた。その机も家を出ると決まった時に、捨てた。  部屋に入る。  深い

          解放、あるいは、永遠の呪縛。

          死にたい病

           ツイッターで『死にたい』と呟いたら『一緒に死ぬ?』と、リプライがきた。  ぼくは、スマートフォンの画面をしばらく見詰め続けた。  そのうちにぼくの中にあった漠然とした願望が確かな輪郭を得ていく。ぼくはその過程を、思考の片隅で意識していた。  これまでのぼくには多分覚悟がなかった。 「死にたい」と言いながら、実際には「生きていたくない」だった。ようは、自発的でなく、偶発的でもかまわない。  初めて「死のうか」と思いついたのは、一年ほど前だった。きっかけは、お気に入りのキーホル

          死にたい病