イデオロギーは悪なのか〈4〉

 人が社会集団に属することにおいては、実にさまざまなことが、そしてそのさまざまなことの一つ一つが、その集団において、それに属する人たちの間で共通していることとして考えられ、またそのように共通したものとして、それぞれの人たちにおいて実際に実行されることになる。
 その集団の中で、その集団に属する人たちが、その共通性について思い浮かべるとき、それぞれの人が、それぞれにおいて共通したものとしての「それ」を思い浮かべることができ、またその集団に属する人たちのそれぞれの人がそれぞれに、「それ」をその集団に共通したものとしての「それ」であるということにもとづいて、その集団に属するその人自らが実際に、そして現実に実行することができる。

 ところで人や社会集団において共通した考えや行動が体系化されているというのは、その集団における「ある考え」や「ある行動」を見出せば、その集団の共通した考えや共通した行動をもまた見出すことができる、という意味でもある。
 つまり、ある集団に属していると見られるある人のある行動を見れば、それで「その人たち」の共通した考えを見出すことができるというようにも考えられ、またある人のある行動を見れば、もしその人が「それとは別の」行動をするときでも、そこでその人がどのような行動をするのかが、前もってわかるはずだというように考えることもできる。
 要するに、そういった共通した考えや行動によって、実際の考えや行動を先取りして見出すことができる、ということになる。まだ実際には考えられてもいないし行動されてもいないようなことも、「その人たちなら、きっとそうするだろう」と前もって予測することができるようになる。
 さらにその人や社会集団において共通した考えや行動が、それに属する人たちを支配しているというのは、「その集団に属している限り」はその集団に共通した考えや行動をとることは当然のことだと見なされるからであり、逆にその集団に属しているのにも関わらず、その集団に共通した考えや行動をとらない、あるいはその集団に共通した考えや行動に「反する」考えや行動をとるのであれば、彼がその集団に属していること自体に疑義が生じることになり、ゆえに彼がその集団から排除されることも当然のことだと見なされるからだと言える。

 イデオロギーは、人や社会集団の共通した考えや行動に先行している。つまりイデオロギーは人や社会集団が関係し、かつ彼ら自身が形成しているさまざまな現実に先行している。そして彼らがそれにもとづいてそれらを形成することを支えている。人や社会集団は、彼らが関係しかつ形成する、それらの現実に先行しているイデオロギーを通じて、それらとの関係や、その形成の過程を、それに先行して知ることができるところとなる。
 一方、イデオロギーにもとづいて共通に考え行動する人や社会集団は、他の人や社会集団もまた、イデオロギーにもとづいた共通性を持っていると考え、その考えを前提にして、その「他の人や社会集団」と関係する。その、人や社会集団において見出される考えや行動は、その人や社会集団の共通した考えや行動を表象する考えや行動として見出されている。
 また、その人や社会集団においてすでに見出されているものとは違う、その他の考えや、その他の行動が、実際にはまだ見出されてはいないのだとしても、それはすでに見出されている考えや行動に関連づけられ、それが実際に見出されるより前に、それに先行して見出されるものとなる。
 イデオロギーはむしろそのように、他の人や社会集団の共通した考えや行動を、その人や社会集団と関係するより前にすでに、それに先取りして見出すことに役立つ。その人や社会集団と実際に関係するとき、その実際に関係するときよりも前にすでに、その人や社会集団の考えや行動に、自分自身の考えや行動を関連づけ、その関係を自分自身において理由づけ意味づけることに、イデオロギーは役立つ。

 そのようにして人は、イデオロギーの重層的な構造の中で主体化され、なおかつその重層性の綜合として、個人として主体化される。
 そのように主体化された現実の個人は実は、社会の支配的なイデオロギーの想定する主体化された個人の「表象」とは一致しないこともある。なぜなら、支配的なイデオロギーは、たとえ支配的であるからといっても結局は部分的であり、重層の一層であるのにすぎないからだ。しかし、支配的なイデオロギーはまさにその支配性において、個人の表象を支配的に主体化し、自身の規定する以外の主体化された個人の表象を抑圧するのである。そしてもし、その支配的なイデオロギーの規定する以外の部分、それに重ならない部分において自己を主体化している個人がいるならば、それに対しては抑圧するのにとどまらず、その個人そのものまでを排除しようとするのである。
(つづく)

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