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down the river 最終章⑤

週は明けて火曜日の夜8時、ユウが入っている寮の近所にある安価で有名な某ファミリーレストランにBlue bowの面子が揃った。
そしてその中になんと瀧本もいる。
大きめのボックス席で5人が一堂に会した。
5人が揃うのは瀧本がバンドをユウに託し、去る時依頼ではなかろうか。

「瀧本さん、久しぶりですね。」

「元気そうだね。天才。モッちゃんの感じからすっと穏やかな話じゃなさそうだな。」

『誰があんたに来てくれって言ったんだよ…。モッさんが呼んだのか?余計な事を…。』

ユウの沈黙の悪態は目に現れ、瀧本を刺す。
その刺すような目のままユウは会話を続けた。

「俺は天才でも何でもないです。それは間違い。だけど元気そうってのと、穏やかな話じゃないってのは正解ですね。」

ユウの刺すような目と苛ついた様な口調に瀧本は若干顔をしかめ、顔を横に向けた。
それを見たユウは一気に畳み掛けた。

「モッさん、花さん、ヤムさん、俺はZ-HEADへ加入します。決めました。」

花波はコーヒーを飲む手を止め、矢村はユウの顔を見つめゆっくりと頷いた。
元田は下を見ながらハンバーグを食べ続けている。
ユウの台詞に登場しなかった瀧本は斜め下から思い切りユウを睨んだ。

「デモテープももらった。今週の土曜日リハがある。それに参加してそれでZ-HEADのメンバーに判断してもらう。」

「ま、まだ加入が決まった訳じゃないんだな…?」

瀧本が身体を震わせながらユウに言った。
ステージを演劇の舞台の様に変化させ、観客を虜にしたあの日の瀧本ではなかった。
惨めな目つきと惨めな態度で惨めな台詞を歳下であるユウに吐き捨てる様は、あの日の瀧本とはまるで別人である。

「モッさん…ごめんね…俺やっぱ自分を捨て切れねぇや…。」

ユウは瀧本の台詞には反応せず、元田の方へ身体を向けると軽く頭を下げた。

「戻らないと決めたの?」

元田はハンバーグをナイフで切りながらユウをチラリと見た。
元田の質問の意味がわからずユウが元田の顔を覗き込むと元田が言い直した。

「Z-HEADのオーディションリハに参加するんだろ?Blue bowには戻らないと決めたの?Z-HEADがダメだったらBlue bowに戻るなんていう中途半端な覚悟じゃないんだろな。瀧本はそういう覚悟を持ってBlue bowから去ったんだ。瀧本、違うか?」

瀧本はハッとして元田の方を向くと勢いよく頭を縦に振った。
恐らく瀧本は元田の言った事の半分も聞いていないのだろう。
そういう反応だ。

「その話をしに来たんだよモッさん。これから話すさ。」

ユウは瀧本の反応を見向きもせずに淡々と話を進めた。

「モッさんの言う通りだよ。俺はBlue bowを抜ける。俺はZ-HEADを選んだ。花さん、ヤムさんはそれでいいですか?」

「何が言いたい?それでいいですかってどういう意味だよ。」

花波は言い終えるとコーヒーを啜りつつユウを睨んだ。

「俺の口から言わせるんですか…?恥ずかしいなぁ…。」

ユウは照れた様子で後頭部を右手で掻いた。
花波はユウが何を言い出すか理解したのだろう、こめかみに太く青い血管が浮き出る。

「俺が去る事でBlue bowのボーカリストとベーシストの両方を一気に失う事になる。解散の危機じゃないですか?俺をキープしておく事は…」

「心配はいらない。進め。お前の信じた道を進むんだ、ユウ。大丈夫だから。な?花やんは知っての通りベースも弾ける。ボーカルも出来る。何も心配はいらない。」

元田は諭す様な口調で、ユウの話を遮った。
そしてユウはその内容に唖然とした。
引き留める事はしないまでも名残惜しさを匂わせる事はあるだろうと思っていたのだ。
その反応を楽しみつつBlue bowを去る、それがユウの浅はかな計画だった。

「花さんが…う、歌も?」

「お前に話していなかったっけ?Blue bowのメンバーは流動的だったんだよ。そんな中花やんは何でもこなす様になった。ヤムちゃんが入る前はドラムも花やんがやってた。瀧本が入る前はギターもボーカルもやってたんだよ。だから3人になってもまったく問題ない。だから行けよ。心配するな。」

「そうそう、ユウの邪魔はしないよ?しっかりやってきな。大丈夫。」

恐らく元田はユウの浅はかな計画をお見通しの上で嫌味混じりの台詞を吐いたのだろう。しかし矢村はユウの台詞も元田の台詞も純粋に受け取り心から祝福し、送り出す台詞を笑顔でユウに投げかけた。
矢村の純粋な笑顔と台詞がユウの荒んだ心を抉った。
今のユウにとって太い血管をこめかみに浮かべている花波の表情を見ている方が心が洗われる。
そして元田は話を続けた。

「瀧本も新たな道を選んでBlue bowを去った。そして俺達はそれを止めなかった。ユウ、お前と瀧本の間でどういう話があってどういう決着がついたのか知らないけどね。」

「モッちゃん、こいつは…!」

瀧本がユウを指差し、口を挟んだが元田は構わず話を続けた。

「ユウはZ-HEADを選んだ。それだけだよ。頑張ってこい。」

そう言うと元田はハンバーグの最後の一切れを口に運び、ムニャムニャと咀嚼した。
そして元田はそれを飲み込むと黙ってしまったユウの顔を睨んだ。
元田の表情の変化にユウは少したじろいだ。

「ユウ、お前は迫島という相棒を捨てたな?そして今回俺達を捨てた。なんなんだ?お前は。何がしたいんだ?信念も何も無いのか?」

「モッさん、俺は何と言われようと何とも出来ない。だからまぁ…何とでも言ってくれ。話は終わり。最後にもう一度。今までありがとうございました。お会計は俺に任せて。」

ユウは頭を下げると注文票を手に取り席を立った。
元田と花波は怒りの表情を浮かべ、矢村は笑顔だ。
瀧本は顔を斜め下に向けて悔しそうな表情を浮かべている。

『負け犬どもが。お前らはただの踏み台だ。単純な話だ。お前らは俺にとって魅力は無い。ただそれだけだ。』

ユウはレジへ向かってゆっくりと歩きながら負け犬達の表情を頭で再生する。
堪えきれない快感がユウの口元の筋力をゼロにしてしまう。
ユウは涎を右手で拭った。

「ユウ!頑張れ!」

「え…?」

不意に襲った声の方向にユウは顔を向けると矢村がキリッとした表情で立っていた。
矢村はユウが振り向いたのを確認するとツカツカとユウの元へ歩いてきた。

『な、何だよ!何だ?』

「痛ぇっ!」

矢村がユウの手を取り力強く握った。
凄い握力だ。
ミシミシとユウの手の骨が嫌な悲鳴を上げる。

「ユウ、頑張れよ。何と言われてもお前は魅力的なアーティストだよ。どんな決断をしてもどんな事を言われても結局最高のアートが出来上がればいいんだよ。」

「ヤ、ヤムさん…。」

口数が少ない矢村がユウに語っている。
ユウは信じられないといった表情を浮かべている。

「応援してるよ、ユウ。頑張れ、我らがリーダー。」

「ヤムさん…ありがとう。あんたアーティストだな。アートの為にはドライな決断も必要って事を理解してる。モッさんも花さんも人間臭すぎるんだよ。あんたは理解してくれるんだな…ありがとう…。」

感激した様子のユウは矢村の手を握り返した。
矢村は頷きながら更に握り返した。
そして矢村の握力が弱まったところでユウは反射的にその手を離した。
不快感や嫌悪感からではない。
これ以上この矢村の手を握っているとユウが自身の決断を揺るがしてしまいそうになったからだ。
矢村はユウの複雑な心情を理解したのか目に涙を浮かべ、ゆっくりとまた頷いた。

「ヤムさん、ごめん。ありがとうね。」

ユウはそこまで言うと何かを切り捨てるかの様に素早く身体を回転させその場を離れた。
そしてレジで会計を済ませると足早にファミリーレストランから去っていった。

・・・

「あぁ難しいなぁ…。しかもあんま俺の好みじゃあねぇんだよ。」

ユウは苦戦していた。
寮の自室でベースを抱え、ヘッドホンを外し呆れた様子でため息をついた。
Z-HEADの曲は何度もライブで聴いているし、今回のデモテープに収録されている2曲もユウは聴いた事がある。
しかし聴いているのと実際演奏するのとではまるで世界が違う。
前ベーシストの腕を完全に見くびっていたユウにとっては衝撃的なほど難しい。
不協和音寸前の音にうねりを与えてぎりぎりギターとの調和を取っている様な奏法は少しのズレで一気に不快な不協和音に仕上がってしまう。
ベースとボーカルを兼任していて、どちらかというとボーカルに重点を置いていたユウにとっては別次元の難しさだ。
そしてヘヴィネス重視だったBlue bowに比べてテンポも桁違いに速い。

「これを…テスト曲に選ぶとはね…。イジメとしか思えねぇ…。数日で仕上がるシロモンじゃないって…。」

深いため息を吐き切ったその瞬間ユウのPHSが鳴った。

「はい、んぉ、どうした?」

ユウは通話ボタンを押すと同時に煙草に火を点けた。

「え?マジか…いや、でも、…うん。あぁそう…え…?本気で?そう…か…。」

ユウの眉間にシワが寄っていく。

「…そうか…。それってまぁありがたい事なのかな…。うん。あぁ。…わかった。明後日だな。明日はなんか会社の研修でテストやるんだよ。また例の大学行ってさ。だから帰り遅いんだよ。バカバカしいよ、本当に。あぁ、明後日な。明日また電話くれよ。はい、じゃあね。」

ユウは通話を切ると煙草の煙を思い切り吸い込んだ。
その表情は険しい。

「…Z-HEAD…。自分のモノに出来るか…でも…でも…」

ユウは両手で頭を抱えた。
この選択が今後の行く末を決めるという気がしていたのだ。
その不思議な確信と胸騒ぎに対し、今までに無いほどにユウは頭を使った。
そしてある光景が頭に浮かんだ。

「ユウ!上がれよ!」

〈3年間ありがとう!!またすぐ遊べるさ!でも今だけさよなら。今だけな。有田敬人〉

「俺はユウと音楽をやっていきたい。」

〈優は最高のパートナーだ!今までも!これからも!! 迫島秀徳〉

敬人と迫島の台詞と共に卒業アルバムの寄せ書きが再生される。

「俺は…必要と…されていたんだな…意外と。でも…なんで今…こんな事思い出すんだろ…なんで今なんだろう…。」

・・・

前回社員研修として訪れた私立大学の講堂にユウ達同期社員は再び集められていた。
そして教壇には例の人事課の新人教育担当が仁王立ちしている。

「午前中は復習を行なう。午後の試験に向けてだ。これほど手厚く試験の対策をしてやるんだ。しっかりと高得点を取るんだ。いいな。」

『おいおい、気分は教授か?たかが人事が教授気取りしてんじゃねぇよ。恥ずかしい奴だな…。』

ユウは当然の事ながら試験勉強などしていない。
Z-HEADの曲の練習もするにはしたがなぜか身が入らない。
そして慢性的な寝不足がユウを襲い、この時のユウの気分は最悪であった。
気分が最悪なまま受ける試験対策の授業も当然まるで身が入らない。
昼食の時間になっても胃が半分になったのかと錯覚するほど食欲が湧かない。
ユウは会社から支給される昼食を半分以上残すと机に突っ伏した。

『やってらんねぇ…。本当に…俺はZ-HEADを乗っ取る。尾田さんも加賀美さんも切り捨ててやる。そして…そ…し…』

ユウは根拠の無い自信と訳のわからない野心に胸を踊らせているとウトウトとまどろみ始めた。
その時、何かに斬られたかの様な感覚がユウを襲った。
その後、ピリッと弾ける様な痛みと、滑りのある温かい液体が流れて肌を伝うあの感覚だ。

「血ぃい!?」

ユウは悲鳴と共に飛び起き、辺りを見回すが目に飛び込んで来るのは同期達の冷ややかさと驚きの混じった何とも言えない表情ばかりだ。
ユウはそんなものは意に介さず、辺りを隈なく見回す。

『な、なんだよ!ふざけんな…!なんだよ!あぁ!?』

まだ何かを感じる。
悪意、殺意、敵意、その全てが混じり合い巨大な刃物になった様な、そしてその刃物をピタリと首元に当てられている様な感覚がまだ残っている。

『りょ、亮子…か?そんな馬鹿な…もうお前は成仏してんだろ?あの家で感じたものはお母さんのモノだったんだ。お前じゃないだろ?なんだ?一体なんだ!!ぐ、ぐあぁ…』

ユウの頭の中ですりこ木を擦る音がやけに大きく響き渡る。
かなりのボリュームだ。
その中で何か懐かしい声が聞こえてきた。

『ダメ…イッテハダメ…ゼッタイニ…ダメ…』

『あれ?なんだっけ?ダメだって言われだけど行ったんだっけ?行ってどうなったんだっけ?っつうか…その前に…これ…この声…誰だっけ…?あれ?俺は一体…?』

ユウはそのままパニック状態になり人事に連れられ、医務室へと運ばれた。


※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。

※いつもご覧いただきありがとうございます。down the river 最終章⑥は本日から6日以内に更新予定です。
申し訳ございませんが最終章は6日毎の更新とさせていただきます。
更新の際はインスタグラムのストーリーズでお知らせしています。是非チェック、イイね、フォローも併せてよろしくお願いします。
今後とも、本作品をよろしくお願いします。
もう少しで本作品も完結となります。
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