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down the river 最終章④

※本編を読まれる前に重要なお知らせです。
今回の最終章④ではLGBT、セクシャルマイノリティの方を差別、揶揄する表現が使用されています。
事実に基づき制作されていることと、その時代背景を再現する為にあえて表現方法を変更せずに、そのまま使用しています。LGBT、セクシャルマイノリティの方々を差別、揶揄することは著者の意向とは著しく異なります。不快に思われた方へこの場を借りてお詫び申し上げます。それでは本編をお楽しみください。



尾田との握手を交わしたユウは尾田の車で寮ではなく実家に送ってもらった。
尾田の車内時計は午後9時を指している。

「じゃあ、来週ね。期待してるよ?」

尾田は車から降りて楽器と機材を抱えたユウを運転席から見上げてにこやかにユウへ言った。
ユウはなぜか上手く返答出来ずに、愛想笑いを浮かべて無言で会釈をする事しか出来なかった。

「おやすみ。じゃあね。」

尾田はユウに片手を振ると車の窓を閉めて走り去った。

「何だって…声が出せなかったんだ?ん、まぁいいか…。」

ユウは自分の様子がおかしい事に気が付きながらもその事にあえて触れない様に努めた。
そしてそのまま進むと実家の鍵を開け、玄関へと足を運んだ。

「ただいま。」

「おかえり。」

聞き慣れた母親の声だ。
ユウは居間へと進むと、座ってテレビを見ている母親がいた。
高校時代いつも見ていたいつもの風景だ。

「ただいま。」

ユウは母親の姿を見るともう一度言った。
なぜかもう一度言わずにはいられなかったのだ。
理由ははっきりせずなんとなくではあるが言わずにはいられなかった。

「座れば?疲れたろ?」

母親はテレビを消すとユウの方を向いて鼻をひくつかせた。

「酒…臭いね。」

「先輩にね、奢ってもらっちゃったんだ。そんな事よりなんだい?どうかしたの?いきなりたまには帰って来いだなんて。こっちもこれで中々忙しい身なんだよね。」

ユウは楽器と機材を元々自分の部屋だった場所に下ろすとゆっくりとした動作で母親に向き合う形で座った。

「そう。そりゃ悪かったね。」

「別に悪かぁないさ。寮よりもくつろげるしね。父さんは?」

「今日は遅くなるらしいよ。」

「そっか…しょうがないか…」

「ユウ。」

「何?」

「色々悩まなくていい。親の事を思って悩み苦しむのは止めなさい。」

ユウは一気に酔いが冷めていくのを感じた。
同時に指先が僅かに痺れ始めていく。

「だ…ぉど…ど、どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。」

「…。」

「改めて、入社おめでとう。これを言いたかったんだ。まだスタートしたばかりだけどね。そしてお前は一人で飯を食っていけてる。今現在はね。まだ未成年だけど一応自立したと言っていいでしょ。お前は一応自由の身だ。」

「な、何が言いたい?」

「一応ね、親元から卒業したって事で、いくつかお前に話をしておこうかって。」

「何で今なんだよ。」

「就職が決まったらあんた遊び歩いてまともに話も出来なかったじゃない。そうこうしてたら入社、入寮だ。」

「そ、そうか…わ、悪かったよ。で、何だよ…。」

「まず、いくつかの1つ目。お前が音楽の道を志すならそれもいいだろう。好きにすればいい。このままこの会社で仕事していくのもいいだろう。ただ予め言っておくけど今、お前が経済的に困ったとしても我々親はお前を助ける財力は残念ながら無い。」

「好きに生きていいけど助けはしない…って意味か?そんな事はわかってるよ。わかってる…。俺が大学を目指さなかった理由の一つだ。まぁ国公立に入る脳ミソも持ち合わせてねぇけど。」

「わかってるならいい。」

「わかってんだよ、俺だって。一部の人間なんだよ、広い広い道を歩めるのはな。道の幅を決めるのは金だって事ももちろん知ってるさ。ただ勘違いしてほしくないのは別にそれで嘆いたり苦しんだりはしていないって事。金はあった方がそりゃ楽しいけど今でも十分自分自身楽しんでるからな。お母さんこそそんなもん気にしなくていい。」

「そっか…」

母親は何とも悲しげな顔をした。
親の財力で子の行く末が決定するというのは決して大袈裟な表現ではない。
しかし財力に物を言わせた行く末が子にとって幸せかどうかはわからない。
ただユウの母親はどちらかを選ぶ権利すら我が子に与えられなかった事が悲しくてならないのだ。
そして少し間を置くとユウの母親はユウの顔を見て再び話始めた。

「いくつかの2つ目。ユウには少し嫌な話になるね。大丈夫か?」

ユウはいよいよかと身をすくめた。
確かにユウの予想通りならば確かに嫌な話だ。
恐らくこの先が本題なのだろう。
ユウは肩を勢いよく下げるとゆっくり頷いた。

『多分お母さんは知っている…俺が何者か…何なのか…』

ユウの母親の口が動き出す。
同時にユウの頭の中であの音が響き出す。
すりこ木を擦る様な音だ。
ユウの母親の動きがスローになり辺りの景色がチラつく。
そして思い出された。
一人で玄関に佇み、換気扇の音に怯え、居間にいる何者かの気配に脂汗をかき、亮子の影に怯えた日々。
そしてその何者かは「亮子の亡霊」ではなかった。

「ワタシハオマエヲニクンダ…ナンデワタシトトウサンノムスコガホモナンダッテ…ホントウニホントウニニクカッタ…」

「に、憎ん…」

『や、やはり…お母さん…やはりそうか…あの影は…あの気配は…包み込む様な…あの気配…お、お母さん…だった…の…か…。』

「俺を、に、憎んだのか?」

「…。」

「ホモだから?」

「…。」

「息子を憎むほど…悪い事なの…か…?」

「…。」

「普通じゃないって悪なのか?憎むべきものなのか…?」

「…。」

「答えろよ!!」

「普通じゃないのが憎む対象じゃない…ユウ…違うよ…」

「そう言ってる様なもんだ!!」

「言わせるのかい?」

「あぁ!?」

「普通じゃないユウ…普通じゃない自分の息子が憎む対象だったって事…だよ…」

ユウの全身の毛が逆立つ。
怒りと悲しみが一気に押し寄せて息が荒くなった。
極限まで速まった鼓動に合わせて目の前が赤黒くチラつく。
言葉も出てこない。

『あまりの憎しみが故に…実体化して…俺に恐怖を与えた…それほどまでにお母さんは俺を憎んでいた…という事…か…?』

ユウはあの日を思い出していた。
女の気配、明らかな悪意、恐怖を与えようとする明らかな憎しみ、全て説明がつく。

「でも…」

ユウの母親は目に涙を浮かべた。
それを見たユウの鼓動は更にスピードを上げていく。

「でも、それは親のエゴだった…。」

ユウの母親はそう言い終えると同時に涙を拭いた。

「エゴ…こうあるべき、こうでなくてはならない…年齢を重ねていくとそういうモノが勝手に作られていくんだ…。そしてそれを全く自分とは別人である子に押し付けようとする…勝手に…勝手にだ!!」

ユウの母親は叫び、また涙を拭いた。
ユウの怒りと悲しみは急速に冷凍されていく。
強き母、何にも屈しない母、何が起ころうとも動じない母、全てを受け止められる大きな心を持つ母、その存在が実はただの弱き中年女性だったという事がわかり、ユウはうなだれた。

「お母さん…。」

「ユウへの憎しみが整理し終えた後…襲ってきたのは自分への激しい憎しみだった!子を憎んだという事実が本当に苦しかった!いいじゃないか!しっかりとした高校をしっかりと卒業した!そしてお父さんが働いている会社の親会社に就職した!自立の道を歩んでくれている!それの何が不満なんだ!…ってね…。」

ユウの母親はユウに向かい、静かに頭を下げた。

「ユウ悪かった…男性でも女性でも人を愛する事には変わりない…そしてそれは素晴らしい事…それが出来るユウは憎む対象じゃない…」

「誰から…どこから…どこまで…何を…」

ユウは聞きたい事がまとまらずにただ口が動くままに声を発した。
とりあえず分かっているのは自分の母親は自分が両性愛者であるという事実を理解しているという事だ。

「分かる…分かるんだよ…全部ね…」

「…?」

「人を愛するのは構わない。ただ…」

ユウの母親は顔を上げて涙に濡れた目で真っ直ぐユウの目を見た。

「自分を切り売りするのは止めて。自分を…自分だけを大切にしなさい…。」

「き、切り売り…?」

『ま、まさか…佐々木と遊んでいる事も知っているのか…?バカな…あれほど厳重に管理されてるんだぞ?そんな…』

「切り売りってどういう事だ…?」

「私から…私の口から言わせるの?思い当たる節があるなら多分それだよ…。」

『こ、こいつ…マジか…』

ユウは勢いよく立ち上がり、楽器と機材を隣の部屋に取りに行った。
悲しみや怒りよりも今は何とも言えない恥ずかしさしかない。
女装して何本もの男性の象徴に囲まれて嬉々として恍惚の表情を浮かべている自分をどういう手段を使ったのかは分からないがこの母親は知っている。
そう思うとユウはここから逃げ出さずにはいられなかった。
しかし何かを言わなければならない。
そんな感情がユウを襲う。
その何かがわからずモヤモヤとしている。
楽器と機材を背負い終えるとユウは母親の元へと戻ってきた。
そして母親へ向かい深々と頭を下げる。

「どこまで知ってるか知らないけど…こちらこそ本当に悪かった…悲しませて悪かった、苦しませて悪かった。」

ここまで言うとユウはゆっくりと顔を上げて母親の顔を見つめた。

「子孫…もしかしたら孫は見せられないかもしれないな。時代が時代なら親不孝者と罵られても仕方が無い事なんだろう。でもそれは俺が男を愛そうが、女を愛そうが同じ事だ。確率の問題だよ。」

そしてユウはもう一度母親に向かって頭を腰の位置まで下げた。

『今言わなければ俺は一生後悔する事になる!言わなきゃ!今しかない!かける恥はかいた!今だ!でも…なんだろう?言わなきゃいけない事って…』

「お母さん、世話になった。ありがとう。父さんにも直接伝えたかった。けど今はお母さん、お母さんにだけ伝える。本当にありがとう。しばらくここには戻らない。けど俺はあんたの息子だ。少し変わってるかもしれないけど…あんたの息子だ。感謝してる。そして…同性愛者、両性愛者で…本当にごめん。これ以上憎まないでくれ。それじゃ…。」

ユウの口から勝手に出てきた台詞は感謝と謝罪だった。
何も考えず、何も意識せずに口が動き、感情が声帯を震わせた。
そしてユウは何か最高の爽快感と達成感を得て頭を上げた。
そしてユウは頭を上げると踵を返した。
ユウの母親は目を伏せたまま無反応だ。

『戻らない。俺は戻らないよ。でも俺はずっとあんたの子だ。例え…例えあんたが憎んでいたとしてもだ。そして俺が死んでも、あんたが死んでもだ。じゃあな…。お母さん。』

ユウは玄関に着くと居間の方向を見つめ、もう一度頭を下げた。

「お世話になりました!!」

「強く生きろ!!ユウ!!」

居間から母親の怒鳴り声が聞こえた。
すぐさまユウは反応する。

「またな!!」

『次だ。巣立ちに別れは付きものだ。全てにケリを付けて、羽ばたいてやる。見てろよ。俺は羽ばたいてみせる。日本中を、そして世界を見下ろしてやるよ。その景色をな、父さん、お母さんに見してやるさ。』

ユウは玄関を出ると静かに歩き始めた。
溢れ出る野心をその胸に宿し夜の街へと消えて行った。

※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。

※いつもご覧いただきありがとうございます。down the river 最終章⑤は本日から6日以内に更新予定です。
申し訳ございませんが最終章は6日毎の更新とさせていただきます。
更新の際はインスタグラムのストーリーズでお知らせしています。是非チェック、イイね、フォローも併せてよろしくお願いします。
今後とも、本作品をよろしくお願いします。






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