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【ショートストーリー】甲辰桜花 (キノエタツ サクラバナ)

長い旅路を歩いている
延々と伸びる巨大な胴をうねらせた
龍のような道
空模様は誓いを立てたあの日と同じ
青々と晴れ渡っている

初めは何もなかった不鮮明な道も
朧気ながら徐々に形を成してきている
その過程は一喜一憂の
平凡でありふれたもの
けれど自身の足で歩み続けてきた
正真正銘、僕の道だ

「────?」

長く続く道は時に、
幾重にも重なる無数の道と交差した
特別な場所 (ポイント) がある
それは遠目からでもはっきりと見える程の
大きな一本の龍木が聳え立っている
そこは分岐点のようでいて
または休憩所のようであり
同時に集いの場所でもある

「ああ、またお会いしましたね」

「やぁどうも。調子はいかがですか?」

一人、また一人と龍木に集まっていく中
やっと僕もたどり着いた

「彼はこの前よりさらに逞しくなったな」

「お子さん、大きくなられましたね」

「お前は相変わらずで安心するよ」

再会を喜んだり
変化を褒め合ったり
変わらぬ絆を確かめ合ったり
この温かな人たちはみんな
僕と異なる龍の道を歩く者だ

「皆さんいつにも増して盛り上がっていますね。まるでお祭りみたいだ」

「そりゃそうさ! 何たって花見だからよ!」

「花見?」

「応よ、直に桜が満開にならぁ!」

見上げた龍木にはしかし
花どころか葉の一枚すら無い
今まで何度かこういう場所を通ってきたが
あるのはいつも
枝先に何一つ実っていない
冬の大木だ

「あの、それはどういう……」

「ほらほら! 来たみたいですよ」

「……?」

振り返ると、一本の道を伝い
全力でこちらに駆けて来る女性
団欒していた人たちは
皆急いで彼女の方へ向くと
両手を大きく打ち鳴らし始めた

「頑張れー!」

「あと少し、あと少し!」

「ラストスパート!」

女性はひどく疲れ切った様子だが
表情は見事なまでに晴れ渡っている

声援に包まれた道の中央を
一心に走ってきた彼女は
右手を大きく伸ばして
僕らが集う龍木に力強くタッチした

「おめでとう~!」

「よく頑張ったね!」

「そら、祝杯だーッ!」

瞬間、
彼女の手から放たれた無数の光が
龍木を伝って一気に上昇していく
光は白色から金色
そして鮮やかな桜色へと変わり
木の枝先まで広がった
そして────、


「わぁ~、満開だっ!」


黄金に輝く龍木に春の桜花が
空を埋め尽くすほど咲き誇った
風に揺れた花弁はキラキラと舞い
龍木に集まる者へと降り注ぎ
その中心にいる彼女を盛大に祝った

「これが一本の道を歩き続けた者の景色だよ」

僕の隣で、誰かがそっと教えてくれた

「そうか、これが────」

祝福に包まれる彼女の笑顔と
その下で痙攣している彼女の足とを見比べる
一体どれだけ険しい道を進んできたのだろうか
一体どれだけ長い道を進み続けてきたのだろうか
僕の足はまだまだ
彼女の歩んできた努力には及ばない

「まだまだ、これからだ!」

「その意気だぜ、あんちゃんッ!」

そう
まだまだ、これからなんだ

晴れ渡る青空の下
僕の道は未来へと伸びている


甲辰
一心開き
桜花

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