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伝説のボールペンを探し求めて、南インドまで。


「今回の目的は2つあって、一つはダージリンで紅茶を飲むこと、もう一つはカニャークマリでボールペンを買うことやねん。ずっと前から行きたかったんやわ」

Mさんは、タクシーの窓から夜のデリー市街のネオンを眺めながら、京都弁で熱く語った。会社から半ば強引に長期休暇をもらってやってきたらしい。たったの2週間で、最南端のカニャークマリとインド北東部のダージリンに行くのだという。一気に南下して、一気に北上するプランだという。デリーからカニャークマリまでは列車で最低でも丸2日はかかる。一見無謀な気もしたが、Mさんから発せられる旅への熱量なら可能だと思った。

もう20年前の話だ。私はまだ大学生。深夜のデリー国際空港。関西国際空港からの同じ飛行機に乗っていたMさんに声をかけたのは私だった。深夜の異国に一人という状況が心細かったし、空港からのタクシーをシェアしたかったから。

私たちはタクシーに乗り込み、世界三大安宿街の一つとして有名なメインバザールに向かった。真っ暗な夜道は、モロッコのマラケシュと同じ匂いがした。闇から誰かに見られているような気がして怖かった。

二人は迷いながらも無事に宿に着いた。深夜だが宿の主人は歓迎してくれた。宿の中庭では、宿泊客とおぼしき数人の黒人がヘッドホンをつけて音楽を聴いていた。深夜に突如現れた東洋人をもの珍しい目で見ていた。

就寝前、宿の2段ベッドでMさんと少し話した。こんな感じの会話だったと記憶している。

「ところで、カニャークマリのボールペンって何ですか?」
「地元の友達から聞いた噂やねんやけど、インド最南端カニャークマリに、ラジニーカントのボールペンが売ってるらしいねん。それ聞いて、俺めちゃくちゃ欲しくなってん
「ラジニーカントって、あの映画スターのラジニーカントですか?」
「そう。ムトゥ踊るマハラジャの主役の人」
「映画おもろかったですよね。映画館でみましたよ!」
「めっちゃおもろかったやん?で、ほんまにそんなボールペンあるんやったら、ほしくない?」
「あっ、確かにめっちゃほしい!」
「俺は絶対見つけるで!」
「僕もこれからインド1周するんで、カニャークマリも行く予定なんで、見つけたら絶対に買います!」

インド最南端のカニャークマリで売られていること。映画スターのラジニーカントがデザインされていること。私たちには、この2つの情報しかなかった。

ちなみに、当時のインドにおいて、ラジニーカントは、日本の木村拓哉的な存在だったらしい。歌とダンスの上手な口髭のおじさんにしか見えないのだが。当時日本で全盛期だったキムタクのように、多くの女性ファンを虜にしていたのだ。

ボールペンが売っているのを自分の目で確かめることが、Mさんの旅の大きな動機の一つだった。それは、スケールの小さな話のようでスケールの大きな話なのだ。

翌日、Mさんは南行きの列車に乗って早々と旅立っていった。別れ際、日本に帰国したらまた会いましょう、ボールペンを見せ合いましょう、という約束をした。


『ムトゥ 踊るマハラジャ』・・・当時、日本でも異例の大ヒットを記録したインド映画。喜怒哀楽のすべてを盛り込んだボリウッドの傑作。



インドに降りたって1ヶ月が過ぎようとしていた頃、私もカニャークマリに辿り着いた。私は南インドの強い陽射しですっかり日焼けしていた。Mさんと話した日が遠い昔のような気がしていたけれど、ボールペンのことは忘れていなかった。

カニャークマリは、インド洋とアラビア海とベンガル湾の海が混ざり合う聖地である。海で沐浴をするためにインド全国から巡礼者が集う地だ。お寺や神社の門下町と同じように、屋台や露店商などがそこらじゅうにあった。露天商の商品ラインナップをひとつずつ見ていく。ボールペンはなかなか見つからない。


「あった!」

眼前に岬が見える賑やかな道の露店で見つけた。ワゴンの上にいっぱい並んでいた。絵柄は同じだが、数色のバリエーションがあった。お土産にもちょうどいいと思い、私は迷わず10本ほど購入した。店のおじさんからは、ラジニーカントの大ファンだと思われたに違いない。

Mさんはもう既に帰国しているだろうけれど、1ヶ月くらいに前には確かにここにいて、このボールペンを手にとって、目をキラキラさせたのだろう。そんな想像をすると、Mさんと日本で再会する日が楽しみで仕方なかった。

もう20年前の話だ。現在もそこでボールペンが売っているかはわからないが、私はそのボールペンを今でも大切に保管している。

せっかくなので、読んでいるみなさんが気になっているに違いない(笑)、その伝説のボールペンの写真を公開して終わろうと思う。




《おまけ》
ムトゥ 踊るマハラジャの動画(6分くらい)を見つけました。


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