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発達障害は個性か?(子ども編)



大人編はこちら

何かと物議をかもす話なので子ども編も書いておきます。

まず、僕はこういう大人です。

・自分の子ども、子育て経験:
・子ども全般:好き
・子どもだったこと:

こういう立場から勝手なことを言おうと思います。

ちなみに僕が「当事者」になったのは十代半ばからでした。
現在は治療が奏功し、まあまあ健常者の範囲に入ると思っています。

自己肯定感を傷つけないために

子どもの自己肯定感を傷つけないことは、とても大事なことだと思っています。

記事のタイトルのクエスチョンは「子ども自身が概念を知っている」という前提ですが、大人ですら理解していない発達障害という概念をどうとらえているか、まずはそこを観察するべきだと思います。

「障害」、つまり「一生付き合っていく」というイメージのつきまとう言葉に何を想像しているのか? それは本人も言葉で伝えづらいと思います。
(断っておきますが、別に一生付き合っていく必要はないです。根本治療のための情報発信がこのマガジンの目的です)

その上でもし、過剰な劣等感や「他とは違う」という感覚を持っているとしたら、それは周囲の大人が何とかしてあげなければいけません。

「発達障害という個性」は子どものための方便であり、大人が信じ込むためのものではないです。

それがどの程度自分の幸せに影響を及ぼすかはまちまちですが、「劣っている」という事実は、解釈を変えても「優れている」にはなりません。

そして子どもはいずれ大人になっていきます。

公平に世の中を知ってもらうために

教える、という言い方はおこがましいかもしれませんが、大人は子供よりずっと物を知っているのは事実なので、誰しも教えられることはあると思います。

子どもからすれば、自分の置かれている状況を公平にとらえるためには手助けが必要かもしれません。

僕は、発達障害という概念は「仮」のものだと思っています。

他の精神疾患や認知症等まで含めた精神・神経系疾患と区別がつかないし、客観的な鑑別基準もありません。
「こういう傾向の人多いよね」で病気を定義して回しているのが日本の精神医療の世界です。

僕はそんなスタンスを、マガジン「健常者になろう!」やⅩで徹底的に批判してきました。
が、ここにおいて大事なのは、当事者としての子どもが「こういう子よくいる」事実「そうでない子の方が多い」事実の両方を公平に認識できるか、という事だと思います。

自分と同じことができない人はたくさんいる。でもそれは世の中の大部分で当たり前にできなければいけないことだ。
大人になるまでに、それらの事実を等価に理解し、受け止め、その上で自分はどう生きていきたいか?どんな仕事をして、どんな人と関わり、どんなことを幸せとしたいか。答えを出すことが大事です。

「これはひとつの個性で悪いことではない」と思ったまま大人になっても、「自分は欠陥をもった無価値な人間だ」と思っていても、どちらも確実に痛い目を見ます。

誰かの劣っている部分というのは、居場所によって、それが目に付いたり、あるいはあまり気にされなかったりします。
が、劣っている部分が「優れている」ことになる場所はどこにもありません。
残酷な言い方ですが、自身の経験から僕はそう思っています。

個性であろうが障害であろうが、大人になれば解釈などで現実は変わらないのです。

それまでの猶予の時間に、周囲にいる大人はできる限り子どもが考える手助けすることができればと思います。

大人が決定権を持っている

最後はちょっとした愚痴です。

発達障害やその周辺のワードでネット検索をしても、「あるある図鑑」「周囲の理解の大切さ」「公的支援と自助会」みたいな話しか出てきません。

実際、発達障害や類似した精神疾患で就労不能に陥りつつも、そこから治療によって(ほぼ)健常者に戻れた僕のようなケースは一定数いるのですが、そういった情報はトレンドに上がることすらありません。

保険のきかない儲からない医療行為に奮闘する医療従事者はとても少なく、結果として情報が出回りにくくなっています。

精神科医の言うことを鵜吞みにし「治らないもの」と信じ込んでしまった人と、自分や家族の症状をどうにか改善しようと必死に試行錯誤をする人の情報格差は残酷なほどあります。

それは誰のせいか?
医師なのか、学会なのか、製薬会社なのか、メディアなのか?
ともかく大人のせいであることは100%事実です。

責任のない子どもが割を食い、いずれは大人の一員になって責任を問おうにも「時効」を迎えてしまう、それが現実です。

重篤なうつ状態から何とか情報と資金を集め、治療の糸口を見つけ、クローズド就労まで持ちこむまで、僕はたった一人でした。

とはいえ、いまこの瞬間に動ける人間ならば、そのような社会に属する一人の大人として最低限の責任を果たさなければなりません。

散逸し埋もれた治療情報を一か所にまとめ、自分のたどった道を、子どもも含めてなるべく多くの人が歩ける地図をつくる。そのような目的でこのマガジン「健常者になろう!」を書いています。

ですが、そこまでしても決定権を持つのはやはり周囲にいる大人です。

発達障害等を持つ子どもが近くにいるのであれば、大人の人は「一生付き合っていくもの」という考え方を子どもに与えないでほしい、というのが切なる願いです。


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