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事務所探偵活劇(ロマン)

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短編小説奇々怪々「ひとだま饂飩」

短編小説奇々怪々「ひとだま饂飩」

第一景「実録うどんの怪」

「屋台」(Kさん・40代男)この前さ、家に帰るのに近道しようと思って。

墓地を通るんだけどさ。もう深夜になろうかという時間で。
墓石が黒い影になって並んでるんだよね。
墓石って全部形が違うじゃない。
高さとか大きさとか。それが影になってると

人が並んでるように見えるんだよね。そうしてさ、みんなこっち見てるような気になるの。
それで、良いお墓と悪いお墓がなんとなく分か

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【短編小説】クレタ島の迷宮

【短編小説】クレタ島の迷宮

「あぁ、退屈だ。退屈だよ、君。何か面白い事件でもないかね」
 応接室の中央に置かれたソファーに座り込んで新聞を読んでいた僕に、応接室と続きになっている事務室の奥から、なんとも形容のし難い弛緩した声が投げかけられた。
 確認をせずともわかる。どうせ、事務室の大部分を占めるほど大きな事務机の上に足を投げ出して、昇りゆく紫煙をぼんやりと目で追いながら、心の底から嘆いているのだろう。神の如き自分の知を満足

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黄泉比良坂墓地太郎事件簿「ムクリコクリの鬼」

黄泉比良坂墓地太郎事件簿「ムクリコクリの鬼」

海月くらげは今日16歳になった。
「16歳」
と海月くらげは声に出した。

「じゅうろくさい」
鏡の中の自分を覗きながらもう一度声に出した。
「ろく」の音で舌先が丸まって反り返る。そして軟体動物が新体操をするかの如く跳ねて、唇がくるりとすぼまった。
誕生日を迎えた、というだけで世界が自分が昨日よりも変わってみえる。

昨日よりも自分が大人っぽく見えるし、世界は昨日よりも明るく見える。
今朝のチョコ

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爆発塩大福殺人事件 【後篇】

爆発塩大福殺人事件 【後篇】

 もちろん塩大福が爆発して中年男が死んだ事件は、この街で大きな話題になっていた。地元住民のSNS、ブログなどからもその関心の高さはうかがい知れた。それも当然だろう。

 しかし全国的に、あるいは帝都全域としては、そこまで大したニュースとしては扱われていないようだった。いま世界中を騒がせている崑崙奈と呼ばれる新型のウィルスに比べれば、帝都のある街で、一人の中年男(しかもケチな詐欺師)が不明な死を遂げ

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爆発塩大福殺人事件 【前篇】

爆発塩大福殺人事件 【前篇】

 旧国鉄S駅を出てすぐに賑やかな大通りに出る。
 通りの中心には寺があり、その境内に佇む地蔵が全国的にも有名だ。

「あらゆる病を癒やす」という地蔵様のご利益にあやかろうと、季節を問わずに人々——主に年寄り連中が集まり、そんな彼や彼女たちから少しでも収益を得るため、いかにも年配者が好みそうな煎餅や茶、健康食品または精力剤、それから仏具に法具に衣類や小物などの販売店、そしてもちろん鰻に蕎麦や鼈などを

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黄泉比良坂墓地太郎事件簿「かごめ」

「xxxxx!」
その日、恐山杜夫は罵詈雑言を喚き散らし、目につく墓石を片端から倒した。
「xxxxx!」
ユンボとは油圧式のパワーショベルカーのことであるが、杜夫はユンボのレバーを操って鉄腕を振りかざし、ヘヴィ級ボクサーの如くダイナマイトなブロウを墓石に見舞った。墓石は倒れ、崩れ、粉砕された。
夏の日であった。蝉が鳴いていた。土埃に塗れた黒い汗が玉となって流れた。杜夫の肺腑を輻射熱が焼いた。

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賛歌

地球。日本。円生町。

駅裏の路地に梅雨色のビルがあって、その最上階に俺の事務所が在る。
と。云えば少しは羽振りが良さそうだが、実は店子も疎らな三階建ての更にその屋上、違法で物騒で安普請な小屋を建てて居座っているだけの話。
あばよ法令、よろしく買収。

ルームナンバー404。Not Found。
幾ら宣伝してみても、客が増える訳がないぜ。

一応、看板は出して在る。
「妹鬼塑秋探偵事務所」
五年前

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【掌編小説】 開ける

【掌編小説】 開ける

「た、た、探偵さん、お願いしますっ。助けてくださいっ」
 分厚い樫の木でできた事務所の扉が勢いよく開かれたと思うと、大きな声を出しながら、細身の紳士が部屋の中へ飛び込んできた。同時に入り込んできた冷たい外気で、応接室の暖炉の炎が揺らいだ。
 僕がこの探偵事務所の助手をするようになってから、しばらくは経つ。このような突然の来客にも、何度かお目に掛かっている。僕は、テーブルに広げていた下書きと資料をざ

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