マガジンのカバー画像

完成品

15
長編をここに更新しています。
運営しているクリエイター

記事一覧

スナフキンのサンダル(全10話 9,139文字)

スナフキンのサンダル(全10話 9,139文字)



1.プロローグ

「明日から廃部になります」

と突然上司に告げられた。川崎市の某社会人陸上部に所属していた僕は唖然となった。

しかし、会社は早期退職制度なるものを用意し、まだ3年目の僕に、退職金200万円を提示してきた。

さらに辞めてから1年間は、会社の寮に残ってもいいという。

まだ20歳だった僕は、迷わずその条件に飛びついた。世間知らずの田舎者で、当時は、あまりお金を使うことがなく、

もっとみる
おい、福田! (全4話 3,805文字)

おい、福田! (全4話 3,805文字)



1.伝説の新聞勧誘員

高校の同級生である福田のことを書こうと思う。それは21世紀を目前に控えた1998年、上京して、たまたま近くに2人は暮らしていた。

彼は高校を卒業し、品川区の荏原中延にある独身寮に住んでいた。僕も近くの川崎市に居たので徳島の田舎者同士でよくつるんでいた。

僕らは別々の会社に勤めていたが、常にお金がなく、蒲田駅のボロくて安い居酒屋で飲むことが多かった。そんな中、福田は給

もっとみる
転職ランナー(全7話 6,886文字)

転職ランナー(全7話 6,886文字)



1.レッスンコーチとメッセンジャー

シドニーオリンピックが終了し、北京五輪が3年後に迫っていた。僕は社会人ランナーとして勤めていた会社を辞め、トライアスロンに挑戦するという暴挙にでた。

3年勤めた会社を退職したのだが、しばらくは、辞めた会社の社員寮で暮らしていた。そこは、

「退職しても1年間は残っていい」

という親心のような緩い規則があった。
今から思えば、会社を辞めた人間が、その社員

もっとみる
サウザンクロスの真下で(全9話 9,281文字)

サウザンクロスの真下で(全9話 9,281文字)


1.さらばゴールドコースト

トライアスロンのプロになるとオーストラリアまで来たものの、すでに気持ちが折れ、限界を感じていた。

クイーンズランド州ゴールドコーストにある、トライアスロンのクラブチームに通い出して、もう半年近く経とうとしていた。

「自分じゃ、無理かも、、駄目だな、、、」

と自己不信に陥り、半ば腐っていた。そんな中、雄一くんとの出会いによって、引退を意識し始める。僕はこっちのト

もっとみる
かぞくのかたち (全9話 7,345文字)

かぞくのかたち (全9話 7,345文字)


1.プロローグ

夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、親父が癇癪を起こし、一方的に怒りつけ、それをオカンは

「ハイ、ハイ」

と聞き流す。そんな喧嘩というか、かなり激しめの癇癪は、日課のように起こっていた。

瞬間湯沸かし器のごとく、癇癪を繰り返す親父は、ご近所の名物でもあった。

子供の教育はビンタが基本。悪い事をしたら、怒るよりも先に、平手が顔や頭に飛んできた。しかし小学生の頃は、

「当たり

もっとみる
愛犬キャット物語 (全3話 3,048文字)

愛犬キャット物語 (全3話 3,048文字)


1.オカンの仇

キャットという名の大型犬とお婆さんの物語を書きたいと思う。

引っ越して間もない頃、我が家に生まれたばかりの子犬がやってきた。真っ黒で小さくて、何かに怯えているのか、ずっと震えている様に見えた。

「さぁ、ご飯だよ〜」

とドッグフードを与えても食べようとせず、何故かキャットフードを好んで食べる。
キャットフードばかり食べていたので名前がキャット。

名付けたのは親父で、これか

もっとみる
華麗なるキャリアウィメンズ (全3話 2,350文字)

華麗なるキャリアウィメンズ (全3話 2,350文字)

1.想像を絶する大都会

オカンの姉になる、伯母さんの話をまずは書こうと思う。彼女は相模原市に住んでいる。僕が高校を卒業して、川崎市にいた頃、何度も泊まらせてもらい、大変お世話になった。

オカンが緊急入院した時、真っ先に連絡したのが、神奈川の伯母さんである。僕が小学6年の頃、姉貴と2人で夜行バスに乗り、初めて東京へ旅行をした。

翌朝、品川駅に着いた僕らを、迎えに来てくれたのが彼女であったと、薄

もっとみる
出たとこ勝負 (全5話 6,900文字)

出たとこ勝負 (全5話 6,900文字)

1.プロローグ

これは2008年頃の大阪が舞台の物語である。

都会に出て挫折を味わい、田舎に引きこもっていた人間が、また都会へ出るに至るまでの話を、まずは書こうと思う。

徳島県の山奥で、4年ほどキコリの仕事をしていた。その関係で県の外郭団体の臨時職員として半年間の森林調査員に採用される。

その6ヶ月間は徳島市の実家から県庁まで通っていた。(祖谷の山奥からだと車で2時間以上かかる)

して、

もっとみる
祖谷山ランバージャック (全8話 7,631文字)

祖谷山ランバージャック (全8話 7,631文字)



1.プロローグ

徳島の山奥に大歩危(おおぼけ)、小歩危(こぼけ)という渓谷があり、その山奥の村に住んでいた頃の話を書こうと思う。

ラフティングのツアーガイドという仕事のため、この山奥に住み始めたのだが、週末の2日間しかお客さんが来ない日々が続いていた。

それでも最初の頃は、先輩とラフティングのトレーニングとしてボートで川を下ったり、カヤックの練習でスキルアップに努めていた。

しかし、客

もっとみる
僕らの中2病 (全5話 4,000文字)

僕らの中2病 (全5話 4,000文字)


1.万引なんてしねーよ

時代が昭和から平成に入って間もない頃、田舎町のある中学校でのありふれた日常を綴った物語である。

この中学は、3つの小学校を卒業した生徒に分かれていた。僕らはその中でも過半数を占める最大派の小学校グループだが、少数派の生徒から受けた影響は計り知れない。

それは中学生になるまでは、授業中に寝るとか、先生の話を聞かずにマンガを読むなどあり得ないと思っていた。ましてや先生か

もっとみる
【短編】パンチの不祥事(2,197文字)

【短編】パンチの不祥事(2,197文字)

人生の大きな転機となった中学の部活について書こうと思う。

入学してサッカー部にするか、はたまた陸上部に入るかで長らく悩んでいた。

少年サッカーの友達は、ほぼ全員がサッカー部へ入部し、自分だけがまだ決めきれずにいた。

1993年。Jリーグ元年の春はボールを蹴ったことがない者までが、サッカー部へ入るという人気ぶりであった。

さらにサッカー部には、仲のいい先輩がたくさんいた。それらに比べて、陸上

もっとみる
ギザギザハートの陸上部 (全8話 8,027文字)

ギザギザハートの陸上部 (全8話 8,027文字)



1.プロローグ

かつて田舎の工業高校卒業生は「金の卵」と言われていた。

しかし、僕らはバブル崩壊後の入学で、これから深刻な就職氷河期が始まろうとしていた。進学する生徒が就職する者を上回ったのも自分達の代からである。

もちろん自分は就職組に入っていた。高校2年になると、大体めぼしい会社が決まっており、授業はろくに受けなくてよかった。

ただ部活だけは真剣に取り組んだ。陸上競技の名門校で全員

もっとみる
【短編】日和佐の町長  〜 こちらは浜に上がりませんよ 〜

【短編】日和佐の町長 〜 こちらは浜に上がりませんよ 〜

今から30年程前の話である。平成の天皇陛下が徳島県南部に位置する日和佐町へ行幸に来られた。

当時の日和佐町では町をあげてのお祭り騒ぎであった。(現在徳島県日和佐町は合併して美波町)

「こんな片田舎の漁師町に天皇陛下が来てくださる」

と誰もが胸を躍らせ、一生の思い出にひと目お会いしたいと大浜海岸へ集まった。

この海岸にはウミガメが産卵にやって来ること有名で「ウミガメの町」をアピールしている。

もっとみる
オオカミの里 東吉野村滞在記 (全9話 9,300文字)

オオカミの里 東吉野村滞在記 (全9話 9,300文字)

1.古道作り 上巻

奈良県東吉野村に移住してもうすぐ1年が経とうとしている。

当初の目的であったサウナ小屋作りをスタートするのだが、ここに至るまでかなりの日時を費やした。それを言い訳がましく綴りたいと思う。そもそも見ず知らずの人間に

「どうぞ空いてる土地に小屋を作ってください」

なんて言う変わり者は何処にもいない。

まず、遠回りを覚悟して、道を作ることから始めた。東吉野村の小川という

もっとみる