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日頃の疑問感じたことを記事にしています。 映画やアニメ ラジオ 読書が好きな25歳。 自動車整備士を生業としています。

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    映画、ドラマ、アニメ、読書など そこから感じた疑問、感想を記事にしています。

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互いの文化を知る

インドネシア語を勉強している。 まだ、会話をすることはできないが、知らない単語や言葉の表現を調べながらであれば、簡単な文章が作れる。 普段、文章を作る瞬発力の向上のために、Hello talkという言語交換アプリを使っている。 メッセージのやり取りや作成した文章の添削をしてもらいながら、趣味や文化を学んでいる。 そのアプリで、研修生として日本に在住しているというインドネシア人と友達になった。 アプリ内の通話機能を使い、日本語を話す練習をしたいとのことで、先日、彼と会話するこ

    • 言語学習

      言語学習は、独自の勉強法と継続のためのモチベーションが大切だ。 4ヶ月ほど前から、インドネシア語の勉強を始めた。 職場にインドネシアの方がいて、その子たちの母国語で話せるようになれば、より彼らと理解し合えるのではないかと思ったのが、インドネシア語学習のきっかけだ。 それ以前に、言語自体に興味を持たせてくれた人がいる。 そのきっかけを与えてくれたのがカズマさんだ。 カズマさんは、12ヵ国以上話すことのできる多言語話者であり、その特技を使ってYouTubeやTikTokでKa

      • 最高の試合を観た

        真面目で全力でいることを格好の悪いことだと決めつけていた。 あいつ何真面目にやってんのとバカにされることを恐れて、部活に全力を出せなかった中学時代の自分を思い出す。あの時、そんな人目を気にせず、全力でやれていたらと今になって後悔をした。 自分もプレイヤーでいるようで胸が熱くなる。そこが、ハイキューの魅力だ。 力強さと美しさに上映中終始、目頭が熱くなった。アニメシリーズでも、何度か熱くなって涙ぐむことはあったけれど、終始そうなるとは思わなかった。 涙ぐむというか泣いてしまった

        • 人間

          頭が真っ白になった。 ほんの数秒間、送られてきたLINEの文面が確かなものなのか再度確認した。 高校時代の担任の先生が亡くなられたとのこと。 その先生にとって、ぼくは初めて受け持つ生徒であり、高校生活3年間を担当した。 担任の先生とぼくとの当時の関係性は、必要なときに話す程度で、頻繁に会話することはなかった。だから、卒業してからも会うようなことはなかった。 これまで、何度か身近な人の死を経験してきた。それでも慣れない。 慣れてしまうことではないし、慣れてしまってはいけない

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          没頭を見つけていきたい

          あと数時間で今年を終える。 大したことできなかった。 もっと、いろいろやればよかった。 そんな風に感じることは毎年のことだ。 だから、今年も悲観的になると思っていた。 でも、今年は何だか違う。 それは、やりたいこと、楽しいと思えることが何なのか、ようやくわかってきたからかもしれない。 10月頃から、インドネシア語の勉強を始めた。なぜ始めたのか、具体的なことは近いうちに記事にしたいと思う。 その他に、ノルウェー語も少し齧っている。 勉強というよりは読書感覚で、ノルウェー語に

          没頭を見つけていきたい

          『僕』がすき

          『僕』が好きだ。 できれば『僕』を使いたい。 一人称のなかで、響きがよく安心感があるからだ。文章に至っては、ひらがな表記でぼくを使う方が好きで、その方が読みやすい。 『俺』でもいいけど、威張っているような、格好つけているような気になる。 とはいえ『僕』を使うことに対しても、幼さのような、自分に合っていないような違和感を覚える。 会話の対象やその場で、一人称は変わるのだから、違和感を覚えてしまうのは普通なんだろうけど。 普段『俺』と『僕』が往き来している。 『僕』の方

          『僕』がすき

          やさしいだけの人

          やさしいね。 そんなふうによく言われるタイプの人間だ。 やさしいだけで、他に何もない。 やさしいだけで終わる人。 幼い頃から言われ続けてきたこともあって、その言葉には、あなたはつまらない人だという隠れた意味がこめられている気がする。 特徴がなくて褒める要素のない人に対し、とりあえずとして、その言葉を使っているような。そんな酷い考えが、ぼくの心の奥底から前触れなく出てくる。 直感のその場で出た、フワッとした言葉は気をつけなければいけない。日常的に使う言葉だからこそ、言葉の重

          やさしいだけの人

          ポケモンで人生をイメージする

          自分の人生を物語として考えることで、次にやるべき事が判断でき、自然と人生が豊かになるのではと、以前そんなことを記事にした。 それと同様に、自分の人生をポケモンの世界として捉えたら、ぼくは今どの地点にいるのだろうかとドラマ「ポケットに冒険をつめこんで」を見ながら思った。 アニメやゲームの作中、ポケモントレーナーの腕試しとして、強いトレーナーとのポケモン勝負(ジム)が存在するのだが、それを現在の夢や目標として置き換える。 また、これまでの人生で出会った手持ちのポケモンも今持って

          ポケモンで人生をイメージする

          価値観の近い人と成長する

          価値観の近い人との意志疎通は、意外と成長するきっかけになる。 相手が成長することで、自分も刺激を受けて成長し、その刺激がまた相手に帰る。 お互いに刺激を与えあうそのサイクルが、成長やモチベーションを継続させるには、大切なことなんだと思う(価値観の近い人だからこそ得れるものではある) 他人の成長を素直に喜べないときはある。 でも、大切な親しい人の成長に嫉妬や焦りはない。 自分も同じように変わりたいというポジティブなもので、その感覚をまだ持っている自分に少しわくわくもしたりも

          価値観の近い人と成長する

          ふと 浮かんだ言葉

          もっと優しくなりたいな。 ふと、ただ唐突にそう思った。 普通は写真を見たり、何かしらのきっかけで、当時の記憶が思い出されて、そのようにふと思う。 しかし、何の前触れもなく、まるでアイディアが降りてきたかのような感覚に近かった。 驚きのあまり、口には出していなかったが、それを制するように口許を右手でおさえた。 そんな自分が可笑しくて、ついついにやけた。 そして数日後、もう一度同じような経験をした。 そういえば、夢を見なくなったな(目標を持たなくなった)と唐突に思ったのだ。

          ふと 浮かんだ言葉

          映画から得る安心感

          映画を観ると妙におちつく。 それは、作中の人物に純粋に憧れたり、世の中には様々な人がいて、自分もまだまだやれるんじゃないかと活力をくれるからなのかもしれない。 映画は、初めから作品の面白さが保証されているような、受け手の考え方次第で、いくらでも楽しむことができる。 それが、映画から得る安心感の最もな理由な気がする。 人が持つ熱量のすごさや、その影響によって生まれた他人を動かす力だったり、本当は自ら考えるべきだけど、人生の模範をくれる。 それに気づいてからは、映画をよく

          映画から得る安心感

          うまく言葉にできない

          言葉にしたいことが、うまく伝えられなくなってきている。 今こうして、noteに文章を書くことだけでなく、日常的な会話の中でもスムーズに言葉が出てこない。 頭の中がまっさらで、とてももどかしい。 寝ぼけているような感じとは違う。 だから、ドラマや映画を観て、自分の中にちゃんと気持ちが湧いてくることを自覚して、大丈夫だと少しでも不安を取り払っている。 ドラマや映画をよく観るようになって、アウトプットよりインプットの方が圧倒的に多くなっている。 日頃から、仕事や私生活、映画な

          うまく言葉にできない

          人は他人の人生に干渉しすぎている

          誰しもが悩みを抱えていて、思うように生きられない人はいる。 それを、バカにしたり見下す人もいる。 何者かになりたくて、もがいている人もいる。 自分の甘さに見向きもせず、なんとかなるだろうとその場しのぎで、他人の優しさに縋る人もいる。 それでも、社会は意外と淀見なくまわっている気がする。 映画「神は見返りを求める」にて 人間の欲深さゆえの稚拙さと自分をコントロールできない、人間という生物としての怖さが垣間見えた。 人は、他人の人生に干渉しすぎではないか、この作品から一番

          人は他人の人生に干渉しすぎている

          尊敬できる唯一の人

          どれくらい、生きているうちに尊敬できる人と出会えるものなのだろうか。 先日、よくお世話になっていた先輩が転勤することになった。 転勤先は遠くなく、簡単に会える距離にいる。それでも、一緒に仕事をすることがなくなるのかと思うと少し寂しさはある。 気の合う人と仕事ができるというのは、意外と大切なことだ。 会社の環境や福利厚生、給料面も大切だが働く上で、人間関係が最も重要だと僕は考えている。 仕事に対するモチベーションや次につながるキッカケが作りやすいからだ。 先輩とは入社当初か

          尊敬できる唯一の人

          幼少期のぼくと小さな幸せ

          「遠足は、子どもにとって一大イベントですからね」 ラジオパーソーナリティーの一言で、遠足用のおやつ選びに全力を注いでいた、幼い頃の自分を思い出した。 300円ほどだろうか。 当時、かぎられた金額で、好きなお菓子をいかに多く買うかということに全力だった。時間をかけて吟味し、時には味を想像して、ただのおやつ選びだけれど、この上ない幸せを感じていたのではないかと思う。 子供の頃は行動することに、損得感情や幸せかを考える頭は持ち合わせていなかったし、楽しもうという意識すらなかった

          幼少期のぼくと小さな幸せ

          女性をエロい目でしか見れなかった あの頃の自分

          なぜ、女性をエロい目で見てしまうのかがわからない。 学生時代、女の子とまともに会話ができなかった。 優しくされると心は簡単にゆらいで、僕なんかが優しくされるはずはないんだと警戒心を高めて、自ら距離を置いていた。 下心ばかりで、いやらしい目でしか女性を見れない性欲の強い自分が嫌で、自分の性器を痛めつけたこともあった。 こんなものがあるから、女性や自分に対してまともでいられないんだと。 そんな自分が嫌で仕方なかった。 こんな惨めな気持ちで、相手や自分自身を不快にさせるくらいなら、

          女性をエロい目でしか見れなかった あの頃の自分