浅井夕輝

小説を書こうと思います。 「普通」に生きているように見える人達の、人知れず抱える葛藤…

浅井夕輝

小説を書こうと思います。 「普通」に生きているように見える人達の、人知れず抱える葛藤や本音、吐き出すことしかできない解決のない闇を描きたい。 読んでくださる方に「あ、この話の主人公は、私だ」と思っていただけるように リアルにリアルを重ねた人物表現を目指します。

最近の記事

泡沫 2-3

 彼女は空になったグラスを揺らしながら、ヒューガルデンをオーダーした。自分も残りのラムをくいっと飲み干し、同じものをと追加した。もう3杯目だ。このまま、今夜はオーバーペースになりそうだ。 「もう、だんだん現実と仮想がよく分からなくなってくるんですよ」  呂律の回っていない、完全に酔っ払いの口調で彼女が言った。 「相手が実は女性だって知って、一度は距離を置きかけたんです。そうしたら、数日してから、会ってみたらやっぱり男性でしたっていう夢を見たんです。朝起きたらどっちが現実だった

    • 泡沫 2-2

       マスターが、すっかり忘れていたらしいハンバーガーを持ってきた。思い切り頬張ると、バンズの内側がカリッと音を立てる。メニューの隅にこっそりと書かれた品なのだが、これがクラフトバーガーショップにも負けず劣らず美味しい。店の雰囲気のせいもきっと大いにあるだろうが。  腹が減っていたので、大きめにかぶりついて飲みこんでから、若干怒りの色が収まった彼女に話しかけた。 「その人、トランスジェンダーだったんですか。それともレズビアン?」 「ではないです、普通に女の人だそうです。それに、女

      • 泡沫 2-1

         春の強風が通り過ぎたある日、久しぶりに行きつけのバーへ向かった。  ビールケースや雑誌が積みあがった細い通路を過ぎ、ガランと音を立てて扉を開けると、マスターがやたらと驚いて振り返った。 「あ、つばささん。いらっしゃいませ」 「なんでそんなに驚いてるんですか」 「いや、ちょっと気が抜けてて」  店内は確かに空いていたが、それでもカウンターに三人ほど来ていた。すぐにまた気が抜けた様子に戻ったマスターがへらへらと笑い、先客たちが揃ってとほほとうなだれた。どうやら皆、常連のようだ。

        • 泡沫 1-3

          「わたし、彼がいるんですけどね」  氷がたっぷり入ったグラスにサングリアを注ぐと、彼女は唐突に、静かに語り始めた。 「例の、長年付き合っている彼ですね」 「はい」グラスを置く。が、料理には手を伸ばさない。「例の、結婚してくれない彼って人です。4年くらいなんですけど。会社の人は結婚してくれない彼だと思ってるけど、結婚の話は今までにも何回も出たし、親にも紹介し合っているんです」 「じゃあ、そろそろ結婚されるんですか」 「いえ、それが、そうでもないんです。…うまく言えないんですけど

          泡沫 1-2

          「ていうか、つばささん!この子の相談に乗ってあげてくださいよ!」  揚げたての唐揚げを頬張ったせいで、人知れず舌を火傷していると、女性陣の誰かが声を上げた。声の方に目を向けると、その女性に指さされた相手が目を丸くしていた。 「この子、ずっと付き合ってる彼がいるんですけど、なかなか結婚してくれないんですよ。何かアドバイスしてあげてください!」  とんでもない無茶ぶりだった。 「そうだ!先月一緒に旅行行ったんでしょ、何もなかったの?」 「そうそう!その話、聞いてない!」 「いや、

          オリジナル小説、2作目スタートしました!良かったら見ていってください!

          オリジナル小説、2作目スタートしました!良かったら見ていってください!

          泡沫 1-1

           何を隠すつもりもなく、誰を避けるつもりもない。  それがいかに自身の本音で、隠し事や敬遠よりもずっとシンプルな感情であるにも関わらず、他者にそれを真相真意伝えるのは不思議なほどに難しい。  毎日の日課で手元を手繰れば、自分に何の関係もない他人事がやたら詳細に活字で飛び込んでくる時代。「ヒト」の脳内のニュースストック小屋は日々膨張を続け、それはまるで無限にも思える。だが、貯められることとさばくことはまた別の話。  さばききれない情報量に、誰もがパンク寸前の頭と心で、それで

          2作目の骨組みまで書き終え、3作目の構想も組み立ちました。早く書きたい!

          2作目の骨組みまで書き終え、3作目の構想も組み立ちました。早く書きたい!

          初小説「背に生えた刃」を書き終えました

          初めての連載小説 「背に生えた刃」 無事に書き終えることができました。 お読みいただいた皆様 本当にありがとうございました! 「背に生えた刃」は それぞれに悩みを抱えながらも、自分の意志で自分らしく生きようともがく人々の対話劇というかたちで 3人の女性を描きました。 生き様を見せる、という意味で 「背中を見せる」とか 「背中で語る」など、背中という表現が 意志を語る上で使われますが その生き様がもしも 相手の「こう生きていきたい意志」を傷つけるものであったら? 明

          初小説「背に生えた刃」を書き終えました

          背に生えた刃 4-3 【最終回】

           社会が長い年月をかけて醸成してきた固定観念が、人々に「結婚こそ幸せ」「男女の恋愛こそ自然」と暗示をかけてくる。それはマジョリティであればやすやすと乗ることが出来る、身の丈に合った幸せのかたち。多くの人々が、それに添えばある程度の幸せを享受できる、基本のかたちだ。  社会が、そして友人の多くが望む幸せのかたちとは、マジョリティの描く理想であり、生まれたときから知らず知らずのうちに植えつけられたものだ。自分にとってそれが精神的あるいは肉体的に越境した先にあるものなのなら、自分は

          背に生えた刃 4-3 【最終回】

          背に生えた刃 4-2

          「独身になって、初めて気付いたんだけど、わたしの友達っていつのまにかほとんど結婚してたの。やっと遊べるようになったと思ったら、遊んでくれる友達がいなくなってたの!驚いたよ、もう、嫌になっちゃう」  手酌でスパークリングワインを注ぎながら、彼女は苦笑いして言った。ビールを飲む気分じゃないと言って、彼女がさっさとボトルを入れたのだ。ふたりでは飲みきれないと制止したのだが、「大丈夫、大丈夫」と全く聞く耳を持たない。明日は二日酔い決定だ。 「ああ、言われてみれば、うちの友達もそうかも

          背に生えた刃 4-2

          背に生えた刃 4-1

           いつの間にか、季節は冬から春へ、春から夏へと移り変わっていた。  彼女を自宅に招いた日のことは、自分の中で静かに尾を引いていた。ふとした瞬間に、彼女の耳にかかる栗色の髪を思い出す。斜め下を向いて、一気に語り終えた彼女の。  彼女を傷つけていたのは、自分だけではないと分かっていた。彼女にカミングアウトした友人もまた然りだ。マイノリティなのに恋人と幸せを生きる友人が、マジョリティなのに母親となる望みを叶えられない彼女の、切れかけた糸を震わせたのだ。  春の初め、ひとり、早期流

          背に生えた刃 4-1

          背に生えた刃 3-3

           三十路を過ぎた女たちには、決して相容れない組み合わせがある。  子育てに悩みながらも充実した生活を送る女性と、毎月生理がくるたびに肩を落とす、授かり待ちの女性。新婚で何の疑いもなき幸せいっぱいの女性と、一向に成果をみない婚活に疲れ始めた女性。  二十代までどんなに仲が良かったとしても、境遇によって関係が変わってしまうのが常だ。これは人間性の問題ではなく、互いの人生グラフの調和の問題なのだと、長い目で見て距離を置くのが正しい。  難しい局面を生きる彼女たちは、その組み合わ

          背に生えた刃 3-3

          背に生えた刃 3-2

           問い返す言葉も出なかった。自分が受けているのは「友人がレズビアン」という単純な衝撃だと思ったのだろう、彼女は続けた。 「三年くらい前、言われたの。女同士で付き合ってるって。わたし、やめなよって言ったんだけど、すっかりはまっちゃってて、聞く耳持たずで」彼女はそう言いながら、大袈裟にしかめた顔の前で手を振った。 「ほら、あの子美人だけど、これまでひとりかふたりくらいしか彼氏がいたことないし、恋愛経験少ない子だったじゃない?ただでさえ恋に慣れてないのに、相手の女の人がどうやら魔性

          背に生えた刃 3-2

          背に生えた刃 3-1

           駅に着くころ、雪がちらつき始めた。  道理で底冷えすると思った、とぼんやりしていると、カラフルだが寒そうなミニスカートのユニフォームを着た若い女性に「お願いしまーす」と小さなパッケージを差し出された。女性向けのスキンケア用品の新商品サンプルキットだった。  今日は負けか、と心の中でつぶやく。  ごくたまに、男性と間違われてか、それとも男女の判断に迷われてか、女性用のサンプリング商品を自分には渡されない日がある。そんな日は、勝ちだ。  誰に自慢するでも、報告するでもなく、ひと

          背に生えた刃 3-1

          背に生えた刃 2-3

           最も厄介なことは、彼女が、どこに問題があるのかを正確に分かっているということだった。彼女が、自分が悪いということをはっきりと分かっていることが何よりの問題だった。相手にもきっと非があるのだろうが、彼女にもまた非があることは確かなのだ。 「ねぇ、つばさの初恋の相手ってどんな子?」  和食屋を出ると、自分の行きつけのバーに場所を移した。  重く長い話のあと、一向にビールを呑む気にならなかったくせに、店を出てみたら結局ふたりとも飲み足りない気分だったのだ。  薄暗い店内のカウン

          背に生えた刃 2-3