見出し画像

「歴史から学ぶ意義」を実感させてくれた一作

歴史が好きです。

学ぶ過程で得られた諸々を、仕事やプライベートへ落とし込んでいます。

いま思うと、学生時代は「歴史=暗記」みたいな風潮が強かったです。歴史に限らず? テストでいい点を取るためにとにかく記憶する。試験が終わったら忘れる。親も教師も成績さえ良ければ何も言わない。

人生のある局面では、理屈抜きで覚える作業も必要でしょう。

しかし取り込んだ情報をいかに活用するか、が本来の学ぶ意義のはず。「ただ学ぶことに意味がある」という考え方(「芸術のための芸術」に近い)にも些かの共感を覚えますが、だとしても丸暗記して終わりではもったいない。それはあくまでも第一段階に過ぎません。

一定の知識を身に着けたうえで、たとえば一見無関係なふたつを比較し、アイデアを組み立て、得られた仮説を現状の問題解決に役立てる。こういう「主体的な応用」こそが、学びの真の醍醐味ではないでしょうか?

それを実感させてくれた本を紹介します。

上下巻です。

教科書や事典の類では「幕末の思想家。開国の必要性を強く訴えたために尊王攘夷の過激派志士から疎まれ、暗殺された」みたいに書かれがち。間違ってはいません。しかしあまりにも言葉が足りない。

象山が開国論を唱えた背景にある考え方は「夷の術を以て夷を制す」です。

西洋のより進んだ文明の「術」を手に入れることにより、西洋に負けない国づくりをする。それが、象山の考える日本の開国という戦略(進路)にほかならない。

松本健一「佐久間象山(上)」中公文庫 34~35P

つまり開国することで様々な分野について学び、欧米列強から支配されない国を作る。象山自身がオランダ語を学び、洋書を読み込み、独学で大砲やガラス、地震予知機などを作ったように。

彼は1853年に浦賀へ来たペリーの黒船が備えている洋砲の射程距離が3キロに及び(お台場に砲台はまだなく、連中は汐留辺りから江戸城を狙撃できた)和砲のそれが800メートル程度であることを知っていました。これでは勝負にならない。勝てる見込みが皆無なのに一時の憤激で武力に訴えても国が亡び、人々が苦しむだけ。だからこその開国なのです。

本を読み、象山の思想に触れているうちに、いまの書店を取り巻く状況が頭に浮かんできました。

「ネットではなく本屋さんで買おう」「アマゾンに負けるな」「文化を守れ」

これらをお客さんが口にしてくれるのは、イチ書店員として嬉しいです。しかし知識人や業界の関係者が使うには情緒的過ぎる。「銃器ではなく刀で戦おう」「黒船に負けるな」「日本を守れ」と言われても、苦しむのは最前線の人間です。ネットやアマゾンから学ぶべき点を学び、旧態依然とした体制を作り変える。そこから始めなくては。

再販制度に甘えた無駄な発注&不毛な返品の見直し。そのためのAI導入。低すぎる書店側の利益率改正。各棚のスペシャリスト育成。AIの発注に店ならではの選書とPOPを組み合わせ、お客さんの好奇心に訴えるなど。丁寧な棚作りに時間を割くには、広範囲の支払い方法を備えたセルフレジも欠かせません。

佐久間象山はいわゆる「討幕」論者ではなかったようです。でも中央集権国家の必要性を理解していたから、幕藩体制は終わらざるを得ないと捉えていたはず。書店&出版業界も同じではないでしょうか? 一方で文化の保護や慣習の改革をエモーショナルに叫び、他方で己の既得権益確保を最優先ではどうにもならない。

ちなみに勝海舟と西郷隆盛は、いずれも象山を「学者としては一流だが、政治的な事業はできない」と評価していたようです。しかし私はむしろ、江戸城を無血開城に導いた幕臣のトップと維新志士の重鎮がいずれも象山から学んでいたことに着目します。

双方が公のためというお題目の裏に潜めた政治的打算。それらとは無縁なところにいたからこそ、象山には現状の日本に不可欠なものを看破できたのかもしれない。己を幕末屈指の思想家になぞらえるほど自惚れてはいません。ただ権威&権力的な何かとは無縁でいたい。末端のイチ非正規社員だから言えること、気づける事実を発信しようと考えています。

素晴らしい本でした。ぜひ。

この記事が参加している募集

読書感想文

最近の学び

作家として面白い本や文章を書くことでお返し致します。大切に使わせていただきます。感謝!!!