みなさんは、第二次世界大戦中に史上唯一となるアメリカ本土への爆撃を行った軍人、藤田信雄をご存知でしょうか？

藤田は、１９４２年（昭和１７年）９月、零式小型水上機に搭乗し、アメリカ・オレゴン州の森林に焼夷弾を投下しました。

この爆撃は、第二次世界大戦中のみならず現在にいたるまで、軍用機によるアメリカ本土への攻撃に成功した唯一の事例となっています。

今回は、歴史上唯一となるアメリカ本土への爆撃を行い、戦後は日米友好に人生を捧げた軍人、藤田信雄の生涯を解説します。

【日米開戦の経緯】

藤田は、１９１２年、大分県豊後高田市に生まれました。

１９３２年（昭和７年）に帝国海軍に入隊し、翌３３年にパイロットとなりました。

藤田が帝国海軍に入隊した１９３２年は、日本が中国東北部に満州国を建国した年となります。

１９３７年７月、夜間演習中の日本軍に銃弾が撃ち込まれる盧溝橋事件が発生し、これをきっかけに日中が全面戦争に突入しました（日中戦争）。

アメリカやイギリスは「援蔣ルート」を通じて蔣介石率いる中国国民政府を支援し、日中戦争は泥沼化します。

これにより、日本国内では反・欧米感情が加速しました。

一方ヨーロッパでは、１９３９年（昭和１４年）９月、ヒトラー率いるナチス・ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まりました。

日本は東南アジアの資源を確保するためにフランス領インドシナ北部に軍を進め（北部仏印進駐）、１９４０年（昭和１５年）９月、ドイツ、イタリアとの間に日独伊三国同盟を締結します。

ただ、この北部仏印進駐と軍事同盟締結によってアメリカ、イギリスとの対立が決定的となりました。

資源獲得のために日本がフランス領インドシナ南部に進駐すると（南部仏印進駐）、アメリカはいっそう態度を硬化させ、１９４１年（昭和１６年）７月、日本の在米資産凍結を行い、８月には石油の対日全面禁輸という強硬な経済制裁を発動しました。

当時の日本は石油の７割をアメリカからの輸入に頼っており、石油の全面禁輸は、軍事的のみならず経済的にも大打撃でした。

日米は外交交渉を続けましたが、１９４１年１１月に事実上の最後通牒となる「ハル・ノート」がアメリカから突き付けられます。

「ハル・ノート」は日本にとっては到底受け入れられない厳しい内容で、交渉妥結の見込みはないと判断した日本側はアメリカとの開戦を選択し、１２月８日、真珠湾攻撃を行いました。

【アメリカ本土爆撃】

藤田は、要地偵察を目的に潜水艦に搭載される零式小型水上機のパイロットでした。

日米戦争の火蓋が切られると、南太平洋を中心に偵察任務を行いました。

１９４２年（昭和１７年）４月、アメリカ空母のＢ２５爆撃機が東京、川崎、横須賀、名古屋、四日市、神戸を爆撃し、日本本土が初めて空襲に見舞われました。

この空襲は、国際法上禁じられている「民間人に対する攻撃」でした。

この攻撃に対して、「なんとしても報復しなければなるまい」と憤った海軍軍令部は、空襲の３日後、藤田を呼び出します。

藤田の操縦の腕を買っていた首脳部は、藤田にアメリカ・オレゴン州への空爆を命じました。

アメリカへの空爆を命じられた３０歳の藤田は、この危険な作戦で生還する自信がなく、家族宛の遺書を残して横須賀港を出港しました。

オレゴン州の沖２５海里のところで潜水艦の甲板からカタパルト射出した藤田は、約４０分でオレゴン州に入り、エミリー山脈に到達、森林に焼夷弾を投下しました。

炎上を確認した藤田はすぐに帰艦しました。

３週間後、２回目の爆撃を行うため飛び立った藤田は、再度森林への焼夷弾投下に成功しました。

この攻撃は、大戦中のみならず現在にいたるまで、軍用機によってアメリカ本土を爆撃した唯一の事例となっています。

ただ、藤田が命がけで行ったアメリカ本土爆撃の戦果は、木が一本燃えただけでした。

【敗戦】

アメリカ本土を爆撃した後の藤田は、偵察を主な任務としつつ敵機の撃墜などの戦果を上げました。

ただ、戦争が長引くにつれ日本は追い詰められていき、１９４５年８月にポツダム宣言を受諾して敗戦しました。

功績を認められて教官に昇進していた藤田は、終戦直前に特別攻撃隊（特攻隊）に志願し第二河和海軍航空隊へ異動していました。

特攻隊として突入することを想定して訓練を行っていましたが、日本の敗戦により、藤田は命を永らえました。

敗戦後、藤田は海軍中尉に昇進しています。

【渡米と日本刀】

終戦後、藤田はパチンコ店経営を誘われましたが「国民の利益にならない」と断り、茨城県土浦市で金物商を営みました。

藤田の金物会社は、実直な経営により順調に拡大しました。

日本の敗戦から１５年以上経った１９６２年（昭和３７年）のある日、藤田の経営する会社に一本の電話がかかってきました。

時の官房長官、大平正義が藤田に会いたいというのです。

突然の出来事に当惑しながらも、藤田は指定された料亭へ向かいました。

料亭で大平正芳と面会した藤田は、アメリカ政府が藤田を探していることを告げられました。

そして大平からこう言われました。

「我々は、外務省を通じてあなたの身元をアメリカに伝えました。アメリカは、真珠湾攻撃や捕虜虐待などで日本軍人への反感はまだ相当に根強いものがあります。しかもあなたはアメリカ本土を爆撃した唯一の日本人です。万一、渡米して、報復を受けたとしても、日本政府はあなたの身を守ることができません。日本政府は藤田さんが渡米されても一切関知しません」というものでした。

これに藤田は、「私も軍人の端くれ、万一の場合は、彼らの前で、腹を切る覚悟です。日本刀を持って乗り込むつもりです」と答えました。

そして、大平との面会から間もなく、藤田のもとに外務省経由で一通の封書が届きました。

そこにはこう書かれていました。
「アメリカは開国以来、外敵の侵入を許したことがなかった。日米戦争において貴殿はこの史上の記録を破って、単独でよく、アメリカ軍の厳重なレーダー網をかい潜り、アメリカ本土に侵入し、爆弾を投下した。貴殿の勇気ある行動は敵ながら実にあっぱれである。その英雄的な功績を讃え、さらなる日米の友好親善を図りたい」

戦犯として裁かれるかもしれないと疑心暗鬼になっていた藤田は、万一の場合に備え、自決用に日本刀を携えて渡米しました。

しかし、アメリカ本土に降り立った藤田の目には、驚くべき光景が広がっていました。

【日米友好の架け橋】

アメリカ本土に降り立った藤田を待ち受けていたのは、ブルッキングス市民の大歓声でした。

ブルッキングス市は、かつての敵国民である藤田を、毎年恒例の祭りの主賓として迎えました。

歓待された藤田は、万一の場合に備えて自決しようと持ってきていた日本刀を、平和を誓うしるしとしてブルッキングス市に寄贈しました。

スピーチを行い、スタンディングオベーションを受ける藤田にある男が近寄ってきました。

それは、かつてフィリピンのバターン半島で日本軍の捕虜となり、北九州で強制労働させられた過去を持つアメリカの元陸軍少尉ローガン・ケイでした。

ケイは藤田に歩み寄り、「過去を忘れて、お互い祖国の繁栄と、日米両国の親善、ひいては人類の幸福という大きな目的に向け努力しましょう」と囁き、２人は固い握手を交わしました。

一方、順調だった藤田の会社は、詐欺にあうなどして倒産してしまいました。

極貧に喘ぐこととなった藤田ですが、アメリカで歓迎された恩を忘れられず、１９８５年のつくば科学万博にブルッキングス市の高校生を招待することを考えます。

藤田はお金を捻出するために、衣類は勤務先の作業服のみを着用し、あらゆる娯楽を捨ててストイックな生活を始めました。

そして１９８５年（昭和６０年）、藤田は自費を投じて、日米親善のためにアメリカの高校生３人とその家族を日本に招きました。

ちなみに、当時の為替レートは１ドル＝２４０円前後です。

この行為に対して、時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンは、藤田に星条旗と感謝状を贈りました。

その後も藤田はブルッキングス市を３度訪れ、かつて自ら爆撃した場所には、平和の象徴として植樹を行いました。

これらの功績により、藤田には、１９９７年（平成９年）、ブルッキングス市・名誉市民の称号が与えられました。

名誉市民となった数日後、藤田は肺がんにより８５歳でこの世を去りました。

亡くなった翌１９９８年、遺灰の一部は、かつて藤田が爆撃した山に散骨され、現在、「アメリカ大陸が唯一日本機に空爆された地点」と書かれた看板が立てられています。

そして、藤田が贈った日本刀は、現在もブルッキングス市の図書館に展示されています。

以上、戦時中に史上初となるアメリカ本土への爆撃を行い、戦後は日米親善に人生を捧げた軍人、藤田信雄の生涯を解説しました。

YouTubeにも動画を投稿したのでぜひご覧ください🙇

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【参考文献】 『アメリカ本土を爆撃した男 新書版』倉田耕一，毎日ワンズ，2018年