帝国海軍

フランスとイギリスが模索する覇権回復

■過去の栄光
 フランスとイギリスは世界の中心だった歴史を持つ。だが国力を失い世界の中心になることは難しい。世界の中心とは、今の平和のルールを作る国。他の国は自国が作った平和に従う。

 今のフランスとイギリスは過去の栄光を取り戻そうとしている。フランスとイギリスはそのために軍隊を海外に派遣している。何故なら軍隊を派遣できる範囲が覇権になるからだ。

■国家区分
 世界の国は覇権国・保護国・属国に

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海軍中将として活躍し、生き永らえられた方とその家族の苦しみを聞いて

先日、とある機会で今まで考えたことのない視点のお話をお伺いしました。

第海軍中将の娘さんからお話をお伺いしました。

海軍で活躍され、高い役職につき海軍中将まで昇進された方だったそうです。

敗戦後は、毎日自室で日々を20年以上過ごされ、戦争や軍については一言も話さず亡くなられたそうです。

娘さんは、父であるその海軍中将たちが特攻等の指示を出す際に使っていた場所を見て、

「こんな安全で守られ

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【Vol.20】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

この記事、連載は...
私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
なお、表現などはなるべく原文のまま表記しているが、読みやすくするため、一部を省略、追記、改変している部分があることを予め了承願いたい。

〇昭和14年1月中旬

海軍志願兵の潜航試験を受けて合格
110人で60人位合格

〇昭和14年2月中旬

海軍志願兵の採用通知受理

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【Vol.19】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

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私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
なお、表現などはなるべく原文のまま表記しているが、読みやすくするため、一部を省略、追記、改変している部分があることを予め了承願いたい。

霊魂海を渡る

思い起こせば、昭和17年12月14日、キスカ島特潜隊機関科兵舎での出来事である。

当日は朝から風雲が強かったが、夕

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【Vol.18】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

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私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
なお、表現などはなるべく原文のまま表記しているが、読みやすくするため、一部を省略、追記、改変している部分があることを予め了承願いたい。

あっ、3本煙突だ(遂にキスカ撤退) 

キスカより日本に近いアッツ島が玉砕し、その次はキスカだと皆が認識していた。

我が隊の特潜も

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【Vol.17】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

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私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
なお、表現などはなるべく原文のまま表記しているが、読みやすくするため、一部を省略、追記、改変している部分があることを予め了承願いたい。

私のキスカにおける体験記より(キスカ基地)

◯昭和17年6月28日

私は軍用船になった大阪商船のアルゼンチナ丸に乗り、横須賀軍港

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【Vol.16】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

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私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
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〇昭和19年11月24日

昭和20年はじめ頃、硫黄島の守備司令官栗林中将は、米軍の上陸間近な時、守備隊全員に令あるまでは米軍が上陸

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【Vol.15】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

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私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
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呂44 トラック島より呉へ

〇昭和19年4月20日

トラック島を出港、全くのメクラ航海。

サイパン島付近で米軍の大型偵察機を味

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【Vol.14】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

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私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
なお、表現などはなるべく原文のまま表記しているが、読みやすくするため、一部を省略、追記、改変している部分があることを予め了承願いたい。

〇昭和18年8月28日

舞鶴海兵団着、補充分隊員となる。
隊内には同年兵や筑摩で一緒だった者にも会って、キスカの敗残兵等とも言われ

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【Vol.13】成田誠治郎 帝国海軍従軍記

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私の母方の祖父である故・成田誠治郎が、帝国海軍軍人として従軍していた際の記録を元に再編集したものである。
なお、表現などはなるべく原文のまま表記しているが、読みやすくするため、一部を省略、追記、改変している部分があることを予め了承願いたい。

〇昭和18年4月

春になり霧が晴れると、重爆撃機B24が3~10機くらいで毎日7~8回偵察と爆撃に来る。

乙坂前隊長転出

〇昭

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