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目的を見失いたくない〈1〉 遠さから話す
「言い方」の話をする。何かを伝えようとするとき、内容と同じくらい大切な伝え方の話を、これからさせてほしい。
いま、パレスチナでイスラエルがおこなっている前代未聞の虐殺を受けて、これを止め、パレスチナに連帯するための運動に参加しているが、参加する中で違和感を覚えることが複数あった。内実はいろいろだが共通点をいうと、目的は一緒なのに、そのための言葉の選び方や、そこに表れる態度に賛同できない、とい
イベント出店のお知らせ
3/3日曜日、岐阜駅でのイベントに出店します。
イベントは二日間やってますがnyoの出店は日曜日だけです。
古書市が楽しみすぎるので席を長く空けるかもしれませんが(売り子の友人がいてくれます)、話しにきてくれるだけでもうれしいです。お近くの方は遊びに来てください。駅のなかなので来やすいよ
遠くて行けないけど買いたいという方は言ってくださったら取置きをします。イベント後に通販についてお知
Flare(自己肯定について・2)
まずはじめに、前回のを書いてはっきりしたことを示しておく。 近年とみに見かけるようになった「そのままでいい」「だめでいい」「逃げてもいい」という自己肯定的言説がある。わたしはいっときはそれを受け入れていたし、外に向けて反復的に発信してもいたが、このやり方ではわたしはわたしを肯定することができないと気づいた。あの言説が切に必要な人もいるんだろうが、わたしは違う。真に受け続けていたらおそらく無限に
もっとみる私記17(「うつくしい」)
攻撃的な気分が続いている。どいつもこいつも!と思うが、そう思うときはたいてい自分が一番バカである。
「うつくしい」というひらがな表記が信じられない。いや、もう正直にいうとその書き方をする人が信じられない。こういう一面的なキャンセルはただの人付き合いの怠慢だとわかっていて、わたしにとって重大なのはそのことじゃなくて、ひらがな表記をするその人に問題があるのではなく、その書き方に問題があるわけでもな
My Own Worst Enemy
佐々木敦『ニッポンの音楽』を読んでいたら、YMOについての章で
とあった。耳の痛い言及なんだが、けさこれについて風呂の中でぼんやり考えていて、「嫌われるのも存在を認められるということの一つの形なのか」と思いついた。
大多数の人がそうであるようにわたしは人に嫌われたくない。嫌いな人はいるが、その相手に冷たくされたら慌てるだろう。誰かに嫌われたと思うときはなんというか「その通りです」と思う。
エルレガーデンのワンマン
に行った。4/5。ゼップ自体久しぶりだったし、エルレか、しかもライブハウスかと思ったら前日からめちゃくちゃ緊張してきて、ライブに行き始めて十年以上になるがまだこんな食欲なくすくらいドキドキできんのかよって、それもおもしろかった。整番5だったし。5!?
※セトリにふれているのでネタバレを避けたいひとはみないでね
まあ始まったら楽しいだけだった。ライブってすごい。何百回も聴いたのとおんなじ曲で、
Twisted Maple Trees(自己肯定について・1)
自己肯定の方法を知りたいとながく思っており、他の人のやりかたを調べたりもしてみたがしっくりくるものがないので、自分で考える。好きなものやひっかかっているものから。だから徹底的に自分のために書くつもりでいる(=他人への浅ましい媚をできるだけ捨てる)。いきおい内容は偏るがしかたがない。
したがって、重要な前提として、ここでは、自己肯定感という感覚ではなく、自己肯定という行為を問題にする。自己肯定