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短編集「奇怪仕掛」

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人生のどこかで出会う不気味が織り成す十三編
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うらしま

夜の海岸から声がする。
その声は簡単に波音にかき消されてしまうほどの小さな声で、そのうえ呟くようなボソボソとしたものだった。既に陽は沈んでおり、人々は姿を消していた。
あるのは夜空に浮かぶ満月と、ボランティアで見回りをする地元サファーが手にするライトの明かりだけだった。
「もしだ。もし、あの人がボクのことを助けてくれたなら、ボクはあの人にとびきりの感謝をしよう。そうだな。竜宮城に連れてってあげよう

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神が与えし能力

刺すような太陽の輝きの下で、乾いた風が砂埃を巻き上げる。雨はしばらく降っていなかった。
何度もそれを繰り返してきたが、何をどうすれば助かるのかを誰も知らなかった。この静かな森に不気味な生きものが現れるようになったのはいつからだろうか。
「おい、大変だ!またあいつが来てる!」
「ちくしょう!あの野郎、また食い荒らす気か。今の被害状況は?」
「俺の隣がやられたようだ。さっきから応答がないんだよ」
「俺

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私はロボットではありません

暗い密室でその取り調べは行われた。
椅子には苛立ちを隠しきれない初老の男性が拘束されており、冷たい目をした刑事がそれを見つめていた。
「これは何の真似だ。最高裁判事の私を拘束するということがどういうことか分かっているのか?」
「黙れロボットが。お前こそ人間になりすまして職権濫用を企てているのだろう?」
「何を馬鹿なことを言っている。とっとと私を自由にしろ。今日も法廷で仕事をしなければならないんだよ

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新しいオモチャ

「ねぇママ、どうしてママはパパがおうちにいるとおこるの?」
娘に言われて気づいた。私は知らず知らずのうちに夫に嫌悪感を抱いていたようだ。
「ううん。怒ってないよ」
「でも、このあいだ、パパのへやのドアをバタンってしめたでしょ?」
「閉めたけど…」
どうしてあんなに好きだった男のことを今は何とも思わないのか。それどころか、休日に眠っている姿を見ると気持ち悪いとさえ思ってしまう。家族を支えるために働き

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祖母と私

その日は久しぶりに車を運転した。
どちらかといえば車の運転は苦手だし、そもそも車に興味もなかった。それでも、田舎の交通事情を考えると車がなければどこにも行けないし、この土地から抜け出るにはそれしか方法がなかったのだ。東京で働くようになってからは運転する機会もないし、逆に車を持っているほうが駐車場を探すのも面倒でお金がかかって仕方ない。都会でどうにか暮らすには最低限のものがありさえすればいい。
母親

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折時成

あの頃の俺はひたすら路上で歌を歌っていた。
曲を作って、歌って、会場が抑えられた時はフライヤーを作って、チケット売って、歌って、励ましあって、また曲を作って。そんな繰り返しだった。生活はカツカツで、ろくなものを食べていなかったけど、周りにも同じようなやつらがいて今しかできないことをやっている充実感があった。
二十九にもなってろくな生き方をしていない。ちゃんと働けと両親に何度も言われたけど、ろくでも

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信号待ち

今考えるとよくもまぁあんな甘ったるいものを飲んでいたなぁと、ジョギングで走り去る影を車内から見ながら昔を思い出してしまった。
甘ったるいというのは学生時代に陸上部だった自分が飲んでいた特製ドリンクのことだ。サッカー部なんかはレモンの蜂蜜漬けを食べたりしていたみたいだが、オレは市販のヨーグルトに炭酸水をぶち込んだ名前もない飲み物が好きだった。足が速いという価値観だけが取り柄だったし、足が速いのがお守

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皆勤賞

「皆勤賞」
僕の家から中学校までは十二キロあって、毎朝その道のりを自転車で通学していました。
というか、それしか方法がないのだから仕方なかったのです。担任の先生はそれを知っているせいか、エライねとしばしば褒めてくれました。
雨だろうと風が強かろうと学校に行かなければならないから、悪天候の時に遅刻することはあっても、僕は学校を休んだことはありません。身体が丈夫なのもあるけど、毎日の通学がいつの間にか

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カメラの向こう

小学四年生になる息子の誕生日に何を買ってあげようかと夫婦は悩んでいた。
「カメラなんてどうだろう?」
それは父親の提案だった。
「写真を見れば普段どんなところで遊んでいるのか分かるし、大人になったらつまらなく感じるものが楽しかった記憶があれば将来役に立つかもしれないよ」
「そうね。あの子、空の雲を見てるのが好きみたいだから、案外喜ぶかもしれないわね」
夫婦は息子にカメラをプレゼントすることにした。

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何も言えない

「何も言えない」
うちの両親はガソリンスタンドを経営していた。小さい頃から俺はガソリンや油の匂いの中で育ち、顔馴染みのおっちゃん達に可愛がられ、すくすくと成長していつの間にかおじさんに近づいている。
ガソリンスタンドを継ぐことは俺の中では決定事項だったし、ここら辺でガソリンスタンドなんてほとんど見かけないから、ドライバーからしてみれば無くては困る存在だ。ただ問題が一つあった。子どもの頃からあったと

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趣味のいい隣人

新聞を定期購読できる家庭は裕福だということに最近になって気づいた。
それ以外の人間がどうやって情報を得るのかといえば、テレビやネットニュースから情報を無料で手に入れる。
では、それさえできないの人間はどうだろうか。そもそも馬耳東風であるか、人づてに聞くか図書館に行くかだ。私のように捨てられた新聞を拾って読むのはごく稀だろう。
私だって最初から今のような生活をしていたわけではない。或る日突然、地震は

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目撃者

ある夏の午後の出来事。雲ひとつない空が続いていた。もう何日も雨は降っていなかった。それなのに地上を歩く蟻の列の前には大きな影ができていた。そうかと思うと、何か粘着質の物体が群れの行く手を阻んだ。
働き蟻たちはそれが食べ物であることを理解し、尻から分泌物を出して後方の仲間たちに知らせた。すぐさま仲間たちもそれに反応し、周囲は甘ったるいシグナルに包まれた。少しして、大きな音とともに風が吹き抜け影は消え

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こびと

こんな事を言っても誰も信じてくれないだろうから、今までに一度も家族や親友に打ち明けたことはない。だけど、いよいよ正体を明らかにしないといけない。
あなたは小さい人間を見たことがあるだろうか? 背が低い人間ではなく、昔話の一寸法師やガリバー旅行記に出てくるようなとても小さな人間のことだ。
僕が一番最初にそいつを見たのは小学生の体育の時間だった。その日は鉄棒の逆上がりのテストがあって、練習しても一向に

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