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「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第十二話【全十三話】
四
雀荘「千春」の従業員として働くようになってから、三ヶ月が経過した。店長はあまり流行っていない雀荘だと謙遜していたが、青森駅周辺で雀荘はここしかない。日中はまだしも、特に週末の夜は、満卓状態になる日がほとんどだった。
メンバーとして卓に入ることも最初はかなりの違和感があったけど、最近やっと慣れてきたようだ。他人の心を読む力は失ってしまったけれど、むしろその方がメンバーとして仕事をこなすの
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」最終話
五
「おや、おふたりさん、お待ちしてましたよ」
雀荘「千春」に入るとすでに店長が一番奥の台に座ってこちらを見ている。シルバーフレームの眼鏡をかけ、無精髭生やしているその顔は、相変わらず、知性と男らしさの両面を憎々しいくらい演出していた。
「お客さん、いないわね」
「ミハルさん、気がつきませんでしたか?今日は貸切にしたんです」
「なんで?」
「なんでも何もないでしょう。ミハルさんが今
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第十一話【全十三話】
三
人がすれ違うことができないほど狭い階段上がり、すりガラスになっている扉を押す。ピンポーンとチャイムが鳴り、客が来たことが、事務所の人間に知れ渡ると、一斉に、「いらっしゃいませ!」と、室内の澱んだ空気を吹き飛ばすような明るい挨拶があちこちから聞こえてくる。
「あの、都築ですけど」
受付カウンターに腰掛けている髪の毛をえんじ色に染めた女に自分の名を告げる。
「店長、都築さんですよ」
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第十話【全十三話】
「高次脳機能障害、、ですか?」
担当医から聞き慣れない病名を明かされたのは、瞬が交通事故に巻き込まれて病院に担ぎ込まれて、さらに数日が経過した頃だった。思えば、数日の間、瞬と同じ病棟で入院していたことになる。瞬はひとりで両親を若いうちに亡くしていた。全く違う境遇で育ったとしても私たちは似た者同士なのかもしれない。
「交通事故が原因による高次脳機能障害にもいくつか種類があります。鳴海さんが患
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第九話【全十三話】
二
病院の待合室というのはどうして死を連想させるのだろうか。玄関の大きなガラス扉から見える外の景色は、あいも変わらずモノトーンに染まっている。鉛色の空から降り続ける粉雪は、色という色を奪い去ってしまう。それは、大きなまさかりを振り回して人の命を次々に奪っていく死神を連想させた。
腕時計を覗くと、二時五分前を指している。面会時間までもうすぐだ。瞬がプレゼントしてくれるはずだった腕時計の黒い文
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第八話【全十三話】
【南場の章】
一
店内を巡回していた時のことだ。一階にある時計屋、「一刻堂」の前を通り過ぎようとしていた時、ショーウィンドウに陳列されていた腕時計に目が止まった。ブランドには甚だ疎い私でも「COACH」くらいは知っている。金のブレスレッドが照明の光を浴びて輝いていた。黒い文字盤の上に「COACH」のロゴが浮かび上がっている。シックで洒落た時計だと思った。しばらく立ち止まってその時計を眺め
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第七話【全十三話】
七
病院の正面玄関からタクシーに乗ったのは八時半頃だ。店の開店時間にはなんとか間に合いそうだった。
「ラックスマートまでお願いします」
「あれ?昨晩のお客さん?」
バックミラー越しに運転手がこちらを見ている。
「あ、、偶然ですね」
「まったく。大切な人はご無事でしたか?」
「ええ、一命をとりとめて、集中治療室から一般病棟に移りました」
「それは良かった。ひとつお祝いといきま
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第六話【全十三話】
六
津軽に越してきて二度目の冬が来た。ミハルとは時が経つほどに親しくなっては来たものの、一線は越えられぬままであった。なにより、自分の口からミハルに想いを伝えていない。ミハルの方も、俺の心の内は洗いざらいわかっているはずなのに、俺のことを避けるわけでもなく、だからといってミハルの方から距離を詰めようとはしてこない。
ミハルには俺の心がわかるのに、俺にはミハルの心はわからない。そのことが
「エスパー雀士ミハルの憂鬱」第五話【全十三話】
五
ミハルの長い話が終わる頃、インターホンが鳴った。時計の針は午前三時半を指している。店に到着してからまだ一時間半しか経過していない。随分と長い時間、ミハルと過ごしていたような気がする。
「あ、山倉冷機、来たみたいですね」
「あー、やっと帰って眠れるか」
「副店長、お疲れ様でした」
「いや、全然。ミハルちゃんの話楽しかったし、今日は俺、休みだからね」
「副店長、私も夜勤明けですが、
エスパー雀士ミハルの憂鬱〜第四話【全十三話】
四
ミハルの祖母、千鶴は夫婦で雀荘を経営していた。千鶴の父親は実業家で戦時中にひと財産築き、かわいい娘のために少なからず資金を提供したらしい。
千鶴が物心ついて初めて記憶に残る体験をしたのは、東京大空襲であった。一九四五年三月五日。父親はその時、仕事で関西方面に赴いており、千鶴は母親と二人で自宅にいた。まだ二歳になったばかりの千鶴の眠りを突如覚まさせたのは、街中に鳴り響く空襲警報だった。
エスパー雀士ミハルの憂鬱〜第三話【全十三話】
三
翌朝、二日酔いのせいでだるい身体に鞭打って、会社へ向かった。アパートから外に出て見上げた空は厚い雲に覆われ、モノトーンのグラデーションを描いていた。雨は止んでいたが、風は冷たく、冬に逆戻りしたよう。
スプリングコートの襟を立てて両手をポケットに突っ込み俯き加減で歩いた。強い向かい風が無数の棘となって寝ぼけ顔の俺を刺す。路上でカラスがスナック菓子の袋を嘴で突っついていた。俺の存在に気が
エスパー雀士ミハルの憂鬱〜第二話【全十三話】
二
ゴウゴウという猛烈な騒音で目が覚めた。枕元のデジタル時計は午前六時を表示している。よろよろと布団の中から這い出し、カーテンを開け、外を眺めた。黄色い巨大除雪機が、うなりを上げて、アパートの前の通りをゆっくりと前進している。まるで戦車だ。路肩には、除雪機から吐き出された雪が、堆く積もっている。
大きなため息をついて、スウェットを脱ぎ、ワイシャツとスーツに着替えた。室内にいるのに、吐く息は